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アリか無しか



『年末くらい、家に帰ってきなさいよ』


久しく母親から送られてきたメールにはそんな、愛情のような惰性のような文面がしたためられていた。それを見て、ため息と共にスマートフォンをクッションに投げ捨てる。


「里帰り、か…」


思えば、もうずっと戻っていない。

別に何か家族仲が拗れてるとか、戻りたくない過去があるとか、行き渋るそれらしい理由があるわけではない。

ただ単に億劫で、面倒くさいというだけ。ただそれだけで、だからこそ覆し難い大きな理由。


ああ、そうだ。つくづく実感する。一人で暮らすことのなんと気楽なことか。自分を咎める視線はなく、何をしても自己の責任でだけで終わり、そして自分を許すのも自分。

気を使う必要もなく、成功も失敗も自分の中で収めてそれで終わり。

自分が特段何かを背負ってる人間ではないとわかっていても、その気楽さはひとまず事実だ。



「……」


だけれど、まあ。久しく親の顔を見ておきたいというのは確かだし、それを、まだ相手方が望んでくれる関係のうちに顔を見せておくべきではあるのだろう。

もそり、もそりとベッドを這い動いて、先に投げたクッションまで辿り着き、掌を蜘蛛のように動かして携帯を拾い上げる。


『いく』。


それだけの文面。それに返信もなく、ただ近日に家に戻ることだけが決定した。母との関係は、いつもそんなものだ。会話が特段あるわけではない。お互いに何をするというわけでもない。だけど邪険にしてるわけでも、されてるわけでもない。


そうして戻ることが決まると、意外となにやら地元の記憶が戻ってくるものだ。郷愁というほどのものでもないが、それこそ母の顔だったり姉や故、愛犬のこと。



(……いつぶりだっけかな)


そう思うと、なんだかんだでこの里帰りも悪くはないのかもしれない。薄れた記憶を補強する瞬間というのは、なにか納得じみた気持ちよさがあるものだから。


母校は今もあのままだろうか。

あそこの店はもうとっくに閉店したかな。

よく、あの場所で遊んだな。

そんなふうに。




……



そういう反芻をしていたからか。

その夜、懐かしい夢を見た。


幾つの頃の思い出だったか、それすらも曖昧なほど幼いころだが。ただ、狂ったように遊んでいた時期があった。


季節外れの転校生、周りに馴染めないそいつと、最初から周りに馴染めてなかった自分。シンパシーでも感じたのか、なぜかつるんで、毎日のように遊んでいた。

線の細さとは対照的に、外で動き回ったり無闇に遠くに出るのが好きで、意味もなく色々なところを自転車で走り回った。


自転車が壊れて転び、血を流すそいつを無理に背負って、必死に家まで運んでやったことなんてのもあったと思う。


泣いて、泣いて、泣きじゃくって。


『痛いよう』『ごめんなさい』。

『僕なんておいていってよう』だなんて。

背中で、耳元で泣かれるものだからうるさくて仕方がなくて。苛々紛れになにか言ったのだけは覚えている。

それでその泣き虫はぴたりと泣き止んで、ようやくほっとしてたら、今度は背中でくすくす笑うようになって、それもそれでくすぐったくて嫌だったこと。


『僕、カイにぃのこと大好きだよ!

こんなに楽しいの、初めてなんだ!』


それらを全て、夢の中に想う。とっくに忘れてたことだったけど、思い出せるほど染み付いてはいて、それはきっとその記憶が、良いものだったからなのだ。


学校が別になり、どうしても疎遠になって。そうしてそのまま、そいつがどこかに引っ越しをしたということを聞き、何も知らなかった自分にただ一度舌打ちをした。ただ、その程度の仲だったが。

ただ、それでも。だから想った。


「あいつ、名前なんて言ったっけかな…」





……




ただいま。


あら、今日なの。


うん年ぶりくらいの親子の邂逅の、それぞれ最初の一言はそんなそっけのないもの。のっそりと荷物を置いて、今はいなく、ただ飾られてるペットの写真を撫でるようにぽん、と軽く叩く。そうしてから、父親がいる仏壇に手を合わせた。

俺はペットよりも下か、と祟られそうだが、それはそうだろう。物心つく前にはいなかった父にどうやって愛着を湧かせろというのだ。


休日の昼頃の帰郷。特段何があったわけではなかったけれども、だからこそ日常の懐古は押し付けがましくなく心に沁みて、悪くはなかった。また、母の、ただ何も言わずに自分の好きだった料理を作って置いてくれることも中々に、帰郷も悪くないと思わせる体験だ。


「姉ちゃんは?」


「あんたが帰ってくる日言わなかったから、まだ戻ってくるのに時間かかるって」


「そっか」


懐かしみの諸々にしばらく浸って、そんな風に他愛のない話をぽつりぽつりとしていた時のこと。母が、珍しく機嫌良さげに口を開いた。スマホを弄ったままのこっちに、話を聞くよう促してから。


「そうそう。しーちゃん、こっちに来てたわよ。こっち来るの楽しみにしてる、って」


「しーちゃん?」


しーちゃん、しーちゃんとは誰のことだろう。首を傾げて考えようとした。その様子を見ただけで、覚えてないのかと顰めっ面で頭を抱える母。


「薄情ね、あんた。昔はあんなに仲良かったじゃない。それなのに名前まで忘れちゃって」


「仲良かった、って…」


昔に遊んだ。昔ってどれくらい?仲が良かった相手なんて、そう多くはない。ふと、昨晩に見た夢の記憶を思い出す。暇な冬休みに駆け回った日。しーちゃん。し、しから始まる名前。し、しおん。


シオン。


「汐音。シオンだ。

そうだ、そうだった!あいつ、シオンだ!」


「今更なにを言ってんの」


回想の中の少年の名前を、ようやく思い出した。もやもやとしていた霧が晴れたような感覚は、単にクイズ番組の答えがわかったような、そんな感覚でしかなかったが。


「そっか、あいつもまだこっちに居るんだ。今どんな顔してるんだろ。母さんは会ったの?元気にしてた?」


「また、何言ってんの」


睨むように、そう一言を置かれる。そんな、変なことを言っただろうか。先の忘れている、というのは確かに不用意な発言だったが、今回に関しては変なことを言った覚えはない。


「あんたが直接会って確かめたらいいじゃない」


なるほど。確かにその通りだ。

…しかし、だから、と言って。寒い中に、無理矢理に背中を押して家から出すまではしなくても良いではないか。ほぼ強制的に寒空の中に放り出されながら、そう心の中でぼやいた。

母との関係は、いつもこんなだった。





……




(……寒ぃ…)


当然、シオンの場所など知りはしない。どこにいるかも見当もつかない。ならば久しい故郷の散歩はそれはそれで悪くない。…と、思えていたのも最初のうちだけ。身を切るような寒さから、なんでもいいから早く帰らせてくれと思い始めた。



「…あそこって、今どうなってんだろ」


ただその中で、やはり一つだけ。

そんな思いの中でも寄りたい場所があった。


それは昔の遊んだ先。懐かしい名前を聞いたからか、懐かしい光景を想ったからか、そこに行きたくなった。狭い小汚い、ゴミ捨て場を少し通り過ぎた先の人通りの少ない道の、それをもう少し歩いた先。


そこが無くなっていたなら、それはそれでよかった。だけどそれは、あの時のままに存在していた。公園、というにはあまりにも閑散としている。広場、というには申し訳程度にブランコと小さなベンチだけがある。そんな場所。身体が大きくなった今見ると、狭さは尚のこと強調的なようで。


(……うお、すごいな)


だから、そこの空間にいたその者は、異物感の塊だった。だが異物というと聞こえが悪い。優美だからこそ、そこに似つかわしく無い、という意味合い。


染めたとも違う、ビロードのような金の髪。まだ幼さの残るようなその顔には寂寥を窺わせる憂いがある。

消え入りそうなその雰囲気に、声をかけようとして、やめた。なぜ、そこにいるのか。それも気になったが。


「…あ」


その女性と、目が合った。長いまつ毛の奥に観むそれはとても綺麗な目だった。青みがかった、ブラウンの目。黒が普通の国に住んでいるとそれは、これまた異物感のようなものを感じる。そしてこれもまた、嫌な意味ではない。


(……あれ?)


だけどなぜかその目に、既視感を感じた。見たことがある。この色を、どこかで見たことが。おかしい。このような綺麗な女の人と過去に知り合うなど、あるような人生ではなかったというのに。


「……嘘」


ブランコに、身狭そうに座っていたそいつは急に立ち上がり、そうして動こうとしたものだからつまづきかけて、足を軽く挫いてしまったようで。

そうなればさすがに、彼女に近づいて手助けをしないわけにはいかない。そうして、手を差し伸べたら。その人は足をさすりながら、差し伸べた手を信じられないものを見たような表情で握った。


「間違いない、絶対見間違いでもない!

…いてて、夢でも、ない!」


「信じられない、本当に会えた。また会えた!もう二度と会えないと思ってた!」


ただ、そう絞り出すように声を出してから、今にも泣き出さんばかりの様相でこちらを抱き締めようとする女性を、流石に恐ろしく思って身を引く。なんだろう、これは。ロマンス詐欺の亜種か何かだろうかと。


「カイ、カイにぃだよね!?

…あれ、これ人違いだったらどうしよ…」


カイ、にぃ。そんな、へんてこな呼び方をされたことは過去にただ一度。そして、ただ一人だった。それを何故、この女性が言うのか?理由と帰結はただ一つなのだが、だからこそ頭の中ではそう簡単に結びつきはしなかった。



「…そ、そうだけど…まさか、お前…」


「やっぱり!僕だよ、僕!汐音だよ!」


汐音。しおん。シオンだと?思考が止まる。


いや、そんな訳がない。確かにあいつは線が細くて、なよなよしていて、男らしくない奴だった。だけどそれでも男だったはずで。

…それを確かめたことは、あったろうか。流石になかった。


「やっと会えた、本当に逢えた!いつか逢えると信じて、こっちに戻ってきてたんだよ!」


感慨に耽る瞬間も終わり。

互いは互いをゆっくりと眺めた。

そして、そいつは改めてこっちを見る。

まさか、まさか。


「久しぶり、カイにぃ。

僕、ずっとずっと、この瞬間を待ってた。

あなたの横に、ずっと居たかったよ」


まさか。お前。


「お前…お前、女だったのか!?」


「?男だよ〜」


……??


不思議そうに首を傾げるシオン。

その姿は、どこからどう見ても麗しい女性のそれで…



「あはは、何言ってるのさ。僕は男だよ?」


頭がおかしくなりそうだった。



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