第39話 家の事情を知る
書見のほどよろしくお願いします。
駅で小咲美と待ち合わせ、親戚のお婆ちゃんに会いに、五反田にやってきたニルトは、弾矢の手を握り街中を歩いている。
「二人が来るって言ったら、お婆ちゃん嬉しそうにしていたよ」
見慣れない景色。記憶にある品川の風景とは違い、綺麗になったビルやマンションが立ち並び、統一感ある情景が見えてくる。
丸みを帯び、ガラスとした外壁が太陽の光に反射して、淡く輝いている。
「この服でよかったのかな?」
そう答えたニルトが、青い色合いのワンピースを気にする。大きい襟に白いリボン。ブラウンゴールドの長い髪がラメ色に輝き、すれ違う人の目を引きつける。
誰が見ても美しくてかわいい姿。ファッション誌のモデルと言っても過言ではない。
だがその服装に自信が無いニルトに、小咲美が思わずほほを緩め、「かわいいよ」と、口にする。続けて弾矢の持つ手荷物に向け、「気を使わなくてもいいのに」と、目元を緩める。「そんな訳にはいかないだろう」と、当たり障りのない会話が続く。
人とすれ違う度に、ニルトに視線が行く。明らかに場違いなほどきらびやかな雰囲気に、誰もが嬉しいと思わせる笑顔を浮かべる。
遅れて弾矢の口元が緩む。
可愛い自慢の妹と一緒に居られる。それだけでも嬉しい気持ちになり、思わず握る手に力が入る。
程なくして目的地にたどり着く。分譲マンションの最上階に向かうため、エレベーターの中に入る。
「立派なところだね。小咲美お姉ちゃんのお家はお金持ちだよ」
「そんなことないよ。弾矢くんの家から見たら普通だよ」
歩く小咲美の動きに合わせ、セキュリティーロックが外れていく。カチカチと音が鳴り、機械から魔素の流れが生み出される。
イメージセンシングデバイスがここでも利用されている。そう認識したニルトが、科学の発展に目を見張り、関心の思いを寄せる。
小咲美が玄関の扉を開ける。「お婆ちゃん居る?」と、声を上げ、明らかに自宅に来た言い回しと違う様相になり、ニルトが思わず首を傾ける。
靴を脱いでそのまま中に入る小咲美に続き、「はーい」と、声が響いてくる。すると若い女性の着物姿が現れ、ゆっくりと廊下を歩いてくる。
「お婆ちゃん、弾矢くんが来たよ」
「そうか、そうか、ようきたなー。久しぶりに会えて嬉しいで」
「お久しぶりです。正月以来ですね」
「そやな。もう半年以上も経っとるな。時間が経つのは早いなぁ」
「挨拶が遅れて申し訳ありません。これはつまらないものですが、よかったら食べてください」
「いつもありがとう。でもほぉないに気ぃ使わんでもええのぉになぁ。毎回言っとる通り、楽にしてくれたらええさかいに」
「そうですね。そうします」
「さあ、さあ。こないなところでぇもなんやし、はよう中に入ってぇや」
「はい」
偉そうな人じゃないみたい。でも気を付けないとね。
見かけと違い怖い人だってお姉ちゃんが言っていたし、粗相がないようにしないとね。
そう思案したニルトが靴を脱ぎ、中に入る弾矢の後ろに続いていく。息を潜ませ、家主の後ろ姿に視線を当てる。白髪で長く、二十台にしか思えない和服の美人。明らかに魔力が高く、強い気配を漂わせている。そう心内で捉え、促されるままに付いていく。
「今お茶を入れるさかい、座っとってぇや」
「はい」
リビングのテーブル席に三人が腰を落ち着かせる。ニルトの前に座る小咲美が視線を合わせ、気配が無かったことに驚かれる。
「ニルトちゃん。そういうのがいけないんだよ」
「えっと、ごめんなさい」
「ニルト、緊張しているのか?」
「そんなことないよ。ちょっとびっくりしただけだよ」
「でも、お婆ちゃんは怖い人じゃないからね」
「うん……」
そうつぶやき、振り向くニルトがとっさに身構える。青緑の瞳を大きくし、無意識に体を引きつらせる。
「なんや、見つかってしもたわぁ。この子ぉは勘が鋭いなぁ」
「お婆ちゃん! ニルトちゃんをいじめないでよ!」
「うちは悪ないで。この子ぉから仕掛けてきたことや。同じことしただけぇやんかぁ。なぁ?」
白い髪の女性がテーブルにお菓子とお茶を置き、ニルトの肩を抱き寄せる。
「ほやけど、こないにかわいい子ぉやとは思わぁなんだわ。初めまして、ニルトちゃん。うちは鈴華いいます。親戚のお婆ちゃんです。これからよろしゅうなぁ」
頭を撫でられ心地よくなるニルト。瞳を細め、気持ちを落ち着かせる。どこか懐かしい感じがして、喜色満面の笑みになる。「ん……」と、声を漏らし、あどけなく甘える姿になる。
「かわいいなぁ。うちの子ぉにならんな?」
「えっと……」
どう答えていいのか分からない。そう隣に視線を送り、潤んだ瞳をする。すると弾矢がにんまりと笑い、嬉しそうに声にする。
「冗談はよしてください。ニルトは大事なオレの家族です。例え鈴華さんでも譲れませんよ。それに、母さんが黙っていないと思いますよ」
「そやのぉ。その通りやわ。あの子ぉは冗談が通じんし、何を言われるかぁわらんからなぁ」
頭をなでる行為が続けられる。もう止めてと心内でつぶやくニルトがほほを丸くする。
「ほんで、刀子さんは元気にしてぇるかいな? しばらく会うてぇへんけど、今は何してぇるんか教えてくれへんかぁ?」
「いつも通りですよ。父の実家で仲良くやっているようです」
「ほらええなぁ」
「もうじき帰ってきます」
「そうかい」
鈴華がニルトを抱き留めたまま会話を続けている。
アメリカでの仕事について弾矢が語りを始める。広大な大地に魔物が住み着き、気付かないうちに環境破壊を繰り返している。
それを未然に防ぎ、生態系を守る役目に就いている。
生まれたばかりのダンジョンを破壊して、危険域を増やさないようにする。既存のダンジョンに入り魔物の間引きを行う。ランナウェイバーストが起こらないようにする。
そうした仕事をするママたちは偉いんだ。アメリカの政府も日本と友好であり続けるのは、ママたちみたいな人が居るからなんだって。
ダンジョンは災害であると同時に重要な国家資源でもある。ダンジョンの保全活動は人類にとってなくてはならない行いになる。魔力石でエネルギーを賄い、魔石で熱や磁気などの動力源を生み出し、魔動回路で魔素を操っている。空を飛び、海を渡り、斥力で地表を制し、人類は宇宙にも力を入れている。空気に水に重力の調整もダンジョン素材で行っている。
そうした都合において、ダンジョンは着実に人を豊かにする。産業の進化に役立つ中心的な存在になっている。近年では亜光速宇宙船の開発にも着手され、着実に人の夢を叶えている。半世紀前までは架空の技術でも、今では実現できるレベルにまで昇華している。その最たる物が月面基地であり、最新の技術が惜しみなく使われている。
だからこそワーレフは常に需要がある。高価なアイテムを安い賃金で採取してくれる頼れる存在だ。
企業は専属を抱えるために、必死で雇用依頼を宣伝する。安定報酬を餌に経費を削減し、いかに安く素材を手に入れるかを競い合っている。
そんな会話を進める間にも鈴華がニルトに着いたまま離れることはない。優しく背中を抱き寄せ、可愛がりを続けている。
「おめでとう。聞いたで、プロ試験に受かったぁんやってなぁ。これからも大変やろうけど、めげずにがんばりな」
「ええ、そのつもりです。ですがオレはまだ学生です。引き続きこれからも便宜の程よろしくお願いします」
「えぇで。うちでよかったらなるたけのことはするからな。それに聞いたで。千城窟ダンジョンで新しい通路を見つけたんやってね。そんで週末にも行くらしいって、小咲美からも聞いたで。しかもニルトちゃんが見つけたんやってなぁ。外でもよう評判になっとるわ。どこのウェブサイトでもインフルエンサーのニーズが同じで、うちも気になっとる。せやから、どぉないなぁとこなっとんのかぁ教えてくれんか?」
「ですね。オレも詳しくは聞いていないですから丁度いいです。ニルト、今から話してくれないか?」
「うん……」
言ってもいいけど、大丈夫なのかな?
守秘義務が気になるんだけど。と、心配するニルトが、座ったまま鈴華に視線を送り、困ったように眉を寄せる。
「大丈夫で。うちは偉い人に顔が利く。この地域で起きたことは把握せぇなあかん立場にある。あとで必ず報告させることになるんやぁし、今のうちに聞いておきたいちゅうのがぁ本音やなぁ。せやから、悪いようにはせん。必ず口を聞いたるさかい、今のうちに教えてくれんか?」
「え……」
どうしよう。
「教えてくれたら許可は出したる。そやから、素直に応えなぁはれ」
「……いいのかな?」
「ねえ、ねえ、ニルトちゃん。お婆ちゃんはワーレフ協会の偉い人なんだよ。一風の役員さん。だから、信用していいんだよ」
「せや」
「えっと……」
ニルトが隣に座る弾矢に助けを求める。
すると小咲美も釣られ、弾矢を見る。
「すまない。ニルトは家の事情を知らないんだ」
「それ、本当?」
「ああ」
「そら、おもろいなぁ」
「お兄ちゃん。家の事情ってどういうこと?」
鈴華が嬉しそうにする。ニルトの肩に手を置いたまま話を進める。
「だったら話してやりなぁはれ。弾矢くんは遠本家の跡取りなんや。知っていて当然のことを言っておやり」
「はい」
意志ある瞳をする弾矢が、ニルトに語りを始める。
遠本家は一風運送の偉い立場にある。祖父の優悠がグループの会長を務め、鈴華が跡を継ぎ、最近になって刀子が就任している。
一風の基体は運送業と守衛業にある。創業以来から母体となる烽火を支える子会社になる。
しかし、ダンジョンが生まれ、世界に先駆け探索業界に名乗りを上げたことにより、会社の業績が一気に飛躍する。ダンジョン資源を安定供給できる仕組みを作り、魔動産業に寄与し、ダンジョン内外でのインフラ整備に関わることで、業界における影響力を強めることになる。その主軸となる絶風ユニオンは、国内でもトップクラスの探索集団になる。一風はユニオンを中心とした組織体制を作り、会社を大きくすることに成功する。
関連企業のHOUKA、土台建設、雷電光電子、氷人銀行と連携を取り、ワーレフを対象にした様々なサービスを展開する。
絶風ユニオンに所属することで様々な福利厚生が受けられるようになり、その評判のおかげで、優秀な人材を集めることに成功する。
今では日本政府にも認められ、東京でワーレフ協会を任されるまでになる。
「母さんが絶風ユニオンのリーダーになるんだ。そしてオレも鈴華さんも絶風に所属している」
「そうやね」
「うん、うん」
基本的な業務は素材集めにある。
魔石と魔力石の採掘をしている。ポーションや武具の発見に、研究試料や化学素材の採取も行っている。エネルギーに医療、果ては農業や建築にも影響を与えている。
その関係から強い者を輩出し、政府御用達の傭兵業を営み、国際ダンジョンにおける問題を解決する仕事も行っている。
突発的に発生したダンジョンの破壊と保全を行い、自衛隊に先駆け、国土の安全を守っている。
その他にも烽火と連携し、運送業を営んでいる。五形と呼ばれる系列企業向けの配送サービスに、ディーラー向けの卸売り業務も行っている。関連企業の設備警備に、金融関係の取り立て補助。外部企業や政府向けの要人護衛も行っている。
社員教育はダンジョン内での研修を実施する。全員のレベルが一定値以上になるまで何度でもダンジョンにアタックする。そのほとんどがワーレフの資格を有している。
「だから、雷電光、土台、氷人、そして一風の四企業は、烽火から独立することになったんだ。ダンジョンを主軸とした事業に成功し、子会社から大企業へと発展を遂げている」
「すごいんだね」
「そうやな」
20世紀の70年代に掛けて創業し、物流倉庫を営む烽火がM&Aを繰り返し行い、会社を大きくすることになる。運送の一風に、ネットバンクの氷人。不動産の土台に、業務システム管理の雷電光を設立する。
のちに五形グループとも呼ばれ、今でもその流れは続いている。
ダンジョン産業に着手してから数十年、それぞれが独立し、今では大きな組織に成長する。
「最城家が烽火をまとめる一族になるんだ。親等は遠いが、オレたちも親戚になるんだぞ」
「うん、うん」
烽火は親族で経営する習わしがある。その風習がそのまま五形にも影響し、トップたちが全員親族で構成されるようになる。
刀子もその立場にある。祖母の咲久が最城家の親類に当たるため、鈴華もまた咲久の姉であることから、相応の地位に就いている。
「だから母さんが引退をしたらオレが一風を引き継ぐことになっている。オレもそれでいいと思っているし、そうすることが正しいと思っている」
「えらいよね。弾矢くんは偉いんだよ。だから私もがんばろうと思うんだよ」
「小咲美も親類になるからな。萱人おじさんがスポーツ用品を扱う店を経営しているし、あとで顔を出しに行くから、覚えておいてくれ」
「うん」
「でも、あたしはお父さんの店を継ぐ気はないからね。将来は分からないけど、今は弾矢くんに付いて行くことにしか興味がないんだよ」
「ありがとう。小咲美が居てくれて助かるよ」
「うん、うん。もっと感謝して欲しいんだよ」
だったらお姉ちゃんたちはどうなるのかな? 一風の社長さんがお姉ちゃんじゃダメなのかな?
なんとなく気になるニルトが、「剣お姉ちゃんと朱火ちゃんはどうなるの?」と、質問を口にする。
「ほら見合いやな」
「え?」
「ですね。一応は婚約者が居ることになっています。ですが、まあ口約束ですけどね。本人たちが乗り気じゃないから、そのうち白紙になるんじゃないですかね?」
「そうなの?」
知らなかった。お姉ちゃんはともかく、朱火ちゃんもそういう人が居るんだね。
「うん、うん。大変なんだよ。大きい会社の経営に関わるってことは、そういうことなんだよ」
「とまあこんな感じだ。オレたちもそれなりに事情がある家柄なんだ。だが気にする必要はない。母さんも言っていたが、ニルトだけは好きにしていいと云われている」
弾矢が続けて口にする。
親類はいっぱい居る。経営だけを見れば引き継ぐ人も沢山居る。だからそれほど深く考える必要はない。
そうした風に語り、何事もなかったかのように会話が進んでいく。
「ニルトちゃんもそこいらの金持ちと比べ物にならんくらい偉いんやでぇ」
「うん、うん」
「ですね。冗談かもしれませんが、家は特殊ですからね。制度は無いが、国際社会から見れば貴族になるんだぞ」
「え? そうなの?」
ヨーロッパでは未だに貴族制度がある。
イギリスが主体となり、様々な地位が管理されている。
国を問わず、ダンジョンの経営を任される立場の人間は、王室から貴族位をもらうことになる。
一説によると、ダンジョンの保全を行った者たちがたまたま貴族だったことが由来だと云われている。
王室を敬い、清廉な人柄で地域の発展に貢献する立場にあれば爵位が渡される。
その最たるものがダンジョンの管理者であり、一種の領地的な扱いとされている。
騎士爵から男爵まで、ダンジョンの規模によって爵位の度合いが変わってくる。
その管理者になるためには、王族に一定数の寄付金を納めることが条件になる。そして、イギリスから認められている者に限られている。
それは一風にも言えることで、祖父の優悠と刀子が過去に上げた功績によるものだ。国際社会の流行に合わせ、日本政府も仕方なく一部の者にのみ寄付金制度を許すことになる。王族というコミュニティーに影響を与える貴族とする立場が認められていることが発端になっている。
「母さんも女王様から何かもらったらしい。父さんももらったって言っていたし、貴族って言っても間違いないだろう」
「そやね。懐かしいなぁ」
「へえー」
余談ではあるが、祖父の優悠は日本の貴族でもある。国に大きく貢献をしたということで、死後授与される正五位の資格を得ている。
「まあこんな感じだ。脱線はしたが、鈴華さんに話しても問題は無いぞ。むしろ話しておかないと、あとで入れなくなる可能性がある」
「そう、そうだよ。お婆ちゃんも偉いんだよ」
理道鈴華は千城窟ダンジョンの管理者の一人になる。事情を話しておかなければ、あとで便宜を図ってもらうことができなくなる。
そう耳にしたニルトが、納得したように首を縦に振る。
「ほな、聞かせてもらうで」
「うん、わかった」
包み隠さず話すニルト。普通の人ならば驚くような出来事も、何事もないように語っていく。
「それでね、ゴーレムと押し相撲をしたんだよ」
笑いながら告げる驚きエピソード。九死に一生を得ることもさらりと流していく。
「それでね、最後に爆発しちゃったんだ。フロア全体が炎に包まれて大変だったんだよ。せっかく魔力の枯渇を狙ったのに、作戦が台無しにさせられちゃったんだ」
本人は面白おかしく話しているつもりだが、三人がドン引きするように表情を曇らせる。
「あのね、あのね。なにを言っているのか分かんないんだよ」
「オレたちが行っても大丈夫なのか?」
「うん。ボクに任せてよ」
まるでピクニックに行くような気分のニルトに、堪らず鈴華が口をはさむ。
「あかんわ!」
「ふえ?」
突如頭を叩かれ驚くニルト。鈴華の声に耳を傾ける。
「ほぉない危険なところやったら許可することはできんで」
「なんで?」
「当然やろう? 死んだらどぉないすんのぉ?」
「ん?」
「なんでそこで頭を傾ける? うちはほぉないにけったいなこと言うたかいな? なあ弾矢くん。なんでこの子に話が通じんの?」
「すいません。ニルトは少し常識が無いところあるので」
「常識以前の問題やんかぁ」
「へ?」
「ねえねえ、ニルトちゃん。それが本当だったら、あたしたちの手に負えるような場所じゃないことくらいは、理解できているよね?」
「大丈夫だよ。ケガをしたらちゃんと治してあげるよ。強い魔物が出たらやっつけてあげるからね」
「そうじゃなくて、えっとね、どう言っていいのか分かんないんだよ」
「ほんまにそんなことができるんかぁ?」
「うん、任せて」
「やったら試したる。今すぐやってみてぇくれんか?」
「いいよ」
そうつぶやいたニルト。いつものように妖精の羽を広げ、虹彩に輝く魔素を解き放つ。
すると心が形になる。越精と呼ばれる現象を言霊として呼び起こし、三人の耳に直接流していく。妖精であった過去の記憶が幻となり、空を飛ぶイメージが脳裏に映し出される。
「え? え?」
「これがオーバーウィル。ニルトの力なのか?」
「やるなあ」
淡く輝く虹色の光が白銀の色に変容する。鈴華はニルトから少し離れ、その実態を捉える。
「今からすることに対して驚かないでね」
ニルトが心内でチユチユの羽と言葉にする。すると、白銀の光が粉雪のように降り注ぎ、三人の心にその意味が言霊で伝わっていく。正式名癒しの涙。大切な人を想う奇跡の涙。その願いが妖精の羽を聖なる物へと変える。そんな幻想が各自の耳に伝わり、白銀の輝きが肌に溶け込んでいく。
「もうええで。ようわかったわ。ニルトちゃんの実力は理解した」
「いいの?」
そう言うと羽が消し去られる。ニルトに近づく鈴華が肩を寄せる。頭に手をそえ、軽く撫でる振りになる。
「ほぉない小さいのに大変な目におうたんやなぁ。ようがんばったわ。えらいで」
「うん……」
「ほな、うちも一緒させてもらうわ。ほれなら許可は出せる。小咲美に弾矢くん、ほぁないなぁことでええよなぁ?」
「はい。お願いします」
「うん、うん。お婆ちゃんが一緒なら安心だよ」
「これからよろしゅうなあ」
こうして、鈴華さんともダンジョンに行くことになったんだよ。
このあと世間話が続き、お菓子をいっぱい頂いたんだ。外に出て小咲美ちゃんのパパが居るお店にも向かったんだよ。
便利なアウトドアグッズが沢山あって目移りしちゃった。おじさんとお爺さんが優しくしてくれるから、つい色々な質問をしちゃったよ。
明日もまた行くことにしたんだよ。欲しい物があるから全部購入するつもりだよ。
「よし、終わった」
ようやく日記を書き終えることができたね。あとは寝るだけだ。
「ネットゲームか……」
面白いんだけど、何をすればいいのか分かんないのが辛いよね。
物語の趣旨とかあればいいんだけど、そういう情報も少ないしね。
「姫の病気を治して欲しいという話だったけど、自分のレベルが低くて何にもできないんだよね」
とても時間が掛かるクエストだと思う。助けられるようになるには相応の条件をクリアーしなければならない。
「特に信用ポイントがネックだよねー」
中々上がらないし、無いと行動に制約が生まれる。
おそらくクエストを進めるには、それなりに高いランクが必要になるはずだ。
でもね、上げる時間が無いんだよ。現実で半年以内に決着を付けなければ、姫が死んでしまうからね。
だってクエストの表記に日数が刻まれているんだもん。あと175日で手遅れになるって生々しく出ているからね。
「これってさあ、無理ゲーじゃないよね?」
どう考えても助けられる気がしないんだけど。予め攻略方法が分かっていて最短ルートで進めていくことを前提にした話のような気がする。
「だとしたら、そういうことなのかな?」
姫が必ず死ぬことが確定されている世界。だからこそ物語がスタートすることになる。
半年あればユーザーの質が高まってくる。そして、姫が死ぬことで物語が進展することになる。
王位継承権第一位が死ぬ。それは、世間に混乱をもたらすことが予測されている。
政治にも影響が出るはずだ。事情は分からないけど、敵みたいなのが出てくるに違いない。
「運営はユーザーに対し、それまでに強くなれと言いたいのかな?」
だったら待てばいいのかな?
ゆっくりとゲームを楽しんで、自由に過ごせばいいのかな?
「多分、それで合っているんだと思う。でもね……」
嫌だな。だって分かっていて女の子を死なせるなんて、男として最低だよね。
だったらどうしよう。今のボクに何ができるんだろう。
「やっぱり、根源のダンジョンを攻略するしかないのかな?」
おそらくあそこはもっと後に行くような場所になるはずだ。
そしてレベルが高くないとクリアーできない場所でもある。
「それに、入場制限が無い」
だからこそ物語の裏をかくことができる。
信用ポイントも沢山もらえるし、最後まで行けばランクも上がるはずだ。
「よし、決めた」
このまま攻略を進めていこう。
それと時音にも相談をしよう。このことを伝えて姫を助ける糸口をつかもう。
ついでに時音ママの病気にもアプローチしよう。分からないけど、ボクがログインすると覚醒を速めることになるんだってさ。
「さっそくティックラインしよう」
ボクは机の上から携帯電話を取り出し、イメージセンサーアプリに問い掛ける。ティックラインを呼び出し、時音にメッセージを送る。
改訂履歴




