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『異世界戦術医の善行スローライフ〜地球ガチャで限界集落を救っていたら、相棒の処刑人料理人と裏支配者になっていた〜』   作者: 月神世一


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EP 6

傲慢なる腐敗貴族の私兵包囲と、ぬるい陽薬茶の歓待

 豪奢な大理石造りの高級宿舎『銀月楼』の最上階サロンに、冷ややかな緊張の糸が張り詰めていた。

 先ほど中村優太が配備した小型換気ユニットと悪臭中和触媒スプレーのおかげで、室内だけは奇跡的な無臭と清涼さを保っている。

 だが、密閉された二重ガラス窓の外を見下ろせば、宿舎を取り囲む石畳の通りには、物々しい武装集団が続々と集結しつつあった。

「うわぁぁぁ……! 見てくださいよ、あの銀ピカの甲冑に下品な香水の染み付いたマント! パルファン伯爵とド・ロワ子爵の私設兵団ですわ!」

 窓のカーテンの隙間から覗き見たエミリアが、淡い栗色の髪を振り乱して絶叫した。

 その胸元には、優太から処方された精神安定芳香エッセンスを染み込ませたハンカチが握りしめられている。

「私の実家のシフォンヌ男爵家も、あの二大貴族に『公認香水の購入割当ノルマ』っていう無茶苦茶なみかじめ料を課されて、毎月火の車なんです! 前世のブラック企業で散々見せつけられた、下請けを泣き寝入りさせる不当な独占資本の横暴そのものですわぁぁぁッ!!」

「なるほどな。要するに、自分たちの利権を脅かす高品質な外来品を、法の皮を被って力ずくで強奪するいつもの手口か」

 優太は左手首の耐衝撃デジタルウォッチの盤面を軽く叩いた。

 午後三時十五分。宿舎の外壁を取り囲む敵兵はおよそ五十名。

 貴族の紋章を掲げた私兵の背後には、裏通りの闇ギルドから日当で雇われたとおぼしき、筋骨隆々のゴロツキたちが粗暴な笑みを浮かべて鉈(ナタ)や魔導短銃を構えている。

 ──ドガァァァンッッ!!

 その時、宿舎最上階の重厚なオーク材の扉が、外側から乱暴な蹴りによって激しく打ち破られた。

 踏み込んできたのは、紫色の派手な羽飾りのついた三角帽子を被り、胸元に銀の百合の勲章をジャラジャラとつけた肥満体の中年男だった。

 パルファン伯爵家専属の商業査察官長──ガストロである。

 男の背後には、抜剣した私兵十数名がぞろぞろとサロンへ雪崩れ込み、威嚇するようにサーベルの切っ先を突きつけた。

「動くな、卑しい田舎者共めが!」

 ガストロは手にした銀の杖を絨毯へ叩きつけ、豚のように脂ぎった顔を歪めて傲慢に吼えた。

 その体からは、下水と混ざり合った超高濃度の安物ムスク香水の匂いがプンプンと漂い、室内の清浄な空気を一瞬で汚染しようとする。

「我はムーンキャピタル市政庁特務査察官、ガストロである! 貴様らポポロ村の商隊は、当都市における『至高なる美と芳香の保護条例』に違反し、無許可で未検査の危険薬物および粗悪な嗜好品を密輸しようとした容疑がかけられている!」

「危険薬物に粗悪品やと……!? どの口がぬかしとんのやワレ!」

 小脇に魔導金算盤を抱えたニャングルが、三角の猫耳を怒りで逆立ててカウンターから身を乗り出した。

「ウチらが持ち込んだ『ポポロシガー』は大陸最高峰の職人が一本一本手巻きした至宝やし、『月光薬』はレオンハート王国の秘薬やぞ! サンプルの品質検査で満点つけといて、後から言いがかりをつけるとはええ度胸やないか!」

「黙れ、獣人の分際で!」

 ガストロは懐から赤く禍々しい封蝋の施された羊皮紙をバサリと広げ、嘲笑を浮かべた。

「都市の経済秩序を守るため、パルファン伯爵閣下およびド・ロワ子爵閣下の連名により、貴様らの全積載物資──馬車十台分のタバコ、薬品、食料の『即時無償差し押さえ令状』が執行されたのだ! ついでに不法侵入と市場攪乱の罪で、全員地下牢へ繋いでやる! 荷の鍵を渡し、その場で両手を頭の後ろで組め!」

 私兵たちが一斉に足を踏み鳴らし、包囲を狭めようとする。

 エミリアが悲鳴を上げてソファーの陰に隠れ、膝の上の子狐コン太が「ひぃっ、また牢屋送りかよ!」と尻尾を丸めた。

 だが──その絶対的な威圧のただ中へ、凛とした涼やかな声が静かに響いた。

「皆様、長旅の折、わざわざお越しいただきありがとうございます」

 サロンの奥から、可憐な白い兎耳をピント立てた少女──第43代村長キャルル・ムーンハートが、両手に銀のトレイを捧げ持ちながら歩み出てきた。

 オーバーサイズのパーカーにスパッツ、足元には『タローマン』特注の頑丈な安全靴。腰には木製ダブルトンファーが下げられているが、その表情には怒りも恐れもなく、聖母のように柔らかな微笑みが浮かんでいる。

「お外は香水の霧で息苦しかったでしょう? どうぞ、こちらの温かいお茶とお菓子をお召し上がりになって、落ち着いてお話し合いをいたしましょう」

 ことり、とガストロの前のガラステーブルに置かれたのは、湯気すら立たない、絶妙にぬるい温度に調整されたポポロ村特産の『陽薬茶』が入った湯呑みと、醤油草の素朴な堅焼き煎餅だった。

「な、なんだと……? 茶だと……?」

 ガストロが毒気を抜かれたように眉をひそめた。

 そこへ、背後の影からスッと音もなく滑り出たのは、仕立ての良い漆黒の燕尾服を寸分の乱れもなく着こなした人狼執事、リバロンだった。

 銀縁の片眼鏡(モノクル)の位置を白手袋の指先で優雅に直すと、ガストロの突きつけた差し押さえ令状を、一瞥するだけで流れるように読み解いた。

「査察官殿。ポポロ村公邸筆頭執事のリバロンと申します。……我が主の差し出した陽薬茶の温度は摂氏三十八度、胃腸への負担を最小限に抑える最も人道的なおもてなしでございますよ」

「ふ、ふざけるな! 誰が田舎者の泥水など飲むか! 令状が見えんのか!」

「ええ、拝見いたしました。……そして、実に杜撰極まる代物であると確信いたしましたよ」

 リバロンの唇に、氷よりも冷徹な紳士の笑みが浮かんだ。

 燕尾服の内ポケットから一枚の手帳を取り出し、滑らかな指先で頁をめくる。

「ムーンキャピタル自治法第104条、およびマンルシア大陸共同通商条約第22項。……外部商隊に対する物資の緊急差し押さえを行う場合、管轄裁判所による『正式な違法性立証鑑定書』の添付、ならびに『最低四十八時間の弁明機会の付与』が絶対要件と定められております。貴殿の持参された令状には、裁判官の署名捺印が欠落しており、ただのパルファン伯爵私邸の印章が押されているに過ぎません。すなわちこれは──公文書偽造および、帝国刑法第210条『白昼における武装強盗未遂罪』に該当いたします」

「な……ッ!? き、貴様、田舎の執事の分際で、帝国の法規を諳んじるなど……!」

 ガストロの顔面が、一瞬で引きつった。

 そこへ、チャリチャリと激しい金属音を立てながら、ニャングルが算盤を片手に割り込んできた。

「法律だけやあらへんで、役人の旦那ぁ!」

 ニャングルの鋭い三白眼が、ギラリと獲物を射抜く光を放つ。

「あんたらの後ろ盾の伯爵様、今月ドンガン地下帝国からミスリル鉱石の輸入代金、金貨五千枚を踏み倒して訴訟起こされとるやろ? ……ウチのゴルド商会はな、その債権を全額買い取っとるんや。もし今ここでウチらに不当な手出しをしてみぃ? 明日の一番番でパルファン伯爵家の全資産に差し押さえ執行令状を叩き込み、街中の銀行口座を全部凍結したるわ! あんたの来月の給料、紙屑同然のツケ払いになるけど構わんのかぁッ!?」

「ひ、ひぃぃぃっ!? な、なぜドンガンの極秘債権の話を貴様らが知っている……!?」

 完璧な法務包囲網と、急所を抉る経済的脅迫。

 ガストロの額から、滝のような脂汗がダラダラと噴き出した。

 人狼執事リバロンが、すっと鼻孔をヒクつかせ、冷ややかに片眼鏡の奥の目を細める。

「おやおや……首筋から、極度の恐怖と動揺に特有の、酷く酸っぱい汗の匂いが立ち上っておりますよ、査察官殿。……嘘と不正で塗り固めた立場など、薄い紙一枚ほどの強度もございませんね」

 狼狽するガストロ。

 だが、その背後に控えていた私兵隊長が、血走った目で剣を握り直した。

「だ、騙されるな査察官殿! 所詮は辺境の小商隊だ! ここで全員始末して荷を奪ってしまえば、証拠など残りません! やれッ!」

 私兵たちが一斉に抜剣し、凶悪な殺気を剥き出しにして飛びかかろうとした──まさにその瞬間だった。

 ──ズゥゥゥゥン……ッ。

 サロンの窓ガラスが、ビリビリと悲鳴を上げて共鳴した。

 部屋の隅に置かれていた大型の観葉植物の葉が、目に見えるほどの超重力圧に打たれて一斉に地面へと垂れ下がる。

「……おい」

 地底のマグマが軋むような、低く、一切の感情を削ぎ落とした重低音。

 ソファーの端に腰掛けていた百九十センチの偉丈夫──鬼神龍魔呂が、ゆっくりと立ち上がっていた。

 黒革の特注タクティカルジャケットを羽織り、ワインレッドのタートルネックの襟元から覗く首筋の鋼の筋肉が、微動だにせず隆起している。

 龍魔呂は棚のガラス瓶から取り出した角砂糖を二粒、放り投げるように口の中へ放り込んだ。

 ボリッ、ボリボリッ……。

 静寂を支配する、小気味いい破砕音。

 奥歯で砂糖を豪快に噛み砕き、喉を鳴らして飲み干した龍魔呂の右手が、レザージャケットのポケットへと滑り込んだ。

 引き抜かれたのは、使い込まれた真鍮製のオイルライター。

 親指が、静かに跳ね上がる。

 ──カチッ。

 澄み切った金属の開閉音が、室内に死刑宣告のように響き渡った。

 火は点けない。

 だが、龍魔呂の漆黒の双眸から放たれたのは、かつて地下闘技場で幾千の首を刎ね飛ばしてきた「死を呼ぶ四番(DEATH4)」の、底なしの暗黒闘気だった。

「……俺たちの飯と荷に、汚ぇ手を伸ばすな。……命のスペアがある奴から、前に出ろ」

 ドッッ……!!

 踏み出された右足の一歩。

 ただそれだけで、サロンの大理石の床板にバリバリと蜘蛛の巣状の亀裂が走った。

 殺気に当てられた私兵たちの全身がカタカタと痙攣し、握っていたサーベルがガタガタと音を立てて手から滑り落ち、絨毯へと突き刺さる。

「ひ、あ……あぁ……っ……!?」

 隊長の男は白目を剥き、失禁寸前の状態で床に膝をついた。

 窓の外を見下ろせば、宿舎を包囲していたはずの闇ギルドのゴロツキたちすらも、上階から漏れ出す天災級のプレッシャーに本能的な悪寒を感じ、次々と武器を投げ捨てて脱兎のごとく路地裏へ逃げ出していた。

「龍魔呂、そこまでだ」

 静かに、だが鋼の芯の通った声が、龍魔呂の背後からかけられた。

 中村優太だった。

 優太はパーカーのポケットから無添加の青い紙巻タバコを一本取り出すと、軍用マッチで火を灯し、龍魔呂の真横へと並び立った。

「1人で無双は禁止だ。……相手がどれほど下品な言いがかりをつけてこようと、俺たちは法と事実、そして科学の力で完璧に息の根を止める」

 優太の瞳の奥に、執刀医の冷徹な光が宿る。

 意識の片隅で、システムインターフェースを呼び出した。

【現在保有善行ポイント:6,059P】

 目的は明白だ。不当な権力弾圧の完全解体、および腐敗貴族連合による不正な利権構造の証拠保全。私利私欲は微塵もない。

「頼む……相手の偽造令状と裏帳簿の改竄データを分子・光学的レベルで完全に露見させる現代科学監査デバイスを寄越せ」

【100Pを消費:地球ガチャを実行(残余:5,959P)】

【使用者の明確な正義意志、仲間を守る強い覚悟を感知──特殊判定成功】

【排出等級:SSR(地球先端法医学用・ポータブル多波長紫外線フォレンジックライト&生体インク発光解析スキャナー一式)】

 淡い光の収束と共に、優太の手元に艶消しブラックの細身のペン型ライトが出現した。

 優太は躊躇なくライトのスイッチを入れ、ガストロがテーブルに広げていた差し押さえ令状へと照射した。

 ピカァァァッ……!

 不可視の紫外線波長が紙面を透過した瞬間、令状の表面に隠されていた「元の文字」が、青白く鮮やかに浮かび上がった。

「……な、なんだそれは!?」

「生体インクの残留蛍光反応ですよ」

 優太は冷ややかに告げ、浮かび上がった文字を指し示した。

「この羊皮紙、元々は『先週ムーンキャピタル港に密輸された禁制麻薬の押収リスト』ですね。その文字を薬品で脱色し、上からパルファン伯爵の私印を押して偽造令状に仕立て直した。……下水処理のインフラ予算を横領した穴埋めに、禁制薬物の密輸利権まで握っていたわけだ」

「ぎ、ぎゃあぁぁぁぁぁッッ!? な、なぜそれをぉぉぉッ!?」

 完全なる動かぬ証拠の露見。

 ガストロは泡を吹いて後ずさり、床に転がった。

「ガストロ査察官。この証拠の複写は、ただちにリバロンの手を通じてルナミス帝国内務省のオルウェル内務官、ならびに北方方面軍司令部へ送付させてもらいます」

 優太はタバコの紫煙を静かに吹き消し、冷徹に言い放った。

「パルファン伯爵とド・ロワ子爵に伝えなさい。……ポポロ村の商隊は、誰一人として屈しない。そしてこの街の腐った利権と悪臭のヘドロは、俺たちが近いうちに、根こそぎ綺麗に洗い流してやるとな」

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃっ! お、覚えてろぉぉぉッ!!」

 ガストロは涙と鼻水を撒き散らしながら、へたり込んだ私兵たちを引きずり、蜘蛛の子を散らすように階段を転がり落ちて逃げ去っていった。

 サロンに、勝利の静寂が戻ってきた。

「す……すごいですわぁぁぁぁっ!!」

 エミリアがソファーから飛び出し、両手を叩いて歓喜の声を上げた。

「法律と経済と科学の完璧なコンボ! 前世の悪徳取引先を一撃で返り討ちにした時以上のカタルシスですわぁぁん!!」

「へへん! ウチらを舐めたらアカンで!」

 ニャングルが誇らしげに算盤を鳴らし、キャルルも満面の笑みで兎耳を揺らした。

 龍魔呂は真鍮ライターをポケットへ収めると、小さく息を吐き出して優太の肩を軽く叩いた。

「……いい手際だったな、優太」

「みんなのチームワークのおかげさ」

 優太が笑みを返した瞬間、視界の隅に黄金の光文字が流れた。

【腐敗権力による不当差し押さえの完全論破および密輸証拠の確保を感知】

【重大な商業正義の防衛および地域治安貢献:善行ポイント+200P獲得】

【現在保有善行ポイント:6,159P】

 着実に積み上がる善行の結晶。

 だが、優太の視線はすでに窓の外──街全体を覆う、あの耐え難い下水と香水の黄色い靄へと向けられていた。

「さて……小手調べは終わった。エミリアさん、ニャングル、キャルル」

「はいっ?」

「腐敗貴族の資金源を根本から断ち、この街の人々の呼吸を取り戻すための『本番の手術』を始めよう。……魔導バキュームカーと急速浄水プラントを起動するぞ」

 虚飾の都ムーンキャピタルの暗部を根底から洗い流す、戦術医による前代未聞のメガシティ衛生革命が、いよいよその火蓋を切ろうとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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