3 ヤツとの差 -2-
やることもないので、しばらく瞑想したり型の稽古をしたりした。
夕方になってキッチンに行く。この家に滞在する場合、基本的に食事は自分で作らなくてはならない。
先生は気が向けばものすごいフランス料理とかを作ってくれるのだが、問題は気が向くのが五年に一度くらいというところだ。普段はコンビニで買った惣菜などを食べて暮らしているらしい。独身女子としてどうかと思う。
なので、マトモな飯が食いたいと思ったら自分で用意するしかない。
俺はキッチンで米櫃を確認した。よし、米だけはある。これもなかったら買って来なくてはならない。大散財になるところだった。他の材料は道中で買ってきた。俺の持ち出しになるが、自分も食べるものだし仕方ない。
三人だし、カレーにする。芸がないが、俺もそうレパートリーがあるわけではない。付け合わせはレタスとミニトマトのサラダで十分だろう。
米を炊いて、鍋に具材を放り込んだ後はヒマだ。食器の準備をする。
山城家は代々食器道楽らしく、食器はすごいブランド物がそろっている。俺の作ったカレーなんかを食べるには贅沢な話だが、それしかないのでそれを使う。
「先生、カレー出来ましたから」
準備が出来た物をテーブルに置いて声をかけると、先生はのそのそとソファーから起き上がった。
「お前は食べないのか」
俺が盆の上にカレーとサラダを載せているのを見て、首をかしげる。
「アイツにも食べさせなきゃダメでしょう。部屋まで持っていきます」
あの、のぞき穴みたいな穴から食事を差し入れてやることは出来るだろう。先生がカギを開けてくれる気になれば万事解決なんだが。
先生は難しい顔をした。
「アイツか。康介、アイツは本物だぞ」
「さっきもそんなことを言っていましたね。どういう意味なんです」
武術家としての才能が本物ということか。そう思う自分の心に嫉妬が混じっていて、自分でイヤだ。
だが、先生はますます難しい顔をした。
「お前の目を潰すと言ったろう。あれは本気だったぞ。ヤツは他人の目くらい笑いながら潰せるし、他人の命を取ったこともあるかもしれん」
「まさか」
思わずそう言ったが、先生は真剣そのものだ。肚の辺りが冷たくなってくる。
「十分に気を付けろ。ヤツの手の届く範囲には入るな」
先生は重々しく言った。
カレーを運びながら考える。先生の言葉。俺とヤツの差。
ヤツなら人を殺せる、と先生は言うのだろうか。そして、下天一統流を継げるのは人を殺したことがあるヤツだけだ。アイツと同じになれば、俺にも下天一統流を継ぐ資格が出来るんだろうか。
俺が夢見たものは。
あの日、俺が憧れたものは。
人を傷付けなければ手に入らないものなんだろうか。
でも、そんなことに手を染めた時点で。
俺の欲しいものと、俺の求めるものは違ってしまう気がする。
だったら、どうすればいいのか。
どうしたら、あの日の先生に俺は近付くことが出来るのか。
分からない。考えても答えが出ない。
ため息をつきながら、俺は客間の扉をノックした。
「おい、食事だ」
足下の小窓を開けて、声をかける。返事がない。
「食事だぞ」
しばらくして、視界の中に裸足の足が見えた。
「いらない。食欲ない」
けだるそうな声が答える。
「何を言ってる。ちゃんと食わんと、力が出ないだろう」
「じゃあ、言わせてもらうけど」
視界の中の膝の位置が下がって、ヤツのキレイな顔がのぞいた。
「監禁されてるのに、食欲なんか湧かないんだよね」
むう。なんか返す言葉がないが。
「まあ、食え」
とりあえず俺は、カレー皿を小窓の中に入れた。
「ちょっと! 聞こえなかったフリをしないでよ!」
ヤツは憤慨したが、別に聞こえないフリをしているわけではない。
言い返す言葉がないだけである。残念ながら。




