第40話「君と再会するまで、現実は色彩に溶けていた」第四部
夏の夜は濃密で息苦しく、熱気が壁にへばりついているようだった。薄暗い部屋の中で、鋭い目つきの少年がベッドにうつ伏せになり、興奮した笑顔を浮かべて絶え間なくスマホをいじっていた。
その同じ部屋の反対側には、もう一つのベッドがあった。そこには、20代に差し掛かろうとする年上の青年が横たわっていた。彼もまた鋭い眼差しと、弟と同じ茶色の髪を持ち、兄弟の面影を分け合っている。しかし、その笑顔には多大な誇りと、兄弟ならではの少しの意地悪さが込められていた。彼は横向きに寝そべり、いたずらっぽい表情で少年を見つめていた。
「それで、健太……」彼は、今から始まるからかいを隠すために、わざと無関心な声色を作って話し始めた。
「ん、兄貴?」少年は、画面の眩しい光から目を逸らすことすらなく答えた。
「来年、高校生だろ?」
「ん」彼は同意するように呟き、まだスマホに夢中だった。
「それで、健太……」青年は食い下がる。今度は、目にも唇と同じいたずらっぽさが浮かんでいた。「可愛い子ちゃんとの出会いは楽しみか?」
「別に」彼は即座に言い返した。「学校で女子と話すことなんてほとんどないし」
「そりゃそうだな、お前の目は千尋ちゃんしか見えてないもんな……」兄は突然そう言い放ち、その声にはからかいがたっぷりと滲んでいた。
鋭い目つきの少年は自分の唾でむせ、激しく咳き込んだ。彼の顔は恥ずかしさで真っ赤に染まった。
「そ、そんなんじゃねえよ!」
「うそつけ、色男」
「うるせえ、クソ兄貴!」健太は自分の枕をもう一つのベッドに向けて投げつけた。バシッ!見事に命中したが、青年はただ大声で爆笑するだけだった。
(俺はよく覚えている……)
(毎年夏になると、俺たちは荷物をまとめて、親父の生まれ故郷である松本へ向かった。新潟で生活のすべてを築いていたにもかかわらず、休みは必ず祖父母に会うために使われていた。)
(そして、俺が彼女に出会ったのは、まさにあの夏の日々だった。)
新潟の朝はいつも眩しかった。海辺の街は、通りを吹き抜ける涼しい風と、はっきりと分かる潮の香りを運んで目を覚ます。黄金の太陽が地平線に昇り、広大な青い海に光の筋を反射させ、湿った砂浜を照らした。海岸に打ち寄せる波の規則正しい音が絶え間ないサウンドトラックとなり、澄み切った空の下を飛ぶカモメの遠くの鳴き声と混ざり合っていた。
「もうバテたのか、健太?」年上の青年が挑発した。彼は海上保安庁の公式トレーニングウェアを着て、疲れを微塵も見せずにその場で足踏みをして走っていた。
カジュアルなトレーニングウェアを着た鋭い目つきの少年は、前かがみになっていた。震える両手を膝につき、息を荒らげて空気を求めている。
「俺……兄貴のペースには……ついていけねえよ……」
「自分のペースに合わせてくれって頼んだのはお前だぞ」彼は軽く小走りし、弟の隣で立ち止まった。「ほら。深く息を吸って、ゆっくり吐け。呼吸をコントロールすれば、体はついてくる」
健太は苦労して立ち上がり、リズミカルに肺を空気で満たした。海辺の朝の光が、汗ばんだ彼の顔を正面から照らしていた。
「その調子でトレーニングを続ければ、実技テストは確実に受かるさ。ただ、筆記試験の方は……」兄は言い、からかうような笑みを唇から漏らした。
「ああっ!寝坊してテスト勉強の時間を逃したから補習になっただけだろ!」少年は非難するように指を突き出し、その顔は子供じみた苛立ちで歪んでいた。「俺はすげえ頭いいんだからな!」
「自分への言い訳ならいくらでも作れるな!」兄は声を上げて笑い、再び歩道を走り出して弟を置き去りにした。健太は怒りとうめき声を上げ、絶望的に彼に追いつこうと、疲れた足を無理やり動かした。
(親父と兄貴は、俺にとって常に心の支えだった。)
(二人とも海上保安庁に入った。親父は本当のヒーローで、荒波の中の危険な救助で無数の命を救ってきた。そして兄貴も、まったく同じ栄光の道を歩んでいた。)
(まだあんなに若いのに、彼は過酷で英雄的な救助を成し遂げ、初めての昇進を果たしていた。)
(彼は俺の最大のヒーローだった。)
(そして俺は、全身全霊で彼みたいになりたいと願っていた。)
時は無情に進む。中学校の教室の中、少年は学校指定の暗い色のブレザーを着ていた。窓の外では、残酷な嵐が空を覆い尽くし、昼を夜に変えていた。健太の鋭い視線は窓に釘付けになり、分厚い灰色の雲がうねるのを観察していた。
休み時間、彼は自分の席に座り、ノートのメモを見直していた。突然、学校のスピーカーから電子音が響き、職員室への至急の呼び出しを告げた。
(まさにあの雨の日……俺の世界のすべてが崩れ去った。)
学年主任は穏やかな口調で話していたが、その顔にははっきりとした緊張感が浮かんでいた。それに応じるように、少年の瞳は純粋な不信に満ちた硬い仮面へと変わった。言葉は、彼の耳に届く前に意味を失ってしまったかのようだった。
数分後、彼は早退させられた。母親がすでに校門で彼を待っていた。
彼女の顔は絶え間ない涙で崩れていた。彼女は絶望的な抱擁で彼を包み込んだが、彼は目を見開いたまま、深いショックで凍りついていた。
「ごめんね、健太……」母は彼の胸にすがりつき、抑えきれない涙を流しながら懇願した。
「兄貴が……」彼は囁いた。
外では空が泣き、雨が激しくアスファルトを叩きつけていた。
「……死んだ?」
それは緊急出動の最中だった。
海上の嵐は壊滅的であり、彼の経験をもってしても耐えられないほど強烈だった。
危機的な瞬間に、彼は仲間の生存を確実にするため自らの命を犠牲にすることを選び、巨大な波にさらわれて飲み込まれた。捜索隊は何日も海をくまなく探した。
彼の遺体が発見されることは二度となかった。
(母さんが泣き止むことは二度となかった。)
(親父はあの職業の致命的なリスクを常に知っていた。なにしろ、一生危険と隣り合わせで生きてきたのだから。)
(しかし、親父にとって、すべてが無意味になってしまったようだった。彼は早期退職を申し出、松本の山奥にある故郷へ俺たちを永久に移住させる決断を下した。)
(だが……事態は取り返しのつかない形で変わってしまっていた。)
(私がついに再び健ちゃんに会った日……)
(私の目の前にいる少年は、完全に見知らぬ人だった。)
「私たち……そのことについて、一度も話してなかったね……」千尋の声は痛ましいほど低く響いた。彼女は体の前で両手を組み、制服の赤いリボンを少年の濁った視界から隠していた。
「そのことについて、話したいと思ったことなんて一度もない……」健太は冷たく答えた。かつては鋭く、活気に満ち、エネルギーに溢れていた彼の目は、今や深く恐ろしい虚無に溢れていた。それは、中身が死んでしまった人間の目だった。
「健ちゃん……私たち……」
「ごめん」彼は素っ気なく言葉を遮った。
彼女の顔は純粋な絶望の表情に歪み、完全に無気力な彼の顔と胸を締め付けるようなコントラストを生み出していた。
学校の廊下の色彩が、少年の頭の中で説明のつかない形で揺らめいていた。靴の下で床が振動しているようで、すれ違う他の生徒たちの顔は、歪んだ病的な光によって特徴が隠されていた。
彼は歩き続け、彼女の横を通り過ぎた。黒髪、白い制服、暗い色のスカートの残像が後ろに残される。あの赤いリボンでさえ、彼の目にはその輝きを失い始めていた。
健太は目を細め、自分自身の距離感の中に閉じこもった。
光と色が、彼の現実認識を歪め続けていた。
「なあ、健太……」死んだ兄の温かい声が、突然彼の記憶の中に響き渡った。その思い出は、彼を祖父母の伝統的な家の縁側で過ごした星降る夜へと運んだ。「お前、本当に海上保安庁に入りたいのか?」
二人は滑らかな木の床に並んで座っていた。
松本の夜空の広がりを見つめていた。
「当たり前だろ!」少年は若々しい決意に溢れて答えた。「兄貴もやってる!親父もやってた!俺も大人になって、お前らみたいなヒーローになるんだ!」
兄は最初は少し戸惑ったように彼を観察したが、すぐに純粋な笑顔を唇に浮かべた。彼は誇らしげだった。「ヒーロー、か」
(そうだ……)
(兄貴は俺の偉大なヒーローだった……)
(俺は兄貴とまったく同じになりたかった……強くて、限りなく優しくて、危険にさらされている人々の命を救えるような人に。)
(小さい頃から、俺の最大の夢は常に、誰かの盾になることだった。)
(だから……彼女の目を見るたびに……強くなりたいという思いが胸の中で大きくなっていた。)
(それなのに、今この瞬間……)
(俺はただの臆病者だ……)
(俺は……)
「お願いだから、やめて……」
千尋の手が伸び、彼の手首の周りを強く握りしめた。ギュッ。少年は完全に不意を突かれ、目を見開いた。彼女の握力はしっかりとしており、彼をその場に引き留める少女の肌は目に見えて震えていた。
鋭い痛みと悲鳴に近い絶望にもかかわらず、千尋の声は相変わらず低く、脆かった。
健太の目から険しさが少し失われ、深い憂鬱へと道を譲った。
「ごめんなさい……」
少女の苦渋に満ちた告白を聞き、彼の顔に不信感が広がった。
「猛お兄ちゃんが亡くなった時……私は失敗したの。健ちゃんが一番必要としていた時に、私はそばにいなかった……」
大きな涙の粒が彼女の目から溢れ出し、青ざめた頬を滑り落ちた。彼の手首を握っていた指の力が、徐々に抜け始めた。
彼は体を向けることを拒んだ。顔を前へ向けたままにした。
それは、自分のために流されているあの涙を見ることから逃げようとする、失敗に終わった試みだった。
「健ちゃんがどれだけ苦しんでいるか、分かってた……胸が張り裂けそうな痛みも……それでも……健ちゃんが松本に引っ越してくると聞いたまさにその瞬間……私の心は喜びに満たされたの。すごく嬉しかった……」
彼女はついに彼の手首を離した。震える自分の手を上げ、泣き顔を無駄に拭おうと目の下をこすり始めた。
「私は最低でわがままな人間。それは十分分かってる。そして、ようやく健ちゃんに会いに行った時……私は完全に期待外れだった。健ちゃんが望んでいた支えになれなかった……私のせいで、健ちゃんの笑顔は消えちゃった……私のせいで、廊下で私を無視するようになった……」
(違う。)
「私のこんな態度のせいで、健ちゃんは私を憎むようになった……」
(それは嘘だ……)
「一番最悪の時に、健ちゃんを見捨てた……世界で一番最低な友達だった……」
(お前は完全に間違っている……)
「憎まれても仕方ない……」
(そんなこと言うな……)
「ただ……」
……
「お願い……私の健ちゃんを返して……」
千尋が濡れた顔に手首を強くこすりつけたため、眼鏡が鼻から滑り落ち、乾いた音を立てて廊下の床に落ちた。カチャッ。その急な動きで白いカチューシャがずれ、反抗的な黒い前髪が涙ぐんだ目の上にカーテンのように崩れ落ちた。
少年はついに自身の障壁を壊し、振り返った。彼女は絶えず涙を拭いながら、すすり泣き続けていた。
彼は彼女の前にゆっくりとしゃがみ込んだ。
ほんのわずかな一瞬、過去の光景が現実と重なり合った。夏に遊ぶ純粋な二人の子供。風に揺れる小さな白いワンピース、色あせた特撮ヒーローのTシャツ。
「俺がお前を憎むわけないだろ……そんなの絶対にありえない」
小さな少女は立ち止まった。潤んだ赤い目が彼を見つめ、その温かい言葉の前に深い混乱に沈み込んだ。
彼は手を伸ばし、冷たい床に取り残された眼鏡を拾い上げた。
「俺はただ逃げただけだ。あんな惨めな状態の俺を、お前に見られるのが恥ずかしくてたまらなかった……俺は、本当に情けない奴だ……」
彼は笑った。それは自分自身に向けた自嘲と憂鬱に満ちた笑顔だった。
「俺は情けない人間だ……」
(絶対に違う……健ちゃんは……健ちゃんはこの世界で一番すごい人だよ。)
背の高い少年は床から立ち上がった。極めて慎重な仕草で、彼は少女の繊細な顔に眼鏡を戻した。スッ。
彼の指からは、安心感を与える力強い温もりが放たれていた。彼は両手で千尋の顔を包み込み、彼女の頬を汚す涙を親指で拭った。そして、白いカチューシャを直して前髪を避け、彼がよく知っているあの瞳をあらわにした。
「お前は相変わらず泣き虫だな」
氷の殻を破り、真実で、軽やかで、ノスタルジックな笑顔が彼の唇に咲いた。
彼女も彼を見つめ返し、自分の瞳を彼の瞳の中に沈めた。
「健ちゃんは、ちっとも情けなくなんかないよ」
「そして俺は誓う。絶対にお前を憎んだりしないってな、千ちゃん」
そのまさに瞬間。混沌として騒がしい学校の廊下の真ん中で。
少年の周りの世界は、絶対的で無機質な白に沈み込んだ。
空っぽになったその宇宙で強烈に輝く彼女だけが、彼の目を満たす本物の色彩を持っていた。
おはようございます、こんにちは、こんばんは、わるです!
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