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02-21 ギミック

中層を進むと、その先は正に迷宮であった。


「また行き止まりかよ!」


ヒデの声には苛立ちが含まれている。


「はぁ、また戻るのぉ~?」


クミが誰にともなく愚痴を零す。

口にこそ出していないが、全員が同じ思いを抱いていた。




これまで何度行き止まりに突き当たっただろう。

その度に分岐点まで戻らねばならないのだが、その分岐点の多さも尋常ではなかった。

中層に入ってまだ半日程だと言うのに、徹夜でもしたかのような疲労感に心が折れそうだ。


「次の分岐を左だ」


マッピングは変わらず俺の分担なので、次に進む方角の指示を出す。

だが返事はない。声を出すのも億劫なのだろう。

気持ちは分かるので俺も文句は言わない。


(そろそろ何か変化がないと、本当に潰れてしまうかもしれないな)


そうは思うものの、現状で俺にできる事はない。

魔国での迷宮探索中に似たようなフロアの経験はあったが、ここまで徹底したタイプは初めてだ。

イベントは勿論の事、魔物と戦闘どころかワンダリングモンスターとの遭遇すらない。


(魔物との遭遇を待ち望むなんて初めての経験だぜ)


例え強敵でも、戦闘を一つ挟むだけで皆の精神状態は改善される。

今はとにかく変化が欲しかった。




そんな俺の願いが通じた訳では無いのだろうが、単調だった迷宮探索に漸く待ち望んだ変化が訪れた。先行して確認した部屋の中に魔物がいたのだ。


(リザードマンか…)


部屋の中には二十体のリザードマンがいた。

リザードマンは強敵だ。個々が魔物としても上位の強さを持つ上に、並の剣なら易々と弾く強靭な表皮と、高い知能による連携した戦闘を好む。それが二十体。

普通に考えれば苦戦は免れない相手だ。油断はできない。

しかし、俺にはそれ以上に気になる点がある。


(行き止まりだと…)


そう、この部屋は行き止まりなのだ。次へ続く通路や出入り口の類が見当たらない。

一抹の不安が心を過る。


――もしリザードマンを倒しても、先へ進む通路が現れなければ…


再び分岐と行き止まりだけの通路に逆戻りだ。

なまじ変化があったが故に、その後の単調に耐えられなくなるかもしれない。




「この先の部屋に魔物がいる。リザードマンが二十体だ」


悩んだところで選択肢などある訳もなく、俺は仲間達に事実を伝えた。


「おお! 待ってたぜ、ここまでの鬱憤を晴らしてやる!」


喜びに満ち満ちた声でやる気を見せるヒデ。やっぱりそうなるよなぁ。

戦闘と聞いて、あの寡黙な職人の風格を持つアルフですら目の色が変わった。


「サエ、クミ」


「何、カミくん?」


「なになに~? 戦闘の事なら、わたし頑張るよ!」


「ああ、次のリザードマンは高度な連携をしてくる強敵だ。素材の事は気にしなくていいから、全力で倒してくれ」


「あら」


「ほんとう!?」


「本当だ。その後、少し休憩にするつもりだから、魔力の配分もそこまで気にしなくていいぞ」


「わ~い」


「了解よ」


サエとクミには全力を許可する。素材を気にして力を抑えたりしたら、返ってストレスを溜め込んでしまうかもしれない。

ここはとにかく、これまでの鬱憤を晴らして次に持ち越さないように努める。







リザードマンとの戦闘はすぐに終わった。

普通に強敵の筈なんだが、制限解除したヒデ達の敵ではなかったのだ。

粉々に吹き飛ぶ彼らを見て、気の毒過ぎて「なんまんだぶ」と内心で唱えた程だ。

勿論、素材は手に入らない。

リザードマンの表皮って結構いいお金になるんだけどなぁ。


「あれ? ここ行き止まりか?」


ストレスを発散したヒデが現実に気付いた。


「どうやら、そのようです」


ヒデに答えつつ、俺をちらりと見るアルフ。

そんな目で見られても、俺がどうにかできる問題じゃないぞ。


「あれ? これなに~?」


周囲の期待が大き過ぎて、内心で冷や汗を掻いていたらクミが声を上げた。


「どうした?」


これ幸いと駆け寄ると、またしてもカードサイズのプレートがクミの掌の上に乗っていた。


魔力回路(サーキット)が刻まれているな」


「また先へ進むためのキーアイテムかな?」


「恐らくな」


内心で安堵の息を吐きながら、部屋を眺める。

しかし、この部屋にプレートと合うような仕掛けは見当たらない。

魔力の残滓も無ければ魔力回路(サーキット)の痕跡も無いとなると、ここはリザードマンからこのプレートを回収する為だけの部屋だったようだ。


「でも、これで先に進めると思うと、気分が変わるよな」


その通りだ。先程までの陰鬱とした空気はすっかり霧散した。

皆の目に輝きが戻っている。

やる気を取り戻した俺達は、休憩もそこそこに探索を再開する。


(やれやれ、これで最悪の事態だけは回避できたか)







(なんて思っていた時期が俺にもありました)


俺は行き止まりの通路を前に途方に暮れる。


ここはリザードマンを倒した後、MAPを埋めながら先へと進んだ場所だ。

あの部屋へ来るまでこれと言った場所がなかったのだから、鍵のプレートを使う場所はこの先にあると考えた。

だからこそMAPを埋めながら先を目指して来た訳なのだが…


(まさか、行き止まりとは)


MAPが全て埋まった以上、この先はない。

気は進まないが、皆には現状を知っておいて貰う必要がある。

覚悟を決めて、俺は現実を告げる。


「MAPは全て埋まった」


状況は悪化した。

プレート()を手に入れても、それを使う場所が判らない。


「え? でも、その鍵使ってないじゃない」


「使う場所がなかったんだ」


「でもでも、地図は埋まったって今――え?」


「つまり、来た道を戻らなければならないと言う事ですか」


「そうだ」


状況を理解した皆の顔が青く見えたのは、きっと気のせいではないだろう。




俺達を取り巻く空気は、先程までより陰鬱としていた。

プレートを使う場所を求めて、あの膨大な距離をもう一度歩いて探さなければならないからだ。

この状況で鼻歌を歌える奴は、肝が据わっていると言うより、どこかのネジが外れていると表現されるべきだろう。


(これは下手すると、全ての道を辿らないと見付からないかもな)


今まで通って来た通路は全て俺の目で確認してきている。ぬかりはない。

にも拘らず、魔力の痕跡、魔力回路(サーキット )の欠片すら見付からなかったのだ。

それは、もう一度歩いて目視しないと正解にはたどり着けない事を意味していた。


(さすが上級迷宮ってところか。難易度高ぇ…)


力押しできない迷宮程やっかいなものはない。

サエとクミの育成なんて言ってる余裕は無くなってきた。

僅かな異変も見逃さないように、周囲の観察に全精力を傾ける必要がある。

自分のケツに火が付いた、こんな状況は本当に久しぶりだ。


「ゼン、一旦入口のプリズムの場所まで戻ろう。あそこが一番怪しい」


「確かに」


いい推理だと思う。

最初の部屋に堂々と設置されたオブジェだ。念入りに調査した覚えがあるだけに、盲点になり得る。


「何なら、今日はこのまま村に戻ってもいいかもしれない。表層を一日で終えられたから日程には余裕がある」


俺の意見にヒデが頷く。


「そうだな。疲労を引き摺って奥を目指すよりいいか。ならあの部屋をもう一度調べたら、何か見付けても見付からなくても一旦帰還する事にしよう」


「それがいいわ。もう歩き疲れてクタクタよ」


「わたしも賛成~」


新米二人は一も二も無く賛成する。アルフとテアも黙って頷いている。

全員一致で俺達は中層のスタート地点まで戻る事になった。




半刻程戻った所で俺は足を止める。

無言で壁を睨み付けた。

そんな俺を不審に思ったのか、ヒデが声を掛けてくる。


「おいゼン、どうした? 早く先へ進もうぜ」


「…………」


「おいってば」


「――通路が消えた」


「何だって?」


「ここに、あの部屋へ通じる路があった筈なんだ」


「こんな時に質の悪い冗談はよせよ、ゼン!」


「冗談でも嘘でもない。ここにあった筈の路が消えていると言ったんだ。戻るための路が消えた」


俺達の会話を聞いていた女性陣が息を呑む。


「……それは、つまり」


ヒデが恐る恐る俺に確認を取る。


「俺達は中層に閉じ込められた」


俺はもう一度、ゆっくりと噛み砕くように現実を告げた。


「ちょっと待って! じゃあ、あたし達は村に戻れないって事!?」


「そうだ。先へ進むしかなくなった」


「そんな…」


顔を絶望に染めてサエが通路にへたり込む。クミも同様だ。


「もう歩けないよぉ…」


ヒデを見ると、奴はもう覚悟を決めた顔をしていた。この辺りはさすがだ。


「ゼン、ここから一番近い部屋へ向かってくれ。まずは休憩する。その後で今後の方針を相談しよう」


「了解」


俺とヒデで手分けして、サエとクミを抱える。

こうなると、この中層に魔物が出ないのはありがたい。

何から何までバーセレミの掌の上ってのが腹立つけどな。




今まで――魔国時代を含めて――俺は迷宮を脅威と感じた事はなかった。

その迷宮が、ここに来て初めて牙を剥いた。







 

溜めずに週1、2回更新の方がいいですか?

 

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