ノるかそるか
ぽん、ぽん、ぽん。
連続して、ケータイの着信音。
『ねえねえ』
『少し早めに』
『初詣でもいかない?』
「……」
連絡を見ると、シオンからの連絡だった。あの日、再びに逢って連絡先を交換して以降、毎日のようにメッセージが届く。いつもは他愛のない会話でお終いだったが、その日はそんな、お誘いのメッセージが朝に届いてきた。
それは初詣じゃなくただの年末詣だろ。そう返すと、じゃあそれ、と返信が返ってくる。そうして、どっちでもいいから行こう!とまた返信。
「…年末詣ぇ?」
初詣すら正直面倒くさいというのに、どうしてわざわざそんな面倒くさい事をしなければならないのだという感情と共に枕に埋もる。
さて、乗るか、そるか。
そうして10分ほど、うだうだと寝床を這いつくばってから、しばらくして指だけを動かしメッセージに返答する。
そしてゆっくり寝床を立つ。なんとか寝癖を直して人に見せられるように。少しだけいつもより長い身嗜みの整え。寒くならないように、服を十全に着込んで部屋を出ようとして。そうしてから少し思い直し、一つ多めに上着と、ほっかいろを持ってから玄関に向かった。
「出かけてくるー…」
「誰と」
「シオンと」
「へぇ、ふぅん」
「…んだよ、その反応」
「別に。いってらっしゃいな」
「……」
なんだか、何か言いたげな母親のその態度を鬱陶しく思いながら扉を開けて外に行く。すっかりと木枯らしも吹き終えた外気温は、やっぱり出たことを後悔するようなほどに冷たくて。それでいて足取りを止める事なく、カイリは集合場所に向かった。
…
……
「やっほ!カイにぃ」
「ん」
笑顔で歩き寄ってきたシオンは、相変わらずに寒い空の下で、長い靴下と短いパンツの間の太腿にスペースがあるような服装で。
最初に見て、平然とした様子の裏で驚いた。
「実は呼んでも来てくれるかなーって不安だったんだけど…ありがとうね」
「…久しぶりに散歩も悪くないと思ってさ」
「久しぶりって…僕と久しぶりに会った時も散歩してたって話じゃなかった?」
「じゃ散歩が趣味になったんだよ」
「あははっ、お爺ちゃんみたい」
お爺ちゃんとは、また言うに事欠いて酷いことを言われたものだ。さすがにむっとしたカイリを知ってか知らずか、朗らかな笑顔を浮かべるシオン。相変わらずその姿は、どう見ても見目麗しい女性にしか見えない。
「しかしその格好寒くないの?」
「平気平気。なんたってオシャレは我慢だからね!」
「…我慢はしてるんだな?」
「うん。めっっちゃ寒い」
「馬鹿かお前は。寂れた神社に行くのにどうしてまずお洒落する必要があるんだよ」
「そっ、れは……だって…」
何かを言おうとして、もんにょりとやめた姿を見て怪訝に思うが、まあきっと何か理由があるのだろう。ただやはりどんな理由があれど、寒空の下で薄着でいるからだろう、その手や頬が赤くなっていて気の毒だ。
はあ。白いため息を一度ついてからカイリは着ていた上着をそっとシオンに掛けた。
「これ着ておけ」
「えっ、でもそれじゃカイにぃが寒…」
そして、そうしてから一つ多めに持ってきていた、バッグの中にある上着を自分で羽織る。
ふー、あったかい、とぼやきながら。
「…こういうことになるってわかってたの?」
「わかるかよ。でもお前昔から結構見栄っ張りだったろ。だから一応準備してたんだけど…まさか本当に使うとはな」
「…む。見栄っ張りって言われるとなんかやな感じ」
「ははっ、案外、負けず嫌いなのもそのままだ」
「……そうかなぁ。そうかも」
「いいじゃんか、そういうとこが好きだったんだ」
ほらこれも使っておけ、と使い捨てカイロをシオンに渡してからそのまま前に歩き始める。あまり乗り気ではなかったはずの足取りが今は軽くなって先導するまでになっているのは、友と逢った故の高揚か、もしくは予想がうまくいった故の喜びか。
「さ、早く行こう。
こんだけ着込んできても、やっぱ寒い」
そう歩く背中を見て、汐音はただ、渡されたカイロをぎゅっと両手で握りしめた。そうしてから、感情が少し抑えられないまま、小走りでそれを追いかけ始めた。
「…うん。うん!」
大事そうに、カイロを懐に入れてから。
上着をぎゅっと抱きしめて隣に行く。
…
……
そうして辿り着いたのは、地元の小さな神社。
小さな、と言っても大規模なものと比べれば小さいという話であって、故郷の周りだと大きめ、という微妙なライン。いつもは閑散としている中、この時期は同じような考えでか、まばらに人影が見られる。
「ここもまだ夏祭りとかやってんのかな」
「どうなんだろうね?まだ神社としてあるんだから、やってそうな気もするけど」
「…もう行って楽しむ、なんて年頃じゃないけど。ちょっとやってるところ見たい感じがするな」
「あ、ちょっとわかる。雰囲気だけつまみ食いしたいよね」
「そうそう、それそれ」
そうして賽銭箱の前にやってきてからえいやと小銭を投げ入れる。互いに入れた小銭は5円。ご縁があるようにとの、験担ぎの語呂合わせ。
その縁はどこに向かってほしいものか。
「…」
随分と長く、手を合わせるシオンの姿を横目でちらりと見る。信心が足りないと神が怒りそうなそれを、どうせ信心深くなんてないしと思考の片隅に追いやる。
(まつ毛ながっ)
そうして追いやった先の思考も、そこまで大したものではないのだけれど。そして、ちょうど目を開けたそいつと目が合って、少し気まずくなり目を逸らした。
「なーに見てるの?」
「あ、ああいや!随分長く祈ってるなって思っただけ」
「そう?カイにぃが早すぎただけじゃないかな。ちなみに、何をお願いしたの?」
「無病息災、あと楽して生きたい。以上」
「簡潔に言ったみたいな面してしれっと二つもお願いしてるじゃん!欲張りだなあ」
「はは、欲張りだと思われて神さまに見放された方が気楽に生きていけそうだろ?」
「えぇ…?ヒねてるんだか、なんなんだか」
話しながら、境内を歩く。おみくじという気分でもなく、なにか出店が出ているというわけではない。
もう、用事は済んでしまったのだ。しかし、二人はどちらも帰宅を促そうとはしない。どちらも、まだ二人で居たいからという単純な理由。
「シオンは、何を願ったんだ?」
「もう二度と、カイにぃと離れたくない」
「……」
それは、先の神頼みをした願いの内容をただ会話の流れで教えただけ。であるのに、その言葉を真っ直ぐ目を見据えて言われたからか。海莉は脈絡もなく言われた気分になり、そしてまた、ぎくりと身体を固めた。
「…随分、直球だな」
「そりゃそうだよ。
ずっと、思ってた事だったから」
「…そうか」
「そうだよ。ずっと、そうだった」
日は、鶴瓶を落とすように急速に沈みかけてきている。だからだろうか、急に冷え込んでいる気がした。
「…なんで、僕から離れていったの?」
「被害妄想だよ。転校して、疎遠になって。そしたらお前が引越した。それだけ」
「……」
きっと、その場の二人ともが分かっていたことだ。そのカイリの言い分には無理があるという事。ある一つの出来事が、彼らを疎遠にさせたということは、言わずとも分かっている。二人ともに、互いに。
「うん、わかった」
だけど汐音はただ、そう一言を言って、横に歩く海莉の手をゆっくりと握った。使い捨てのカイロは、もうそろそろぬるく、冷たくなりかけていて。だから互いの体温が分かりやすい。
そしてその、手を握った瞬間に強張ったカイリの機微も、分かりやすい。それを感じ取って、シオンは名残惜しげに、悲しげにやめた。
「…?なんだ、変なの」
その、どっちつかずに動く様子をおかしく思って振り返る。足を止めて、二人はそっと向き合った。そうしてまた、暫く話をした。
…
……
「僕はね。カイにぃともう一度会えたこと自体が奇跡と思ってるんだ」
「だから…だからもう、今度こそ離れたくない。だから、あの時僕から離れて行った時の事は、それでいいんだ」
帰る方向は、互いに違う。
だからバスに乗るのはカイリだけであり、シオンはバス停に一人、置いていかれる。
「…そう。それでいい。
僕は、うん。きっと負けず嫌いで、意地っ張りで。それを分かってくれてるほど、カイにぃは僕を見ていてくれた。見ていてくれてる。それだけで僕は、すごく、すごく温かい気分になったんだ」
「だけど──」
ぷしゅーっ。最後に言った言葉は、そのバスのドアの開く音にかき消されて、海莉の耳に届く事はない。
「…バス、乗るか?
うちに来てもいいぞ、別に」
「ううん!今日は帰るよ。
さすがに…へっくし!…寒いし」
「風邪ひくなよ?その上着は今度でいいから」
「うん。ありがと」
そうして、その場は一度別れる。
もう、別れても二度と会えないわけではないから。
(…だけど)
(だけど、まだ僕は怖いんだ。カイにぃがいつかまた、僕から離れて行ってしまうことが…)
そうだ。彼らは、再び逢った。幼い縁を結び直すことが、できた。
だけれど、そうなったものが再び切れないとは限らない。そしてそれこそ、もう結ばない事を選択するくらいに、致命的に切れてしまう事もある。
二人は、再び出会った。だけど、まだ向き合いきってはいない。新たな関係に乗るか、それとも、破綻して反るか。それはまだ分からない。
(……)
最後に一度、先に参った神社を一瞥する。
そこは縁結びの神社。海莉は知ってたろうか。
五円をふと懐から出して、眺める。
(ご利益なんて、無いと思うけどね)
だってあんなに祈ったのに、あの時には意味がなかったもの。
くしゅん。もう一度、くしゃみをしてから。
シオンはその場を後にした。




