4 別の世界 -1-
俺は、洗い物をしながら自己嫌悪に陥っていた。
何てことを言ってしまったんだろう。ツボタが気を悪くするのも当たり前だ。いきなり人殺し扱いされたら、俺としゃべる気もなくなるのも分かる。
だいたい、あんなことを聞いてどうするつもりだったのか。俺はどうしたいのか。
下天一統流を継ぐために、人を殺すのか?
自分の望みのために、俺は人を犠牲にしてもいいと思ってるのか?
俺はそんなヤツだったのか。
自己嫌悪は皿にこびりついて落ちないカレー粉のように、俺の頭の中にしみついている。
それだけじゃない。
『人を殺した者でなければ、下天一統流の奥義を知ることは出来ない』という先生の言葉も、不吉な染みのように俺の心から離れない。
俺はいつの間にか、手を血に染めている自分の姿を夢想している。
『これで、俺を弟子にしてくれますね』
と先生に言っている姿を夢想している。
俺の足元で動かない死体は、なぜだかツボタの顔をしていた。
「康介。それ以上洗っても、皿は白くならんぞ。染付は落ちない」
先生の言葉で、ハッと我に返った。俺は、もう汚れの落ちたカレー皿を必死になってスポンジでこすり続けていた。
「すみません。ボーっとしてました」
皿を水切りの上に置き、布巾を手に取る。
「それはそのままでいい。康介、コーヒーを入れてくれないか。少し話をしよう」
先生は言った。
「俺はいいです」
そう言って、俺は先生から目をそらす。そんな気分じゃない。今、先生と話なんかしたら、何を言い出すか自分でもわからない。
コーヒーメーカーに入れようと、豆の袋だけは取り上げた。
「そう言うな。ヤツのことで少し話がある。この家に残ると言うなら、お前も知っておくべきだろう」
「ツボタですか」
俺は、思わず先生の顔を見てしまった。
先生が苦笑する。
「ほう、名前を聞けたのか。アイツは無口だが、同年代のお前とは話しやすかったのかな」
「そんなことはないと思います」
俺はつぶやいた。
もしそうだったとしても、俺はそれを台無しにした。
カレーを恐る恐る食べていたツボタの顔を思い出す。
あんなに警戒していたのに。俺が名前を聞いたら、消え入るような声だったけど、教えてくれた。
友達になれたかもしれなかったのに、俺は。
「先生。俺、アイツに」
気が付いたら、俺は先生に。
「人を殺したことがあるのか、って聞きました」
そう告白していた。
「そうか」
先生はうなずいた。
「俺、アイツだけが選ばれて、俺が選ばれない、そのわけを知りたかったんです。だけど、その言葉はきっと、アイツを傷付けた」
「そう聞いた時、カズヒトは何と答えた?」
先生は静かにたずねた。
「そうだったらどうする、と。先生、俺。どうしたらいいですか」
情けない。俺は、先生に甘えている。
それが分かっていながら。どうすることも出来ない。
「それは、私の話を聞いてから自分で考えるといい」
先生は言った。
「ヤツの父親からメールが返ってきている。その内容について聞かせよう。だが、コーヒーが出来てからだ」
それだけ言って、先生はリビングに戻ってしまった。
俺はコーヒーメーカーに水と豆を入れ、煮立った水がコーヒーのエキスを一滴一滴絞り出す長い時間を。
叫び出したくなるような気持ちを、暴れ出したくなるような気持ちを。
抑えながら、一人きりで過ごした。




