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「今日からよろしくね、私のボーイフレンド君。」


その人は不可解なセリフを言うと、長い黒髪をなびかせて席に戻っていった。まさか、このいたいけな少年という感じの子が彼氏なのか。仮にそうだとして、「今日から」よろしくと言うのはどういうことだ。


俺の右前の席に座ったところに、ちらっと目をやる。決して目立つ感じではないが、大和撫子風の美人だ。可愛いというよりキリッとした感じで、中学ではいなかったタイプだ。


宝永は生徒の3分の2が中学からの持ち上がりで、高校から入ってくるのは猛勉強をしてくるタイプか、帰国子女かのほぼ二択になる時が多いと聞く。少年の方は自然な茶髪といい日本人離れした挙動といい、多分帰国子女なのだろうが、この黒髪美人はどちらにも属していなさそうだ。


「岩波が女の子見つめてるなんて珍しいじゃん。」


舟橋が茶々を入れてきた。相変わらず耳に響く声だ。そう言う本人も高校編入組から注目を浴びているようだったが、慣れているんだろう、気にしている様子はない。


「ちょっとスルーしないでよ。」


「うるさい。」


舟橋の声量はカラオケに行ったりすると迫力があるんだが、こういうシチュエーションでは公害でしかない。


「ふーん、あーゆー奥ゆかしそうなのが好みなのか、岩波らしいといえばらしいけど。」


本人にも聞こえる声量で「あーゆー奥ゆかしそうなの」って言うのはどうなんだ。


「決めた、あの子と次の休み時間には友達になってくるから。賭けてもいいよ。」


賭けるも何も、舟橋の手にかかればわざと落とした消しゴムを拾っただけで友達にカテゴライズされるだろうし、勝ち目はない。


「じゃあ10円。」


「やる気ないわね。そんなものぐさな性格でよく近代五種なんてやってられるわね。」


別に急に賭け事をふられて10円を賭けただけであって、ものぐさと言うのは短絡的だ。


「でもあんたが馬以外に興味を持つのは珍しいから、ちょっと楽しませてもらおっかな。」


担任が入ってきたようだったので、舟橋も席まで戻っていった。だいたい俺と舟橋が話すときは分量の比が1:5くらいだが、今日は一際喋らせていた気がする。


担任は多村だった。中学でも水泳の授業を教えていたので見覚えがある。多村は自己紹介もそこそこに生徒手帳を配りはじめた。


「生徒手帳にはまだ載っていないが、セグウェイでの登校は原則として禁止だ。今後も常識に反することがあった場合は校則の変更があるので注意するように。」


セグウェイで登校したのは植松に違いない。中学でもあった「植松ルール」がここでも増えていくんだろう。奴がセグウェイにはまっていたのは知っていたが、登校に使うのはあの男らしいと言うかなんと言うか。


「先生、校則が変わったのはわかりましたが、校則変更前のセグウェイの使用で厳重注意を受けるのはおかしいと思います。いわゆる遡及的適用ってやつです。」


もはや後ろを振り向く必要もない、植松は今日も通常運転だ。


「歩道での使用は市の条例で規制されている。常識を尊重してほしい。」


「その常識が恣意的な・・・」


「植松は後で職員室に来るように。では名前の順に自己紹介をしていってほしい。興味のある部活や、趣味なんかを話してくれるといい。」


多村は体育教員らしい、軍隊的な話し方をする。席はバラバラだったが、自己紹介は名前の順で始まった。2人目に立ったのが例の黒髪美人だ。


「麻田陽香と言います。ヴァイオリンが好きなので、オーケストラ部を見てみようと思います。よろしくお願いします。」


短い。中学出身の女子勢にとっても、あまり話すきっかけの広がらない自己紹介だろう。オケ部は中学からの持ち上がりがほとんどだから狭いコミュニティだ。ヴァイオリンは競争も激しいし、大人しそうなあの子は苦労するんじゃないか。


しかし、麻田陽香、なんとなく聞いたことのある名前だ。確かうちの巴の見合い相手がらみで出てきたはずだ。


「ひょっとして、アントワーヌの飼い主?」


宝永中のノリなら自己紹介に突っ込んでもいいはずだ。セグウェイは禁止でもこう言う点はルーズな校風だ。


「はい?うちのアントワーヌがどうかしましたか?」


虚をつかれたようだったが、麻田の答えは淀みがなかった。


「巴、俺の家のしば犬。」


だからなんだ、と言うところだろうが。


「巴ちゃんの飼い主の方でしたか。こんなところで遭遇するなんて、びっくりしますね。」


びっくりしたようには見えなかったが、細かった目が見開かれて、少し嬉しそうに見えた。なかなかの絵面だ。


うちの巴はアントワーヌという雄のしば犬と「見合い」をした後、ブリーダーの仲介で子犬を生んだ。うち一匹をうちが引き取って、一家で甘やかしている。業者が間に入ったので、アントワーヌの飼い主は名前を見ただけで会っていなかった。


「ちょっと、二人の世界に入らないでくださーい。岩波、コンテクストの説明がなさすぎて何もわからないじゃない。」


舟橋がいつもの通り、ゆったりした時間の流れを断ち切りに来る。


「岩波くん、しば犬飼ってたの!?」


「写真見せて!」


「私見たことある、しば犬にしてはおっきいよね!」


舟橋が場を統制しようとすると、だいたい場がカオスになる。これは中学時代から動じない真理だ。


「アントワーヌだかアルセーヌだか知らないが、謎解きは休み時間にしてくれ。次、岩波。」


多村は二人目ですでに面倒そうになっている。まだ中学組はしば犬の話題で騒いでいたが、順番が来たので立ち上がる。


「岩波雅之です。近代五種をやっています。特に得意なのは馬術と射撃です。」


俺のことを知っているはずの中学組が「おおお」とわざとらしい歓声をあげた。静かな高校生活というわけにはいかないようだ。


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