第36話 監視カメラは映さない
監視カメラの映像が公開されているアドレスにアクセスし、スマートフォンをコノハのものと差し替えて、映像をテレビ画面に映し出した。
「では、これから皆さんで、じっくりとご覧いただきましょう」
テレビ画面には動画のサムネイルが表示されている。
校舎っぽいシルエットが薄っすらと見てとれた。サムネイルの右下には、再生時間が『65:15』と表示されている。
「おそらく、午後7時から8時までの映像だと思います。とりあえず流しますので、見てみましょう」
動画が再生される。音は何も聞こえない。
校舎とグラウンドを広角に映した固定カメラの映像なので、まったく動きがなかった。
動画の時刻表示は、よくある監視カメラの映像と同じだ。右下の秒数カウントが進んでいく。やはりというか、19時より少し前の『18:55:00』からスタートしていた。
画面の右手は校舎の正面側、左手はグラウンドが平行に映っていた。
校門は奥側に小さく見えている。つまり、反対側のグラウンドの端から映している。ポール時計は小さすぎて時刻が読み取れない。まあ、この時刻表示を信じるほかないだろう。
陽はすっかり落ち、すでに夜の帳が降りている。ほのかに明るいのは、月光のおかげだ。照明もないグラウンドと校舎がはっきりと見渡せる。
校舎の窓から漏れる光はわずかほどで、残りの部分が月光を照り返し、はっきりと校舎全体の輪郭を見せつけていた。
ただし、手前側の教室の一部が見切れており、右端の一列だけは映っていなかった。
「ちょうど音楽室が見えないじゃないか」
ギンブナが目ざとく指摘する。
「まあ、そう簡単にはいきませんよ。映ってるなら、最初から公開しないとフェアじゃないですからね」
映像に変化はないが、時刻表示の秒数はどんどん進んでいる。
数分が経過したが、明かりのついている窓はそのまま、新たに明かりが灯る窓もなかった。
「グラウンドをチョロチョロしてるやつはいねーっすね」
レンジャー二人が食い入るように見ながら呟いた。
「さすがに怪しいやつが映りこんでることはないと思う。どちらかというと、校舎に注目してほしい」
「え?なんで?」
俺はテレビ画面に近づき、校舎を指差した。
「明かりがついている窓は、どこだろうか?」
レンジャーたちが答えあぐねていると、ギンブナがまた偉そうに答えた。
「生徒会室と新聞部、それと陶芸部に…これは、旧三-A教室かな。今はなんの部屋だっけ?」
ふむ、正解だ。
こういうところだけは目端が利くから困ったもの――じゃなくて、頼もしいのだ。
「ですね。生徒会室には会長と副会長がいるでしょうし、陶芸部はタマルがいるはずです。旧三-A教室は、ビオトープ部がカフェを出店していた教室です。まだ7時前なので、ピンキーがいるはずですよね。新聞部はよくわかりませんが、どう思いますか?」
「新聞部には常に誰かいると思うよ」
猫又部長が答えた。
「ステージの取材に行ってない部員が記事をまとめていると思うし、いつも遅くまで電気がついてるしね」
「なるほど」
それから、映像は変化することなく、午後7時に差しかかろうとしたが、その時、旧三-A教室の窓から明かりが消えた。
ピンキーが出ていくところを捉えたあの写真が撮影された時刻と一致する。電気を消して行ったということだろう。
午後7時をまわると、明かりが残るのは、生徒会室、新聞部、陶芸部の三つのみとなった。
それからの時間は酷く退屈なものだった、ようだ。
映像はまったく変化することなく、午後8時が迫ってきた。窓の明かりにも変化がない。
「なーんにもないな」
青レンジャーが言うと、「だな」と黒レンジャーがあくびをした。彼らはがんばっているほうだ。
コノハは半目になって必死に眠気と格闘しているし、ギンブナに至っては横になって反対側を向いている。
部長は薄目を開けて画面を見ているようだが、おそらく寝ている。シャロンは視線を落としてスマホをいじっていた。
まあ、こいつらの集中力なんてそんなもんだ。想定内のことだし、期待するほうが間違っている。
するとその時、「あっ」という誰かの声がした。
校舎一階の中央部分の窓に明かりが灯ったのだ。
「誰か来たよっ!」
レンジャー二人が歓喜しているが、若いね。よく見てくれていることには感謝するけども。
「どこの明かりだろ?」
そう言うと、レンジャー二人は沈黙した。こういう時は、ギンブナの出番だ。
視線を送ると、待ち構えていたように笑みを浮かべたのだが。
「男子トイレじゃないかな」
部長に搔っ攫われたのだった。
半口を開けたまま固まっている副部長を弄りたいところだが、グッとこらえて話を戻す。
「よく男女の区別がつきますね?」
素朴な疑問が頭をよぎり、そう言ってみると、部長は思わせぶりに眼鏡を押し上げていた。
「それはね…」
溜めるね。一体なんなんだよ。
くだらないことだろうけど、非常に理由が気になるじゃないか。
「あそこのトイレが好きだからだよ」
えっと…どういうことかな?狂っているのかな?
「どういうことでしょうか」
「だから、理屈じゃないんだよ。校舎のトイレは一昨年くらいに改修されたんだけど、利用者も少ないし、考え事をするにはちょうどいい場所なのさ。僕だって一人になりたい時があるからね。それに掃除は教室を使ってる部の連中がやるから、お構いなしにぶっ放せるんだよ」
くっ、クズが。まさかそんな理由とは。無駄に時間をとらせやがって。
そうこうしているうちに、男子トイレらしき窓の明かりが消えていた。
「そうですか…まあ、どちらだろうとトイレで確定ですね」
校舎に残っている誰か、もしくは体育館に行っているステージの観客がこちらのトイレにまで来たのだろう。
だが、これでわかったはずだ。誰だか知らないが、いいヒントを与えてくれた。
さて、お前たち。発表の時間ですよ。
監視カメラの映像は、その他に何も変化することなく、時刻表示が『20:00:15』で停止した。
結局、トイレの明かり以外は、何も映っていないことが確認されたわけだ。
仮に瞬間的な変化を見落としていたとしても、それは無関係だろう。
スロー再生しなければ見つけられないような痕跡を仕込んでいるとは思えない。
「アデルなんか映ってないじゃあないか、ユメジどの」
ギンブナが肘枕のまま、どこか嬉しそうに言った。
だからさ、なんで気づかないんだよ。いや、まあいい。君はそういう役回りだ。
「フフフ…残念でしたね、副部長。俺は『映ってる』とは一言も言ってませんよ?これで証明できたんです」
「な、なに…?」
ギンブナは慌てて上体を起こした。
「いみじくもみなさんが確認してくれたとおり、何も映っていないことがおかしいんです。アデルの証言が事実であれば、映ってなければならないものが映っていないんですよ!」
勢いよくテレビ画面を指差すと、ギンブナとコノハはピクリと身体を硬直させた。
いい反応だ。やみつきになりそうだよ。
「霊的な話ではないので安心してください。わかりませんか?ちょうど、部長がヒントをくれたじゃないですか」
皆の視線が向くと、えっ、という顔をした部長だが、わかってますよとばかりに眼鏡を押し上げた。
絶対わかってないですよね?
「思い出してください。アデルは19時前に校舎のトイレに行ったと証言していますよ。どのトイレに行ったのでしょうか?」
校舎のトイレの位置を指でタップしてみる。
すると、「あっ」とレンジャー二人が声をあげた。
やっと気づいたか。
「校舎のトイレは三階までの各階に一ヶ所ずつです。生徒会室の前に旧教員用トイレがありますが、わざわざ人を避けておいて、明かりのついている生徒会室前のトイレには行かないでしょう。常識的な男なら一階の一般用トイレに行くはずです。よしんばウンコだったとしても、行って二階までです。百歩譲って三階まで行くとしても、この三ヶ所のいずれかのトイレに必ず入ったはずです」
「なるほどね。じゃあ、頭からスロー再生してみようよ。映ってるかもしれない」
猫又がテレビに近寄ってきた。こいつ、マジかよ。まだわかってねえのか。
「いえ…部長、映ってないことがおかしいんです。この中のどのトイレに入っても、あることをするでしょう?」
猫又は少し考えてから、恥ずかしそうに言った。
「…ウンコ、かな?」
「もういい!」
俺は反射的に声を大きくしていた。
いかん、いかん。落ち着こう。この男は、こういう男なのだ。
「えっと、副部長、いかがですか?」
すると、ギンブナもニヤリと笑った。部長と同じ回答をしたら手が出るからな。
「真面目に答えよう。電気だろ?」
「そ、そのとおりです。ありがとうございます!」
なんだよ、真面目にって。いちいち引っかかるのだが、さすがに理解できたようだ。
「そうです。電気がつかないことがおかしいんです。いくら月が明るくても、便器まで明るいはずがありません。はっきり見えないトイレで用を足しますか?ウンコならなおさらです。夜に照明をあえてつけないでクソをするバカは、この世にはいないッ!」
「断言していいのか…」
シャロンが呟いた。
「というわけですよ。19時頃に電気がついた様子はまったくなかった。つまり、アデルはトイレに行っていないということです。じゃあ、どこへ行ったか?音楽室に決まってますよね。状況証拠はまだあります。アデルはクフオーと同じく、ドアの内側にも指紋をつけていました。物音がして気になって中を調べる状況で、ドアを丁寧に閉めて確認したということです。そんなバカもこの世に存在しません。アデルは当日の19時に音楽室に入り、ピンキーと会っていたのです」
決まったな。
ホラ、名探偵のキメ台詞だよ。どうだ、反論があるならしてみるがいい。
そう思いながら一同を見回す。ダンマリを決め込んでいる。そりゃそうだ。この推理に穴などないのだから。
沈黙の中で、部長が笑みを浮かべながら、しきりに頷いている。
何を考えているのかわからないが、たいしたことではないな。
「おみごとだよ、ユメジ君。要するに、アデルはバカってことかい?」
(バカは、お前だよ!)
口の先の先まで出かかった言葉を吸い込む。
「ま、まあそうかもしれませんね。残る疑問は、アデルがどうやってクフオーに行動を起こさせたかだけです。突飛なトリックではないと思っていますが、それがわかれば事件は解決です」
「すばらしいっ!」
部長は拍手をした。
「我々は先頭集団にいるじゃないか。もう犯人はわかっているのだし、この感じならなんとかなりそうじゃないか?」
「左様」とギンブナが同調する。
「これだけ状況証拠があれば、自白を得ることも可能ですな。そこから先は、我が部の連携プレーで、いの一番に投函すればよいでしょう」
「凄いです!」とコノハが加わった。
「もしかして、もしかしますね。じゃあ、今日はもうやることなしって感じですか?」
俺は頭を掻いた。
そうなんだよね。ドヤってみたけど、ここから先の打つ手が思いつかないんだよね。
「そうなるかな。まだトリックはわからないんだけど、さすがにメールでアデルに質問するわけにはいかないし…コマチとクフオーの質問は、ほかの誰かがするだろうしね。今日は解散かな。明日は木曜日だから、質問の回答を見てから、音楽室の実地調査に行きましょうか」
全員、オー!と拳を突き上げた。
アゲ調子の時は、とことん調子づく連中だ。
まあ、ここまでよくまとめたものだと自分で自分を褒めたい気分になる。いや、褒めてほしい。
だがよく見ると、シャロンだけが腕組みをしてうつむいていた。
「シャロンさん、何かありますか?」
「いや…方針に口を出すつもりはない。私はもう一回観てから帰るよ」
「何か気になることでも?」
「そんなことはない」
シャロンは不自然に笑って、そのまま後ろに寝転んだ。
「ちょっと仮眠したいんだ。これ観てたらすぐ寝れるだろ?」
「はあ…」
さすがに意図を図りかねる。この映像をいくら見たところで何も出てこないだろう。
「まあ、そういうことなら…何かわかったら教えてくださいね」
「ああ。スマホは代えといたから忘れんなよ。また明日な」
そっけなく答えると、シャロンはテレビのほうに寝返って、振り返ることはなかった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
ユメジの次なる一手にご期待ください。ご感想などいただけると嬉しいです。




