第19話 無料より高いものはない。
11月編、開幕です!
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
売れたり、売れなかったり。
AIに振り回されたり、商品が行方不明になったり……。
そんな主人公の日常に、少しずつ変化が訪れ始めます。
果たして、便利なはずのAIは本当に頼れる存在なのか?
そして、何気ない日常の裏で動き始めたものとは……。
第19話、お楽しみください!
hassssy
午前六時十五分。
スマホのアラームが鳴った。
「……あと五分」
いつもの言葉を口にして、目を閉じる。
次に目を開けたのは六時三十二分だった。
「クソが」
十七分も経っている。
五分とは何だったのか。
布団から抜け出し、顔を洗う。
昨夜、机の上に放り出したゲームソフトが目に入った。
その横には、梱包を終えた黒いケーブル。
「おっと、忘れるところだった」
昨日は散々だった。
売れた商品が見つからず、部屋中を探し回った挙げ句、古いゲーム機に接続されたままだったという、実に間抜けな結末。
しかも、初めて使ったAIには振り回された。
本の表紙は勝手に変わる。
女の子の手は増える。
直したと思ったら、今度は本が増える。
最後には課金しろときた。
「便利って何だっけな……」
とりあえず、ケーブルを鞄に入れた。
今日こそ発送する。
それだけは忘れない。
仕事へ向かう車内で、昨日の出来事を思い返す。
あのAI。
『アシスト』
確かに便利な部分はあった。
写真から商品を判別してくれる。
説明文も考えてくれる。
ただし、平気で間違える。
そして、間違いを直そうとすると、別のところまで変える。
「人間だったら怒られてるぞ」
誰もいない車内で呟いた。
まぁ、人間でも似たような奴はいる。
むしろ、もっとひどい奴もいる。
そこまで考えて、やめた。
朝から嫌なことを思い出す必要はない。
職場に着く。
いつものようにブラックコーヒーを買い、決められた喫煙場所で一服する。
七時四十五分。
仕事開始。
午前中は特に変わったこともなかった。
仕事が終わる時間だけが、やけに遠く感じる。
昼休み。
スマホでアニメのニュースを眺める。
新作発表。
限定グッズ。
予約開始。
「……また金取る気か」
欲しい。
だが、買わない。
最近は、その判断をする回数が増えた。
買えば金が減る。
売れば金が増える。
実に簡単な話だ。
ただし、売るために買う場合は話が違う。
売れるまで金が戻ってこない。
しかも、売れなければただの荷物だ。
「分かっちゃいるんだけどなぁ」
人間という生き物は、分かっていても買う。
特に、数量限定という四文字に弱い。
俺も例外ではない。
スマホを伏せた。
見なければ買わずに済む。
少なくとも、今は。
午後五時十五分。
ようやく仕事が終わった。
帰り道、コンビニに寄る。
目的はひとつ。
黒いケーブルの発送だ。
「これで一件落着だな」
専用封筒の状態を確認し、発送手続きを済ませる。
スマホに受付の案内が表示された。
「よし」
購入者にも連絡を入れる。
『お待たせして申し訳ありません。本日、発送いたしました。到着まで今しばらくお待ちください。』
送信。
「……やっと終わった」
いや、終わってはいない。
相手が受け取って、評価して、ようやく取引完了だ。
だが、ひとまず肩の荷は下りた。
そのまま帰ろうとして、足が止まる。
コンビニの入口に貼られたポスター。
新発売のカップ麺。
「……うまそうだな」
買った。
節約とは何だったのか。
帰宅後。
カップ麺にお湯を注ぎ、三分待つ。
待っている間に、昨日のAIを開いた。
『アシスト』
画面には、昨日のやり取りが残っていた。
三本腕の女の子。
二冊に増えた攻略本。
そして、課金案内。
「……改めて見るとひでぇな」
だが、その下に見覚えのない画像があった。
石造りの城。
白い扉。
その前に立つ、小さな人影。
画像の下には、短い文字。
『次の購入者』
「……は?」
こんな画像、作らせた覚えはない。
昨日は攻略本の紹介画像を作っていたはずだ。
「なんだこれ」
画面を拡大する。
城の壁には、無数の傷がついていた。
地面には、折れた槍のような物が転がっている。
そして白い扉には、黒い線が三本。
「……ゲームの画像か?」
見覚えがあるような気がした。
だが、どのゲームなのか思い出せない。
生成AIなら、頼んでもいない物を勝手に作ることもあるのだろう。
昨日だって、女の子の手を勝手に増やしていた。
「まぁ、こいつならやりかねん」
そう思い、画像を閉じようとした。
そのとき。
『無料での画像生成回数を使い切りました』
再び、課金案内が表示された。
「……お前なぁ」
画像を閉じる。
「勝手に作っといて、金取るのかよ」
ちょうど三分が経った。
カップ麺の蓋を剥がす。
「いただきます」
まずは飯だ。
AIの相手は、それからでいい。
カップ麺を食べ終えた俺は、再びスマホを手に取った。
昨日のAIは、最後に妙なことを言っていた。
他のAIサービスも試してみてはどうか、と。
「自分で客を逃がしてどうすんだよ」
普通の店なら、まず言わない。
いや、言う店もあるか。
品切れの商品を、他の店で探すよう勧めてくれる店員もいる。
それはそれで親切だ。
だが、昨日のアシストの場合は違う。
散々こちらを振り回した挙げ句、課金を要求してきたのだ。
その直後に他のサービスを勧める。
「……よく分からん奴だな」
そもそも、奴ではない。
AIだ。
人間ではない。
そんなことを考えながら、紹介されていたサービスを調べてみる。
いくつか候補が出てきた。
文章に強いもの。
画像に強いもの。
検索が得意なもの。
どれも似たような説明が並んでいる。
「結局、どれがいいんだよ」
無料。
高性能。
簡単。
便利。
その言葉は、もう聞き飽きた。
「無料って書いてあっても、どうせ途中で金取るんだろ」
疑い深くなっていた。
昨日の経験は、人を成長させる。
あるいは、ひねくれさせる。
とりあえず、一つ試してみることにした。
新しいAIアプリを開く。
画面には、簡単な入力欄が表示された。
「……何聞くか」
せっかくだ。
まずは、今一番困っていることを聞いてみよう。
『古いゲームの攻略本がある。売るべきか、残すべきか』
入力した。
すぐに返事が表示された。
『商品の希少性、状態、現在の販売相場によって判断が変わります。思い入れがある場合は、売却後に後悔しないかも考えてみてください。』
「……普通だな」
だが、間違ったことは言っていない。
続けて入力する。
『本には絶対に売るなと書いてある』
『その書き込みは、ご自身が過去に残したものですか?』
「お?」
今度は少し違う。
ただ商品を売る方法を説明するのではなく、こちらに質問してきた。
『たぶん昔の俺が書いた』
『それなら、当時のご自身が売らない理由を持っていた可能性があります。すぐに出品せず、内容を確認してから判断するのもよいと思います。』
「……なるほどな」
確かに、そうかもしれない。
俺は攻略本を手に取った。
あの赤い文字。
『絶対に売るな』
何度見ても、理由が分からない。
「いや、昔の俺が変なだけかもしれんけど」
ページをめくる。
剣のイラスト。
武器の性能。
入手条件。
その下に、小さな説明が書かれていた。
『所有者を選ぶ剣』
「……ありがちな設定だな」
ファンタジーの世界では、よくある話だ。
勇者にしか抜けない剣。
選ばれた者だけが使える武器。
世界を救うための伝説の道具。
「現実にもあれば便利なんだけどな」
そんなことを考えながら、次のページをめくる。
そこには、城の内部を描いた地図があった。
長い廊下。
階段。
いくつもの小部屋。
そして、最も奥に描かれた扉。
白い扉だった。
「…………」
指が止まる。
いや。
待て。
昨日の画像。
あの城。
あの白い扉。
「……似てね?」
スマホを手に取る。
アシストの履歴を開く。
『次の購入者』
例の画像を表示する。
攻略本と見比べる。
「……いやいや」
似ている。
城の形も。
扉の位置も。
その前に続く石畳も。
完全に同じとは言い切れない。
だが、偶然にしては、よく似ていた。
「画像送ったからか?」
昨日、攻略本の写真はAIに送っている。
だったら、そこから似た画像を作ったのかもしれない。
「……それなら普通か」
一人で納得しかけた。
しかし。
「ん?」
画像をもう一度見る。
白い扉の前に立つ人影。
最初は小さすぎて分からなかった。
拡大する。
黒い服。
片手に細長い何かを持っている。
剣だろうか。
さらに拡大する。
画像が粗くなる。
「……誰だよ、こいつ」
顔は見えない。
だが、人影の足元に何かが落ちていた。
四角い物。
黒い板のような物だった。
「スマホ……?」
そう見えなくもない。
もちろん、生成AIの画像だ。
何が描かれていても不思議ではない。
「考えすぎだな」
スマホを置いた。
そのとき、新しいAIから返事が届いた。
『攻略本の写真を送っていただければ、内容の確認をお手伝いできます。』
「ああ、そうだった」
まだ会話の途中だった。
攻略本を撮影する。
剣のページ。
白い扉の地図。
そして、赤い文字。
三枚の写真を送信した。
しばらくして、返事が表示される。
『画像を確認しました。古いゲームの攻略本のようですね。書き込みの内容は確認できますが、作品名や詳細については、追加の情報が必要です。』
「……まともだ」
昨日のAIなら、存在しないゲームの名前を自信満々に言い出していたかもしれない。
さらに返事が続いた。
『ところで、一つ確認してもよろしいでしょうか。』
「なんだ?」
『この本は、本当にご自身の所有物ですか?』
「…………は?」
思わず声が出た。
「俺のだよ。俺の部屋から出てきたんだから」
少し腹が立った。
まるで、盗んできた物を売ろうとしているみたいではないか。
『俺のだ。昔から持ってる』
入力した。
『失礼しました。所有権を疑っているわけではありません。』
「だったら何だよ」
次の返事を待つ。
数秒。
十数秒。
画面には、回答を生成していることを示す表示が出ていた。
「……遅いな」
そして。
『この本に記載された所有者の名前が、現在のご利用者と一致していないように見えます。』
「……名前?」
攻略本を開く。
表紙。
裏表紙。
最初のページ。
どこにも名前など書かれていない。
「何言ってんだ、こいつ」
『どこに名前がある?』
そう入力した。
返事は、すぐに来た。
『白い扉の地図の下です。』
視線を落とす。
地図の下。
そこには、小さな余白があった。
さっきまで何も書かれていなかった場所だ。
しかし。
「…………」
黒い文字が、浮かび上がっていた。
いや。
最初から書かれていたのかもしれない。
古い紙に、薄いインクで。
目を凝らす。
そこに書かれていたのは、俺の名前ではなかった。
『前所有者』
その下に、もう一行。
『返却期限 三週間』
「……三週間?」
思わずページを閉じた。
心臓が、少しだけ速くなっている。
「いや、待てよ」
落ち着け。
古いゲームの攻略本だ。
何年も前に買った物だ。
そんな本に、今さら返却期限などあるわけがない。
もう一度、ページを開く。
文字は消えていた。
「…………」
何もない。
ただの白い余白。
「……疲れてんのか、俺」
仕事をして、発送して、帰ってからAIをいじって。
疲れていないわけがない。
「今日はもう寝るか」
攻略本を閉じた。
スマホの画面には、AIから新しい返事が届いていた。
『申し訳ありません。先ほどの回答には誤りがあった可能性があります。』
「……だろうな」
俺は鼻で笑った。
「お前も間違えるんかい」
結局、AIなんてそんなものだ。
便利ではある。
だが、全部を信じるわけにはいかない。
画面を閉じようとした、そのとき。
最後の一文が表示された。
『なお、先ほどお送りいただいた三枚目の写真について、一点お伝えしておきます。』
「……まだあんのか」
『写真には、攻略本以外のものも写っています。』
「は?」
三枚目。
赤い文字を撮った写真だ。
背景には机が少し写っているだけのはずだった。
『何が写ってる?』
入力する。
返事は短かった。
『本の後ろに、人が立っています。』
「…………」
俺は、ゆっくりと振り返った。
部屋には、誰もいなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
11月編、いかがでしたでしょうか?
ようやく登場した新しいAI。
しかし、どうやら普通のAIとは少し違うようです。
便利なのか、ポンコツなのか。
それとも、もっと別の何かなのか……。
主人公も、まだ何も知りません。
ここから物語は、少しずつ加速していきます。
続きが気になった方は、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります!
次回、第20話もお楽しみに!
hassssy




