02-22 立ちはだかる牙
あれから一か月以上が経過した。
だが中層の攻略は遅々として進んでいない、と皆には思われている。
理由は簡単だ。
とにかく距離を歩かされる。その単調な行動は俺達の精神を蝕む。
だが、本当の失望はその先に待ち受けていた。
歩きに歩いたその先で、何某かのイベントが起こる。
それは鍵の入手だったり、鍵を使用した先へ進む路の発見だったりするのだが…
イベントが起こる度に、迷宮はその姿を変えるのだ。
そして退路を断つ。
スタート地点とは違う場所からのマッピングのやり直しは、俺の精神すら疲弊させた。
仲間達の疲労度は比べ物にならないだろう。況してや、戻ると言う選択肢を潰されているのだ。精神的にも追い詰められていく。
前に進むしかないと解っていても、踏破距離は日増しに減っていき、体力も気力も、もう限界に近い。
(普通なら食料が尽きて死んでるだろ)
無限収納袋を持つ俺達だからこそ、ここまで粘っていられるのだ。
無限収納袋に入っていた食材を調理するのは当然俺だ。
右手がこんな状態なので手間をかけずに調理するのが基本だが、初回だけは念入りに仕込んで手間をかけた自信作を用意した。
無論、サエとクミに「やっぱり話に聞くのと実際に食べるのは違うわよね」だとか「な~んだ、大した事なかったね」などと言わせないためだ。俺にもプライドと言う物がある。
結果は、涙を流しながら美味しい美味しいと食べる二人の表情を見て自尊心を満足させたと言えば解って貰えるだろうか。何故か他の三人も泣きながら食べていたのだが、それは置いておく。
まあ、それ以降は節約のためと言って簡素な料理に変更した。文句は言わせない。
実際終わりが見えないし、食料が尽きたらそこで終了だからな。
「もう嫌…早く帰ってお風呂に入りたい…」
「わたしも~…」
うん、この二人は案外余裕があるみたいだ。後一か月くらいは粘れるかもしれない。
「RPGだと、行き詰ったら全個所再確認ってのは常套手段だけど、いざ実際に自分がやるとなると最悪の手段だな」
「本当だよなぁ」
RPGだとMAPが変化する事もよくあった。
しかし、声を大にして言いたい。
ゲームとリアルを一緒にするな! クソ神!
それでも、前に進むしかないと決まってから数日は一日二層くらい踏破していた。
それが徐々に減っていき、今では一日に一層も進んでいない。
トータルで四十層程は進んだか? 階層数からすると、そろそろ終わりが見えてきてもいい頃なんだがな。
無論、メタな視点からの推理なので根拠はない。おいそれと口にはできない。
そんな俺の推理が当たっていたのか、その日の午後になり、今までとは違う通路を発見した。
「明らかに今までとは違うよな」
「ああ」
「じゃあ、この先には主がいるのね?」
「恐らくな」
「倒したら村に戻れるかなぁ~?」
「分からないが、可能性はあるな」
この世界の迷宮は神の試練だ。
試練を乗り越えた褒美と言う訳でもないのだろうが、この手の難易度の高いエリアを越えると、出入り口との間に転移魔法陣などのショートカットが通る事がある。
入る度に一か月かけて進むとか、やってられないからありがたいんだけど、もし仮にショートカットが無いと、このまま踏破するまで村に戻らず進まなければならない。
「とにかく、先へ進もう」
ヒデの号令に、俺達は歩を進める。
予想通り、先には中層の主の間があった。
「ヤマタノオロチ…ちょっと違うな、首が六つしかない」
「憂鬱だわ。あたし、蛇嫌いなのよ…」
「蛇が好きな女の子は少数派だと思うよ~」
倒せば帰れる――かもしれない――とあって、ヒデ達三人は大分気力を取り戻しているようだ。
「また大きい相手なんですね。…今度こそ!」
「気負わない方がいい」
「っ! そうですね、注意します」
アルフはテアの言う通り、気負っている様子だ。
テアが上手く宥めているようなので、俺からは特に言う事もないだろう。
とは言え、何もしないのも薄情な気がするので、その背を軽くぽんぽんと叩く。
「ゼン…」
頼りにしていると態度で示したつもりなのだが、通じているだろうか。コミュニケーションって難しい。
万全とは言い難いこのコンディションで、要になるのはやはり盾職なのだ。
もっとも今回は俺も動く。万が一などあっては後悔してもしきれない。
勘が囁く。この嫌らしい中層の主がただの蛇――多頭種だけど――である筈がないと。
「カミくん」
「ん?」
「全力出してもいい?」
「おねがい~」
サエとクミだ。まあ、鬱憤も溜まっているだろうしな。
「ああ、いいよ」
二人に全力を許可する。
毎度言ってる事だが、今回は特に生き延びる事を優先する。
「さあ、行くぞ!」
ヒデの号令に俺達は主のいる大ホールになだれ込む。
「配置に着け!」
指示に従い、アルフが盾を構えて前に出る。
「中層の主よ、私が相手をします!」
術者達は、いつものポジションへと位置取ると詠唱を始める。
「”身体強化”――”全身体能力”」
テアは定番の身体強化をアルフに。
サエとクミは多小節の呪文を。
「“電撃よ――
「“活動を――
“きしゃぁぁああああああ!”
だが、サエとクミが詠唱を完成させる前に六つ首大蛇が行動に出た。
なんと六つの首それぞれから、属性を備えた息を吐いたのだ。
火から始まって、氷、雷、酸、毒、あと一つは何だ? 熱か?
「”夜の帳”!」
咄嗟に”夜の帳”を張るが、六つの息全てを完全に防ぎ切ることはできなかった。全員をカバーしきれない。散開したのが裏目に出たか。
「きゃああ!」
「ああぁ!」
サエとクミが悲鳴を上げた。二人の詠唱が途切れる。
「サエ! クミ!」
二人の腕や足がじゅうじゅうと音を立てながら煙を上げている。まずい。
俺は二人に駆け寄ると癒しの魔法を掛ける。
「“傷を癒せ”」
二人の火傷や酸で爛れた肌が見る見るうちに元の艶を取り戻す。
「か、カミくん?」
「え~? 魔法師だったのぉ?」
あ、そうか。テア以外には内緒にしてたんだったわ。
つい使ってしまったが、別に後悔はない。
二人の傷と引き換えにしなければならないような都合など俺にはない。
「六つ首大蛇よ! お前の相手は私です!」
ここでアルフが六つ首大蛇に取り付き、ターゲットを取るべく攻撃した。
これで固定できれば安心なんだが、奴の射程を考えると油断はできない。
「うらあっ! “破斬”」
六つ首大蛇の首が一つ、ずずんと地響きを立てて落ちた。
「いよっしゃ!」
不意を突いてヒデが六つの首の一つを斬り落としたのだ。ドヤ顔でガッツポーズしている。あれ? 意外に弱い?
「よし! この調子で――なっ!?」
首を落とした勢いのまま、仲間を鼓舞しようとヒデが声を張り上げる。
だが、その声はすぐに止まった。なぜなら――
斬り落とされた筈の首が見る見るうちに再生される。
同時に、斬り落とされた頭部は腐り溶けるように崩れていった。
その光景は、まるで下手な特撮でも見ているかのようだ。
「っ、気持ち悪い…」
「うわぁ、グロいよぉ…」
サエとクミの感想だ。まったくもって同感である。
その二人は小声でぼそぼそ言っている。愚痴か?
「ヒデちゃん! もう一回やって!」
「お、おう!」
サエがヒデに指示を出す。あれ、何か思い付いたのか?
「再生する魔物は傷口を焼けばいいんだよ~」
ああ、なるほど。クミの入れ知恵か。通だな。
そういやクミは日本では神話が好きだった。その手の本をよく読んでいたのを知っている。案外ファンタジーの世界に向いているのかもしれない。
「”盾の守り”」
「“物理防御”」
テアは淡々と防御を重ねる。ここにも職人がいた。
“きしゃああああああああ!”
しかし、六つ首大蛇が後衛に狙いを定めたのか、アルフを越えて動き出した。
そうはさせじとテアの守りを得たアルフが動く。
「”妨害”」
がつん!と盾で六つ首大蛇の横っ腹を殴打し、一瞬動きを止める。
「”封鎖”」
そこを、どかん!と追い打ちすると六つ首大蛇の動きが止まった。
「スラァアアアアッシュ!」
絶妙なタイミングでヒデが飛び込み、ソルを一閃。見事に六つ首大蛇の首を落とす。
「任せて! “焦熱球”」
すかさず、サエの火魔術が頭を失った六つ首大蛇の首を襲う。
大ホールに生臭い煙が立ち上った。じゅうう、と肉を焼く音が大ホールに響く。
「どうだ!?」
他の首との戦闘を続けながらヒデが俺に問う。
首の確認は攻撃手段を持たない俺の役割だ。
首の断面は焼け爛れている。これで再生するとは思えない。
――だと言うのに、その焼け爛れた断面が少しずつ蠢き出した。
「ダメだ! 再生する!」
俺が叫んで告げる間にも大蛇の首は再生を続け、元の六つ首に戻っていた。
「傷を焼いても、ほんの数秒しか時間を稼ぐ事ができないのかよ!」
ヒデが悲鳴のように叫ぶ。
「どうするのよ、これじゃ倒せないわ!」
「そんな筈はない。何か倒す手段がある筈だ」
「そんな事言ったって、現に手も足も出ないじゃない!」
「迷宮は神の試練だ。越えられない試練を課す筈がない」
「それは…そうかもしれないけど」
再び動き出した六つ首大蛇をアルフが必死に抑えている。
テアが付いているとは言え、のんびり考えている余裕はない。
「今はとにかく攻めるんだ。攻めて攻略の糸口を掴むしかない」
「――もう! 分かったわ、ちゃんと見てなさいよ!」
「わたしも頑張るよ~」
「うん、頼むよ」
俺も、より集中を高める。
僅かな異変も見逃さないよう、六つ首大蛇の観察に意識の全てを注ぎ込んだ。
※追記
ほんの数秒しか時間を稼ぐ事しかできないのかよ ⇒ ほんの数秒しか時間を稼ぐ事ができないのかよ
「しか」が被っていたのを修正。




