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ライバル  作者: 宮澤花
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9 血と殺戮 -1-


「僕があそこに連れていかれた時」

 そんな風にアイツは話し始めた。

 あそこというのを、俺は初め戦場のことかと思った。

 だが聞いているうちに違うことが分かった。それは、ヤツの家……坪田家の家族のいる場所のことだった。


「初めから、ジャングルの中のあの地獄みたいなところにいたわけじゃないってことは覚えてた。どこかから連れて来られたってことだけは分かってた。でも、その前のことは何一つ覚えてなかった。きっと違いすぎて、夢みたいで、あんまり嘘みたいで。だから自分でもそんな時間があったことが信じられなくて。それで忘れてしまったんだと思う。だから連れていかれて家族だって言われても、実感なんかなかった。親だって言われて抱きしめられても、気持ち悪いだけだった。それまで誰かが自分に近付いてくるのは殴られたり蹴られたりする時だけだったから、傍に寄られるだけで僕はイヤだった。だけどアイツらはそんなこと気にしないで、勝手に僕を抱きしめて勝手に泣いた。それが僕は気持ち悪くてイヤでたまらなかった」 


 話はとぎれとぎれに語られる。

「アイツらは僕に全部忘れろって言った。悪い夢だったのだから、忘れて未来に生きろって言った」

 ポツリポツリと続いてとりとめがない。


「だけどさ。忘れるなんて、どうしてできる?」

 それでもその時、その言葉には憎しみがこもったと思う。


「僕はあそこで、殺して殺して殺しまくった。殺さなかったら自分が殺されるし、殺されたヤツも殺したヤツもいっぱい見た。敵を斃さなかったら敵に殺される。逃げ出したら後ろにいる味方に撃たれる。ずっとそんな生活だったんだ。僕の周りにあるのは死体ばっかりだった。生き延びてもキャンプの大人たちの気分ひとつで殴られたり蹴られたりした。気まぐれで殺されるヤツもいた。それを忘れろって」

 声が、震えた。


「どうして出来るって思えるの。あそこでの生活は僕には嘘くさくて、本当のこととは思えなかった。本当は裏に汚いものがいっぱいあるのに、それを隠して見ないようにして、見ないフリをしてみんな生きてる。殺して殺して殺される世界がこの世にあるのに、そんなこと悪い夢だって言うんだ。本当じゃないって言うんだ」


 アイツとか、あそことか。指示代名詞ばっかりでしゃべるから分かりにくいんだが。

 要は戦場から連れ戻されても、ツボタは家族との生活になじめなかったし。親子としての愛情も取り戻せなかったようだった。

 

 それは戦場症候群とか、PTSDとかいうヤツなのかもしれないけど。

 ただツボタの父親からのメールを読んで聞かされた時に思ったのとは、ずいぶん違う感じがした。

 

 幼い時に引き離されて辛い目に遭ってきた息子を、両親は受け止めようとしたんだろう。

 でも。

 それがコイツにとっては、辛い日々を否定されるだけでしかなかったのか。


 気持ちはすれ違って。引き裂かれた家族は、家族に戻れなかった。

 それはとても悲しい話だと、俺は思った。



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