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辺境の村の幻獣保護官  作者: 和花
第五章 幻獣保護官に大切なこと
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5-3

 夜光花精霊とは万物に宿る霊的な存在のことだ。

 人間や動物たち、植物などの生き物はもちろん、水の一滴や、目に見えない空気の中にも夜光花精霊は宿る。そうしてその夜光花精霊は、少しずつ変化を促している。例えば、傷を治そうと自然に働く力なんかがそれだ。

 そして、癒し手が奏でる音楽は夜光花精霊を活性化させる。

 金星が歌うと、手の中のドラゴンの卵が淡い光に包まれた。葉陰がまだらに地面を染める森奥の涼しげな空間で、妖精たちが秘密のお茶会をするかのように、ほんのりと幻想的な灯火が輝いている。金星がそっと柔らかな草に卵を置いても光は消えなかった。

(出来るだけのことはやったわ。後は……この子の生命力しだいね)

 夜光花精霊は穏やかに卵を包み込んでいる。ここまでくると保護官が手を出す必要はない。金星は地面に散らばったオカリナの破片をハンカチにくるんでポケットに入れた。

 それから、気遣わしげな視線をくれていた斑赤大鷲に笑顔を送る。

「君も……早く避難した方がいいです。話してわかってくれるか……ううん、たとえゆっくり話せたって、許してもらえるか、わかりませんから」

 斑赤大鷲はじっと金星を見ていたが、やがて納得したように飛び去っていく。

 空気がぴりぴりと震えているのが感じられた。金星のすぐそばの木から猿が降りて、慌てて逃げていった。重い足音がだんだんと近づいて来る。火炎のブレスを吐いたのか、風に乗って焦げた臭いも漂ってきた。

 金星は胸の前で小さく祈りの形をつくる。かつて見た真紅のドラゴンは金星の何百倍もの大きさで、圧倒的な存在感を持っていた。真紅の瞳は思わず背けたくなるほど深い光を含んでいて、考えると逃げたしたくなるけど……それでも動くわけにはいかない。

(……大丈夫。ドラゴンは人間くらいの知能があるし、きっと話せばわかってくれるわ)

 そう信じて、じっとドラゴンが来るのを待った。

 まもなく、森の木々がさわさわと激しく揺れ出す。何者かが頭上をうろついているように濃い影が落ちた。

 見上げると、木々の間から真っ青な空を背景に真紅の竜が悠然と姿を現した。大きな蝙蝠羽を揺らして、空中に佇んでいる。力強い翼は風を起こし、森をにわかに騒がせた。

 ドラゴンは木々が少ない開けた場所に降りた。森の木々よりも大きな体は、周囲に比較する対象のなかった洞窟と違ってさらに巨大に思えた。

「――あ、あなたの子供はここにいます。もう一人の子供は、いまはいないですけど、きっと取り戻してみせます。だから、怒りをおさめてくれませんか?」

 真紅の瞳が探るように金星を見ている。

「我に人を信用しろと、言うのか?」

「わたしは保護官です! 約束は守ります」

 きっぱりとした言葉を前に、ドラゴンは喉の奥で低く嗤った。

「保護官、か。いったい何を保護するのだ?」

「それは……」

 幻獣を守る保護官たちは、密猟者を止めることが出来なかった。やすやす保護区へ彼らを入れ、ドラゴンの卵を危険にさらした。いまさら何を言ってもそれは覆らない。

 いまだって、もう片方の卵は取り戻せていない。それなのに幻獣を保護する人間だから信用しろなんて、少し都合がよすぎる言葉だ。

 黙り込んだ金星をドラゴンは厳しい瞳で見返した。真紅に静かな怒りを含んでいる。

「この責任を、お前の命で支払ってもらおう。まずは、我が子を返せ」

 金星が差し出した卵を、ドラゴンは両手でそっと受け取った。東方の宝珠を抱く竜のように仰々しく優しい手つきである。親の愛情が感じられて、金星は申し訳なくなった。

 ドラゴンが大きく息を吸い込む。

 白い鋭利な牙が並ぶ口腔の奥に赤い光が宿る。火炎のブレスが吐き出されると、頭ではわかっていても、体が動いてくれなかった。逃げて……逃げることが正しいのか、わからない。頭のずっと奥が麻痺したように、何が正しいのかわからなかった。

 ドラゴンの口から純粋な熱が発せられる。

 と、金星の側面に衝撃が加わり、草原へと押し倒された。

 炎は頭上を通り過ぎる。

「馬鹿かお前は!! なぜ避けないんだ!」

 雷のような言葉に、びくりと体をこわばらせた。レインは金星に覆いかぶさるようにして、青灰色の瞳で金星を見下ろしていた。

「レイン……先輩?」

 脳の一部が上手く働かない。茫然としたまま見上げると、レインはかすかに眉をしかめて金星の傍を離れた。それから抜き身の剣を手に、ドラゴンへ近づく。

 のろのろと起き上がった金星は、レインの頭の上にちょこんと手のひら大の赤い子竜が乗っているのに気づいた。

「火焔の一族よ、あなたの子供はお返しする」

 奪われた卵が孵化したのだろう。自分の子供だと悟ったからか、ドラゴンの瞳が穏やかになる。子竜はよたよたとぎごちない動きながら、母竜の抱える卵の傍へ着地した。

 親子が再会できてほっとする。だが、ドラゴンが鋭い雰囲気を消す気配も、岩山へ帰る様子もなかった。

「返して終わりか? 星くずを抱きしものよ、お前たちの罰はどう裁く?」

 レインは屹然とした表情で自分の何十倍もの大きさの竜を見返した。

 抜き身の剣を地面に刺して敵意のないことを示し、はっきりとした言葉を告げる。

「あなた方の一族に倣って、天に采配をゆだねようと思う」

 ドラゴンは天を重んじる生き物だ。一方では天そのものだとも言われている。空を駆け、天候を自在に操る空の支配者。

 ドラゴンは面白そうに目を細めた。

「ほう、天に、か。……よかろう」

 言葉とは裏腹に、金星は不穏な気配を嗅ぎ取った。肌がぴりぴりと焼けるような痛い空気を感じ取る。

 一瞬後、懸念は現実となった。

 天に轟く怒声が周囲の葉を激しく揺らした。

「火竜の怒りをおさめるのは水! だが、タラニスが終わった今、天からその加護がもたらされることはない!!」

 ドラゴンは火炎のブレスを吐き出した。

 炎は木々を燃やし、辺りを火の海へと変える。炎は近くで見ると生きているように不気味にうごめき、めらめら、ぱちぱちと小枝が弾ける音を立てる。水なんて無意味ではないかと思えるほどの勢いで、火は森を蹂躙していく。たくさんの生き物たちの住処は、本当にちっぽけなものだと言わんばかりに、無くなってく。

 金星の手がふいにぬくもりに包まれた。視線をあげると、黒服の背中が見えた。

 レインが無言で片手を握ってくれている。

(どうしよう……どうすればいいの? このままじゃ、森が……。それに、このドラゴンは、きっと……)

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