第一話
アガサ・クリスティの話が好きだろうか? 故──笹倉壮介。現──リエル・ハイヤードは、特に『そして誰もいなくなった』の判事が好きだった。
彼は、罪を犯しながらも法の隙間を掻い潜って生きている人九人を殺した。最後は裁きという名の殺人を犯した自らを断罪する。
その生き様に憧れた。
「それが、君の“犯行動機”ってわけ?」
リエルの眼前には、白いゴスロリの服を着た少女がいる。金髪のカールボブは、彼女の動きに合わせて揺れていた。赤色の瞳は感情が見えない。
人形のように調えられた彼女は、座るリエルを見下ろしていた。
「動機ってほど崇高なものじゃないよ」
数秒前に、目の前の少女によって前世の記憶を引き出された。十五の年ごろの女の子なら自分の前世が二十人以上を殺した連続殺人鬼なら、卒倒すべきなのだろう。しかしリエルは今までにないくらいに頭が冴えている。
むしろ、思い出させてくれたことを感謝したいくらいだ。
「ただ、ボクが気に入らなかった。それだけのこと」
「……記憶を引き出すと性格が変わるのは往々にしてあるけど、あんたは特にすごいわね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
少女は肩をすくめる。あきれた表情で見下ろしてくる。
彼女の中で、何を期待していたのだろうか。
「それで、ボクの記憶を呼び戻した理由はなんだい? 正直な話、リエルとしては普通に暮らしていたけども」
「死んだくらいで前世の罪がチャラになるとでも?」
「ならないね。ボクは自分の命一つでは計れないほどの人を殺してる」
「……話が早くて助かるわ」
どこからともなく椅子が現れると彼女はそこに座った。目線を合わせて、ゆっくりと告げる。
「私はロイス・ゼウネット。神の娘の末妹。私のために、力を貸しなさい」
その言葉に、リエルはニヤける口元を手で隠す。青い瞳を揺らすことなく、ロイスを見つめ続ける。
「……力を貸すにしてもボクに何のメリットがある?」
「元の世界に帰れるわ」
「一つ聞きたいのだけど、ボクがそれを望んでいるとでも?」
「……だったら、何でも一つ願いを叶えることができるわ」
ありきたりな誘い文句に、鼻を鳴らす。
「残念ながら、今の生活で充分に満足してるんだ」
リエルは地方貴族の令嬢だ。姉と兄が一人ずついて、地位はどちらかが受け継ぐことになっている。彼女自身は何も縛られずに好きなように生きていける。
と言うよりもそもそも親には期待されていないのが大きい。この世界には魔法があり、リエルはその制御が極端に下手なのだから。
しかし、誰からも見向きもされない今の状態が、彼女にとってはとても心地良いものであった。感情を揺らすような人間関係は煩わしいだけだ。
条件に動かないリエルに対して、ロイスは貧乏ゆすりをする。下唇を噛み、考えるように視線を彷徨わせた。
「君、人に頼みごとをするのは初めてかい?」
その言葉を投げかけられて、彼女は目を大きく見開く。
その様子を伺いながらも、リエルは続ける。
「交渉するなら自分が有利な立場にいるという姿勢を貫かないと成功しないよ?」
「……どういうことよ?」
「焦りが動作に出過ぎなんだよ」
指摘され、ロイスは貧乏ゆすりを止めた。頭をうつむかせて、大きなため息をつく。
「……やりにくい人間の担当になったわね」
「これは同情すべきかな?」
皮肉混じりに言うと、ギロリと睨みあげられた。それでも、リエルは余裕を崩さない。
「それで、余計な遠回りは無しで聞くけど、君はなぜボクの記憶を戻したんだい?」
諦めたように、ロイスは肩を落とした。姿勢を崩し、リエルのことを見据える。先ほどまで揺れていた瞳から迷いは消えたようだ。
「あんたと同じように、この世界では前世の罪を抱えたまま転生した犯罪者が何人もいるわ。そいつらを一人残らず殺してほしい」
「理由は?」
「魂の浄化……という名目の処刑」
彼女の言いたいことは大体わかった。
この世界で前世の罪がきえていない者たちで──殺し合いをさせようとしているのだ。
神の裁量といったところだろうか。
人も人なら神も神だなと、リエルは嗤う。
「いいよ。ノッてあげる」
「……てっきり断られると思ったわ」
「胡散臭い演技はやめなよ。ボクに拒否権はないんだろ? これは交渉に見せかけた一方的な契約だ」
その一言に、ロイスは息を呑む。
犯罪者は総じて自分の欲望に正直な生き物だ。何でも願いが叶うなんて言われれば、それぞれの欲を満たすために殺し合いに参加するだろう。
そうなれば、リエルに逃げ場はない。
自分が断っても、相手から迫ってくるのだから。
「そうだな一つだけ。ボクが勝ったら、その神とやらに合わせてくれよ」
「……善処するわ」
その言葉を聞いて、リエルは微笑んだ。




