4 別の世界 -2-
コーヒーが出来ると、俺はそれをリビングに運んだ。俺の姿を見ると先生はテレビを消した。目が真剣だ。黙ってカップをテーブルの上に置く。先生はブラックが好きだが、俺は少しだけミルクを入れる。実は、コーヒーは苦味が強すぎてちょっと苦手だ。先生がコーヒー派だから言い出しにくいけど。
しばらく沈黙が続く。
やがて先生が口を開いた。
「……という国を知っているか」
聞き慣れない地名だが、どこかで目にしたような。地理の授業だろうか。
「えーと。アフリカ、でしたか」
「ああ。植民地時代に引かれた国境線の影響でな、十以上の部族、六つの言語、三つの宗教が入り乱れている国だ。政権は有力な二つの部族が取り合っており、その他の民族に対する弾圧は厳しい。内戦は二十年以上に及び、国内の勢力地図は複雑だ」
俺は首をかしげる。そういう国が世界にあることは知っている。だが、どうしてそんな話を先生が始めたのか疑問だった。茶飲み話にしては重すぎるし。
「カズヒトのことだが。坪田家は、海外に本拠を持つ実業家でな。主に扱っているのは、武器を中心にした軍需物資だ」
俺は驚いた、と言っていい。日本人がそんな商売をしているなんて、あまり聞かない。
「坪田氏は元々技術者らしくてな。海外の軍事会社で武器の設計などしていたらしい。その内、自分で取引をするようになったんだな。きちんと調整された精度のいい武器を流してくれると、その筋では評判がいいらしいぞ」
それはいいことなのか悪いことなのか、俺には判断がつかない。まあ、武器を扱っていてなおかつ評判も悪かったら、最悪ってモノかもしれないが。
「主な顧客はアフリカ、中米辺りだ。特に内戦が続く国、ゲリラやテロ組織の活動が多い国辺りは上得意だ。その辺はお前でも想像がつくな?」
必要としているところに商品は流れる。それは俺だって分かる。
ただ、それを当然のこととして納得したくない。それも確かだ。
俺はまだ、この話がどこにつながっていくのか分かっていなかった。
「十年ほど前だ。坪田氏は夫人と、二人の息子を連れて観光に出かけた。比較的治安の良い国で、日本からのツアーも多いところだ」
先生は続けた。
「だがそこで、長男の和仁が行方不明になった」
「行方、不明?」
俺はきょとんとする。だって、アイツ、先生の客間にいるし。
「ああ」
先生はうなずく。
「ホテルのロビーから消えて、いくら探しても見つからなかったそうだ」
「でも」
俺は言う。
「結局、見つかったんでしょう?」
だって。あそこにいるし。
「ああ、見つかった」
先生の声は重い。
「五年後にな」
「五年?」
俺は言葉を失う。それは、想像していた以上に長い年月だった。
先生はもう一度、最初に言ったアフリカの国の名前を言った。
「その国の反政府組織の一つがな。国際条約で禁止されている毒ガスを使用しようとしたということで、国連軍が動いたんだ。実際はその組織の占拠している地域にあるレアメタルの鉱山がどうとか、いろいろあったようだが。その辺りは私は知らんよ。とにかく組織は潰され、リーダーと幹部は銃殺刑になった。その際、国連軍が戦場で少年少女を保護したんだ」
「少年少女……ですか」
話がどうつながるのか、全く見えない。何で子供たちがそんなところにいたのか。逃げ遅れて戦場に取り残されたりしたんだろうか。
「保護と言うより、捕獲という方が近いかもしれんな。いわゆる少年兵というヤツだ」
少年兵。俺もその言葉は知っている。俺たちと同じ年頃、いやそれ以下の子供たちが武器を取らされ、戦場で戦わされている。それは間違いなく、今、この地球のどこかで起こっている、現実だ。
「白人の子供がまじっていたので、国連軍の方もおかしいと思って保護したのだそうだよ。潰された組織は宗教面で外国のテログループとつながりがあってな。将来的には、政府勢力を支援する外国に対してもテロを行う準備をしていたらしい。その時に使おうと思って、近隣の国からも子供たちをさらっていたのだな。観光客は気が緩んでいるから狙い目だったそうだ。たとえば、比較的治安がいいとされる隣国などで、組織は子供を調達した」
俺の胃が、ギュッと絞られたようになった。
観光地でいなくなったって。さっき、先生は。あれは、誰が。
「ここまで言えば分るだろう? 保護された少年兵の中に和仁はいた。家族の元には帰れたが、さらわれる前とは別人のようになっていた、と坪田氏はメールに書いてよこしたよ」




