5
気づけば薄暗い空間に一人いた。
なにもない。
何の音も聞こえない。
誰もいない。
なにも起こらない。
その状態がしばらく続いたが、やがてなにか見えてきた。
遠くのほうに。
それが何であるかは薄暗さゆえに、そいつが近くに来るまで分からなかった。
しかしやがてわかった。
体は人間、そして頭は犬に似たもの。
全身黒い毛で覆われている。
そいつは俺の前に立った。
「入るぞ」
そいつはそう言うとさらに近づき、俺と重なろうとした。
そいつの身体は実体があるようでない、ないようであると言ったわけのわからないものだった。
そいつを手で押すと手がまるで空気を押しているかのようにそいつの身体をすり抜ける。
かと思うとものすごく柔らかくてぐちゃぐちゃした感触がありつつも、そいつの身体を押し返せたりもする。
そんなことを何度も繰り返していた。
そしてとにかくこいつは俺の中に入っていこうとしているのが、俺にはわかった。
「やめろ、俺の中に入ってくるな!」
何度叫んだことだろう。
すると不意に先輩の声が聞こえた。
「いいや、お前の中に入るぞ」
その時、表情が見えないはずの犬もどきの顔が、笑ったのが俺にはわかった。
そして低くはっきりと言った。
「そうか。許可をくれるのだな。ありがたい。入らせてもらうぞ」
と。
終




