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ライバル  作者: 宮澤花
22/57

5 決裂 -2-

 コーヒーを受け取ろうとした時、ヤツは鼻をひくつかせた。

「違う匂いがする。何ソレ、アンタ何飲んでるの?」

「これか。ホットミルクだ。あー、ちょっと胃の調子が悪くてだな」

 苦いから苦手だ、とは言いにくくて誤魔化す。すると、ヤツの眉間にギュッとしわが寄った。

「僕もそれがいい。そっちに替えてよ」

「え? ダメだ、ひとり分しかないんだから」

 俺はあわてて、ホットミルクを後ろに回す。これは譲れん。今はとても、コーヒーなんか飲めない。


「ズルい。僕もそっちがいい! ねえ、そっちにしてよ」

「しつこいな。ダメだと言ってるだろう」

「そっちがいいんだってば。ひどい、見せつけるだけ見せつけて渡してくれないなんて、捕虜虐待だ」

 ウルセエな、コイツは!


「分かった。もういい、飲め。好きにしろ」

 俺は諦めてホットミルクのカップを譲った。どっちかが大人にならんとこの状況はどうしようもない。そしてコイツの中に『大人になる』という選択肢がありそうにない。それも同年代の男としてどうかと思うが。

 まあ、そういうわけで仕方ないから俺が大人になった。

 飲み物なしでフレンチトーストはキツイが……。昨日作った麦茶の残りがペットボトルに入れて部屋にあるから、それでも飲むか。


 ミルクを一口飲んでヤツは、

「マズイ」

 と渋い顔をした。

「何コレ。甘くない。ただ温めただけじゃないか」

「温めてあるからホットミルクで間違ってない。要らないなら返せ、俺が飲む」

 手を伸ばすと、

「飲むよ。飲むけどさ」

 両手でカップを抱え込む。

「甘くないホットミルクなんて、間違ってる」

「うるせえな。フレンチトーストが甘いのに、その上甘いものなんか飲めるか。お前が朝から甘いものなんか食えないって言ったんだぞ」


「そうだけどさ」

 ホットミルクを不味そうにすする。

「ホットミルクは甘くなきゃダメだ」

 なんかこだわりがあるのか。とことん面倒くさそうだな、コイツ。男ならシャキッとしろと言いたい。


 その後はしばらく黙って食べる。

 と言っても、アイツはほとんどホットミルクを飲んでるだけで。フレンチトーストの方は、切り刻んだりはしているものの、ほとんど口を付けてない。

 食わないんなら切らなきゃいいのに。みじん切りにするような勢いでトーストを解体している。

 初めは、一枚だけじゃ食った気がしないし食わないならよこせ、って言うつもりだったんだが。それを見ているうちにそんな気も失せた。もう食い物じゃないよ、あれ。


「ねえ」

 ヤツが言った。

「何だ」

「何しに来たのさ」

「何しにって」

 俺はヤツの顔を見る。


 ヤツはだらしなく投げ出した脚の上にフレンチトーストの皿を置いて、何だか妙にマジメな顔でこっちを見ている。

「飯を持ってきたんだろ」

「そうだけど。そうじゃなくてさ」

 茶色の柔らかそうな髪が頬にかかっているのが気になるようで、指に巻きつけて引っ張る。神経質な仕草だ。

「ゴハンを持って来るだけなら、置いてそのまま行けばいい」

 ツボタは俺から微妙に目をそらして、そう言う。

「何でそんなとこにいて、アンタもゴハン食べてるの。そんなに、僕が珍しい?」


「珍しいって」

 俺は、きょとんとしてコイツを見る。ホント、時々何言ってるか分からんな、コイツ。

「ひとりで飯を食ったって、辛気くさいだろう。そうじゃなくても、そんなところに閉じ込められているんだし」

「アンタたちが閉じ込めてるんだけどね」

 外人っぽい仕草でヤツは肩をすくめる。なるほど、帰国子女だな。


「俺たちが、じゃない。先生の一存だ。俺は反対している」

「同じだよ」

 うん、まあ。そう言われると反論の仕様がないんだが。


「実は、今、俺もちょっと先生と顔を突き合わせては食事しにくくてな」

 本音を言ったら、ため息が出た。

「お前もヒマだろうと思ったし。迷惑か」

 ヤツは、ますます神経質な姿で髪を引っ張った。


「だけどさ、だって。アンタ昨日、僕に人を殺したかって聞いた」

「あ」

 俺はドキッとして、ヤツの顔を見なおす。ツボタは俺と目を合わさない。ただ、自分の髪をやたらに引っ張っている。

「日本じゃ、武器を所持することも禁止されてるし、徴兵もないんだろ。人を殺したことのある奴なんて犯罪者だけなんだろ」

 だんだん早口になる。

「だから……。僕が、珍しいとか、怖いとか、気持ち悪いとか」

 だんだん声が小さくなる。

 顔が下を向いて、長めの前髪がバサリと落ちて、俺からはヤツの顔が見えなくなった。


 気にしてたのか。


 昨日の俺は、先生に下天一統流は教えられないと拒絶されて。そのことで頭がいっぱいで。先生にスカウトされたコイツに嫉妬して。何も考えずにあんなことを聞いてしまったけれど。


 コイツにとって、あの質問はどんな意味があったんだろう。

 ほんの子供の時にさらわれて、自分の意志じゃなく武器を持たされたコイツにとって。人を殺すっていうのは、どんな意味があったんだろう?


「悪い。無神経だったし、失礼だった」

 俺は黙って頭を下げた。

「傷付けたなら、謝る」

 ツボタは顔を上げない。


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