8 もう一度向かい合う -3-
そこで先生はコーヒー、俺はミルクティーを頼んで、黙って座ること二時間。話をするでもなく先生はただ外の景色を見ている。
下の道路はそこそこ交通量が多いが、深夜になって少しは車が減っていた。家並みの向こうは少しすると海になる。
天気が悪いから海はあまりはっきり見えない。夜釣りの漁船のライトが動くのが見えるので、それであの辺は海なんだなと分かる程度だ。
「よし。行くぞ、康介」
不意に先生が立ち上がった。時刻は十一時を回っていた。俺はわけがわからないまま先生について外に出る。また雨が降り出していた。
先生は駐車場に向かわず道路を渡る。リサイクルショップに行くのか? でも、この時間に訪問は非常識だろう。
そう思って建物を見上げ、息をのんだ。
二階の窓が開き、そこから黒い人影が出てくる。辺りをはばかるように慎重に周囲を窺いながら、屋根を伝って下りてくる。
泥棒? 先生はこれを予期していたのか? 俺の体に緊張が走る。
俺たちがリサイクルショップの狭い駐車場に足を踏み入れたのと、人影が屋根から身軽に飛び降りて着地したのは同時だった。
「今夜も雨だぞ。ここを出て、どこに行く気だ?」
先生が優しい声でたずねた。
街灯の灯りの中に浮かび上がったのは、茶色がかったやわらかそうな髪に縁どられた、女のように優しげな整った顔。
ツボタだった。
俺たちの顔を見たヤツは決まり悪そうに顔を伏せた。
「だって。ここの人たち食事に何か薬を盛ってくるから」
気が付いたら何日も経ってるし、と呟くように言う。
だからって窓から脱け出すのはどうかと思う。発想がオカシイ。
「いや、お前がそうやって無茶するからだろ?」
ついツッコんでしまった。
まあ、この家の人のやり方も無茶なんだが。
街灯の光で見るヤツの顔は前よりも白くて、頬だけがやけに紅く見えた。大きめの目はキラキラと光っている。
「見たところ、まだ熱は下がっていなさそうだが」
先生が言った。
「無理が過ぎると本当に死んでしまうぞ」
「大したことないよ」
ツボタはそう言ってうつむいた。
先生はハンドバッグを探った。中からあの人形を出す。
ツボタの表情が変わった。
「あ……。それ」
「私が渡した人形だな」
先生は言った。
ツボタの紅い頬が、いっそう紅くなる。
「それ。直そうとしてみたんだけど」
声が小さくなる。
「うまくいかなかったから……」
恥じているのか。ちょっと不機嫌そうに人形から目をそらす。
「ああ、ハッキリ言って下手くそだな」
先生は言った。先生! ストレートだな! アイツ怒ってるぞ、多分。あの顔。
「だが……」
先生の声音がとても優しいことに、俺はその時気が付いた。
「お前は私が出した無理難題に答えを出した。いや、それ以上のことをやってのけた。この人形にはもう、新しい命が宿っている」
「僕が……?」
ヤツは驚いたように、意外そうに。細い眉を上げる。
先生は、うなずいた。




