戦場にて
珍しく二話同時投稿
紫氷の間に付き、続けて入ってきた女官長、以下侍女達をかつて培ってきた威圧感で追い返し、一人で待つ事数時間。
「遅くなってすまん」
王が宰相と将軍を供ない現れた。
応接室のソファにどかりと座ると王冠を外してため息をついた。王の仕事は激務だ。これでも大急ぎで片づけてきたのだろう、疲れた様に眉間を揉んでいる。だが私には関係ない。
「早速ですが」
「待て。茶の一つも出さんか。喉が渇いてるんだ」
私は立ち上がって水差しから茶用のカップに水を入れ王に差し出した。
「どうぞ」
カップに注いでやったのは優しさだ。本来なら水差しだけでもいいくらいだ。
「お前な・・・」
王が呆れ顔で受け取ると今度は宰相と将軍にも水を注いで手渡してやる。
2人は何とも言えない顔で私を見ていたが大人しくカップを受け取った。
「もういいですか」
王達が飲み切るか切らないかの間で口を開く。
「長い間待ち望んでやっと手に入れた穏やかで平和な生活を送っている私を呼び戻し、なお且つ第一位側妃という七面倒な事に巻き込むとはどうしてくれるんですか。事の次第によっては私を敵に回す事になるのはわかってらっしゃる筈。そして見返りは如何程です」
「おお。その嫌味満載で恩着せがましく、かつ脅しまで入れるのを忘れない、しかも自分の要求ははっきり言うお前の口調・・・何度聞いても爽快だ」
なぁ。と後ろに控える2人に同意を求めるが私の苛立ちを感じているのか2人は曖昧に済ませる。
「・・・はぐらかす積りか?」
「いやいや懐かしさを噛締めているだけだ。3年振りに会えたんだぞ?そうツンケンするな、我が妹よ」
「貴方と話していると無尽蔵に苛立ちが湧いてくる。兄上」
そう、広間で私に第一位側妃を命じた若き獅勇王・・・ジルヴェスター・ライオヴォルトは私の実の兄である。
話は少しばかり複雑だ。
私達の両親が出会ったのは父が王弟、母が教会の巫女姫候補の一人であった頃だ。
父が教会に表敬訪問した時、母に一目惚れしたというロイヤルロマンスストーリーを地で行く様な始まりだ。
だがしかし物語の終わりはめでたしめでたしで終わりにはならなかった。
母が全く父を愛していなかったからだ。それどころか恐れ憎んでいたとさえ言ってもいい。
信心深い家庭で育ち、幼いころから神を崇拝していた母は成長した折には巫女姫となり、いやなれなくとも俗世を断って神の傍で祈りを捧げる生活をずっと望んでいたという。
しかしそれを父が奪った。
父は嫌がる母とせっかくの巫女姫候補を欠けさせる事に難色を示す教会を力でねじ伏せ強引に結婚すると母が逃げ出せないよう宮殿に奥深く閉じ込め、更に枷となれとばかりに早々に妊娠させた。
兄が産まれて数年、漸く諦めたのか大人しくなった母であったが、その頃勃発した世界大戦に父が出兵すると待っていたかのように教会へと逃げ帰る。
知らせを受けて戦地から無理やり帰還した父はすぐさま母を連れ戻そうとするが教会の身を呈しての猛反発、更には母に同情寄りだった兄でもある前国王、父の事が切欠で教会が王族貴族に対して距離を置き始めた事に危惧した大臣達によって尽く阻まれる。と、今度は自暴自棄になったのか戦場へと舞い戻り、敵味方を大勢巻き込んで華々しく散ってしまった。
母はというと兄を国王に預け、自分は望んだ通り神と祈りの生活へと戻る。私を宿した事を誰にも言わぬまま。
父の影響があったのかは分からないが母は周囲に私は自分だけの子だ、父も王家も関係ないと頑なに言い張った。叔父でもあった教主がどんなに説いても母は決して折れず、妄執とも取れるほどでこれ以上刺激すれば私諸共自害しかねないほどであった。
結局教主と協会は密かに王に私の存在を告げただけで後は頑なに私の存在を隠し続けた。
それから18年が過ぎ、私は世界大戦の地に立っていた。
神力とは神が人の娘に与えた治癒の力だ。
女性は10歳を過ぎると多少の差はあれ、神力を使えるようになり、より強いものは教会に入って巫女姫となり軽い病気や怪我等を治療して回る役目が与えられる。
何んとも神の愛が感じられる神力だが死ぬまである訳じゃない。
そう神力は消耗するのだ。
人それぞれに神力の量が定められており、底を付くともうどんな事をしても神力は使えない。只の人になってしまう。
それは巫女姫にも当て嵌まる事で当代巫女姫は神力が尽きるのを感じると次代の巫女姫を探してから引退する。ちなみに巫女姫には特に制約もなく婚姻も自由に出来たため教会に閉じ込められるとかいう閉塞感はない。
母が巫女姫候補に立つほど神力が強かったからかは分からないが、私は歴代の巫女姫より神力が強かった。そして大層負けん気の強い生意気な娘だった。まァそれは今でも変わらないが。
十八年経つのに終わらない世界大戦。それがここにきて終息の切欠が掴めそうな事態になった。
我が国を含む五カ国が同盟に扱ぎ付け大連立軍が結成されたからだ。
いよいよ最終決戦が行われるにつれ戦場は激化の一途を辿っていた。それに比例して死んでゆく兵士の数も多くなった。そして女達の中にも悲劇が起こり始めていた。息子を父親を夫を恋人を戦地に取られた女達から次々と神力が枯渇し始めたのだ。
もう目を瞑っている場合いではない。神はお怒りだ。早く戦争を終わらせないと本当に世界が終わってしまう。私は強硬に反対する母や教会を押し切り、僅かな護衛を引き連れ我が軍と合流を果たす。
そしてもう一つ私には動機があった。
「お前が来るとはな」
「余計なお世話でしたか」
「いや・・・・・」
国王は作戦室の簡素な椅子から立ち上がると私の手を取った。
教会騎士達が身構えたが軽く手を振って下らせる。
「感謝する。・・・・だが間違っても死ぬな」
兄は私にしか聞こえない声で囁くと顔を覗きこむように屈んだ。
「漸く会えたのだ・・・妹よ」
兄と目が合う。母の様な慈愛に満ちた色はないが力強く生きる者の輝きを湛えた碧だった。
私は僅かに微笑むと兄の手をポンポンと叩き
「初にお目に掛かる兄上。これがあなたのお転婆な妹だ」
「まったく・・・噂通りだな」
兄は苦笑して手を離すと
「協力に感謝する、巫女姫。主様の天蓋を用意した。移動は疲れたであろう、今日はこのまま」
「お心遣い感謝いたします陛下。ですが遊びに来たのではありません、すぐ治癒に回ります」
言葉を遮ぎるという不敬を押して私は
一分一秒でも早く終わらせる。この戦を。
「・・・・わかった。頼む」
私は陛下のため息交じりの言葉に膝を折って礼をすると教会騎士達に囲まれながら天蓋を後にした。
「重傷者だけを送り込んでくれ。移動が難しければ私が赴く」
血と泥に塗れた顔を拭おうともしない軍医達に向かって言うと最初は戸惑っていたがすぐに二の腕から先がない若い男が運ばれてきた。
「飛ばされた腕はあるか?くっつかもしれない」
慌てて踵を返す兵士を横目に私は根元から千切れた個所を洗浄するための指示を飛ばした。
「今楽にしてやるぞ」
「・・・俺は天に召されるのですか」
「逆だ。地べたに這いつくばってでも生きろ」
「・・・巫女姫様ですよね」
「まあな。口の悪さは生まれつきだ」
若い男は口を歪ませると意識を絶った。
もたらされた腕も洗浄して途絶えた神経を注意深く神力で繋いでいく。筋肉の組織を活性化させ、皮膚の縫合を他の者に任せた。
「次だ」
一日が終わると泥のように眠った。その次の日もその次の日も・・・・
戦場に立って二か月が過ぎようとする頃、私の神力は尽きようとしていた。その時。
「陛下が討たれた!!!」
耳を疑った。昨夜こっそり私の天蓋にきて何度目かの帰還するようにという説教をした兄の顔が過る。
「ここへ・・・!」
声が掠れて、大声にならない。
「姫巫女様!」
「もうおやめ下さい!」
教会騎士達が私を慮って制止の声を次々と上げる。有り難いが私にはできない。
「頼む。これが最後だ。今陛下に何かあってはここまで踏ん張ってきた何もかもがなくなる。また死が重なる」
教会騎士たちは何か言いたげに口を開いたが結局は噤んだ。深いため息をつくと辺りを見渡し陛下がいると思わしき場所まで誘導してくれた。
兄の・・いや陛下の傷は思ったより深かった。
矢傷が二箇所。その一つは肺を貫通して矢羽根のまま残っている。他に刀傷が三箇所、うち二箇所は骨に達して折られていた。
「清潔な布をありったけ持ってきてくれ。処置を始めるぞ!」
天蓋の外ではまだ戦いが続行している。
私は汗の滲む視界を苛立たしく思いながらまずは一番重症な肺から始めた。力を使い、なるべく血管を傷つけずにゆっくり矢羽根を抜く。陛下が呻いて意識が戻った。途端、吐血する。
「ごほっ・・アル、な・・にを」
「貴方の処置をしているのだ」
「見ればわかっ・・・る!」
「悪いが鎮痛に回す力はない。痛むだろうが我慢してくれ」
「そんな事を・・・言って、いるのではない!」
「陛下を抑えろ」
彼が身動きする度傷口が広がる。相当な痛みのはずだがこの兄は・・
配下の者達に抑えられ毒づく陛下の肺からは血と空気の漏れ出る音が聞こえる。感染症が厄介だ。ゆっくりでいい、集中しろ。
だが私の神力は尽きかけてる。度重なる治療で体はもはや限界を超えており、目の前がちかちかと姦しい。
「よし。縫合を頼む」
、
私はやっとで肺を片付けると折れた肋骨と肩の骨の処置に掛った。こっちも放っておけば危険だ。
内臓に刺さった骨を少しずつずらし、傷ついた内臓を修復。次に骨を接合。
脂汗が後から後から伝う。腕が震え足に力が入らない。
「お前・・もう神力が」
兄が苦しいのか息を荒げながら私を見ている。取り囲んでいる皆が息を詰めた。
「気にするな陛下。貴方だけは治す」
「バカ野郎!お前・・・やめろ!!もういい!!」
「意地を張るな!貴方にここで死んでもらっては困るんだよ!貴方は呑気に死んでいる暇などない、とっととこの戦いを終わらせる仕事があるだろ!そのためには貴方が不可欠なんだよ!どれだけの人間が死んだと思ってる!もう少しなんだ!姫巫女の一人ぐらいなんだと言うのだ!」
兄は怒鳴る私を唖然として見ていた。周りの者も同様のようだ。私は肩の骨に取り掛かる。
「神力が無くなったからといって死ぬわけじゃない。引退が早まるだけだ。大袈裟だぞ」
なるべく何でもなく聞こえますように。
頭がガンガンする。耳奥がザーザーして周りの音はあんまり拾えない。もう少しだ。もう少しだけ持ち堪えてくれ。
「さぁ、終わったぞ。その酷い顔色を味方や敵に見せてやれ」
どんなに白かろうが生きてここにいるんだ。それだけで士気が違う。
「・・・覚えておれよ。終わったら三時間の説教コースだからな」
「・・大変だ。耳栓でも用意しておかねば」
兄は盛大に顔を顰めると兵達に支えられながら天涯を出て行った。
「・・っ!!」
瞬時に膝から屑折れる。誰かが体を支えてくれた。
「ハァッ!ハァッ!」
滝のように汗が流れ、無視していた痛みが体中に奔る。肺がヒューヒュー軋む。
「姫巫女様・・・」
教会騎士が泣きそうな顔で鼻に布を押し当てる。そこには血が付いていた。どうやら無理をし過ぎたらしい。
「・・・陛下には言うなよ。説教の時間が増える」
私は軽口を叩くと立ち上がろうとして失敗する。また誰かの腕が支えた。
「もう・・もうご無理は」
「わかっている。用無しはここから立ち去りたいだけさ。誰かはわからぬがそこの者、移動手段を整えて貰いたいんだが」
「・・・・直ぐに。姫巫女様」
支えてくれた腕が去り、代わりに神殿騎士が体を支える。
「もう姫巫女ではないのだが」
「・・・御喋りはそこまでに。御身に障ります」
「御身でもないんだが」
「いい加減になされませ、姫巫女様」
「・・・・」
殊更強調され、呆れて見上げようとしたそのまま私は意識を失った。
我が父ながら幼い子供のように何も考えず感情のまま突っ走る傍迷惑な奴だと思う。
私は父を知らない。見た事もない。声も聞いた事も。
だが母を心底愛していたのは間違いなかったようだ。
隙あらば逃げ出そうとする母を時には力で止めながらも甲斐甲斐しく世話をし、贈り物を欠かさず、何時間でも母の祈りに付き合い、母が望むので兄を手元で育てるのも許した。
そして、そんな男を母がどう思っていたかも一度も聞いた事はない。
医療行為っぽい事、書いてますけど全部イメージです。突っ込んじゃいやん。
雰囲気でお願いします