5 決裂 -1-
翌朝、キッチンで食材をあさる。カチカチになった食パンと賞味期限切れの牛乳と卵を見付けた。
とりあえずフレンチトーストを焼くことにする。先生の家に出入りするようになったおかげで、俺は料理が出来るようになった。……と言っていいのかどうか。
バターは高級品だ。ただし、これも賞味期限が切れている。先生は食材に対する金のかけ方を間違えているといつも思う。
バターのいい匂いが漂い始めた辺りで、先生が起きてきた。今日はやたらにイチゴの飾りのついた白いヒラヒラワンピースである。廃棄寸前のショートケーキという感じがして痛々しい光景だが、その感想は口にしないでおく。俺もまだ命が惜しい。
「今朝はフレンチトーストか、康介」
「はい。先生、料理する気がないんなら、生鮮食料品は買わないで下さいよ」
「うん。買った時は料理するつもりだったんだ」
と答える先生。
コーヒーメーカーに豆を入れる。俺は……まだ、コーヒーは飲めそうにない。
牛乳が余っているし、ホットミルクでも作るか。本当は冷たい方が好きだが、熱を通さずに口に入れるのは不安が残るからな。
出来た料理とコーヒーをひとり分、リビングのテーブルに並べる。そして、二人分の皿とホットミルクを入れたカップを盆に載せ、コーヒーの余りを別のカップに注ぐ。
「康介」
先生の眉が上がる。
「俺はアイツと食べます」
その表情に気付かないフリをして、俺は先生に背を向ける。
「康介。昨夜の話を」
言いかける先生の声を背中を向けたまま遮って、拒絶する。
「俺は、アイツと話したいんです」
先生は黙り込んだ。でも、俺を見ている。視線が背中に突き刺さっている。
「……ナイフとフォークは凶器だぞ。気を付けろ」
少しして、先生はそれだけ言った。
それが諦めなのか許しなのか。分からないまま、俺はリビングを出た。
客間の前に立って、覗き戸を開ける。
「おーい。ツボタ、起きてるか」
声をかける。
寝息みたいなものが聞こえてくる。まだ寝てるのか、八時過ぎだぞ。
「おい、ツボタ! 朝メシだ、起きろ」
重ねて声をかける。
今度はうなり声と、モゾモゾ動く気配がした。その後も声をかけ続けて、起きるまでたっぷり十分間待たされた。
ようやく毛布を引きずった眠そうな顔のツボタがドアの向こうに現れた。お前はアメリカのマンガのキャラクターか。そしてしっかりパジャマに着替えてるな。監禁されたからどうのこうのとか言ってたけど、十分ふてぶてしいと思うぞ。
「なんなの。まだ、眠いんだけど……」
何で文句をつける口調なんだよ。メシを持って来てやったのに。
「もう寝てるような時間じゃない、起きろ。そしてお前が眠いのは、真夜中過ぎまで韓流ドラマとか見てるからだ」
「何で知ってるんだ」
ヤツの目が険しくなる。
「監視してるのか?」
「アホか! 隣りの俺の部屋に筒抜けなんだよ! うるさくてこっちが眠れなかったわ」
「え……。アンタ、隣りにいたの?」
まだ疑い深そうな目で俺を見るツボタ。
「そうだよ、他に泊まれる部屋がないからな」
掃除がしてないから。
「気が付かなかったのか? あんまりウルサイから、十二時過ぎに壁を蹴ったら余計にテレビの音がでかくなったから、てっきりワザとやってるものだと」
「え」
茶色っぽい目が真ん丸になった。
「そうなんだ。人形の呪いとかじゃなかったんだ」
ボソリと何やら呟く。
「何が何だって?」
「あ、な、何でもない」
目を泳がせたと思ったら、すぐにさっきよりも険しい目で俺をにらむ。
「隣にいるならいるって言ってよ! ムダな心配して損したじゃないか」
「は? 何言ってるんだ」
意味分からんな。帰国子女だから、日本語が不自由なのか? コイツ。
「意味が分からんが、とにかく朝メシだ、食え」
フレンチトーストの皿とコーヒーのカップを差し入れた。
「何これ。朝からこんな甘ったるいもの食べろって? 女じゃあるまいし」
女みたいなカオしてるくせに何を言うか。
「これを食わないのはお前の勝手だが」
俺は冷たい目でヤツを見返す。
「カップめんの買い置きならあったが、そっちにするか?」
ヤツは黙って皿を受け取った。
そうやって最初から素直にすればいいんだ。




