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公爵令嬢のとんでもない勘違い  作者: 夏の柴犬
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少年二人の物語


 公爵家の屋敷にある客人用の部屋で、二人は立っていた。


 『話がしたい』と言っていたものの、ヴィンセントはなかなか口を開こうとしない。


 リーリアが彼の言葉を待って、黙ったままでいると、ようやくヴィンセントは顔を上げ、悲しそうに笑った。


「ごめんね。突然二人で話がしたい、なんて言って」


「いえ、構いませんわ。それで、お話って…?」


「……実は、リーリアちゃんに、ずっと隠していたことがあってね」


 ヴィンセントは深呼吸をすると、覚悟を決め、真っ直ぐにリーリアの瞳を見つめる。


「僕は、伯爵家の長男なんだ」


「…………え?あの、今なんと?」


「僕は、伯爵家の長男、ガイル伯爵の息子なんだ。つまり、レイゼントの兄でもある」


 驚きのあまり言葉も出ない、といった様子のリーリアに、ヴィンセントはそっと目を伏せた。


「ごめん、流石に今すぐには信じられないよね。……リーリアちゃん、少し長くなるかもしれないけど、僕の昔話を聞いてもらえないかな?」


 その言葉にリーリアが頷くのを確認すると、ヴィンセントは思い出を一つ一つ辿っていくように、ゆっくりと語り出した。




 ヴィンセントは、伯爵家の第一子として生まれたが、伯爵夫人とは血が繋がっていなかった。なかなか子供が出来なかった夫人の代わりに、父が愛人である召使いに生ませた子供、それがヴィンセントだった。

 彼の本当の母親は子供を産んですぐに仕事をクビになったため、ヴィンセントは母親の顔を知らなかった。そして彼の義理の母親はヴィンセントを邪険に扱っていたが、父はそれを止める事はしなかった。しかし、ヴィンセントはその環境を、仕方のない事だ、と子供ながらに受け入れていたのである。


 そんな彼でも、父に褒められる唯一の時間があった。それは、彼が魔法を使ってみせる瞬間だった。その魔法は高度であればあるほど褒められ、父は満足そうに笑ってくれるのだ。


「お前のその力は、我が伯爵家のためになる。より力を大きなものにできるよう、精進するのだ。いいな?ヴィンセント」


 だから彼は努力した。来る日も来る日も、難しい魔法にチャレンジし続けた。

 しかし、ヴィンセントが高度な魔法を披露し続けていたある日、父はそれに興味を示さなくなったのである。


「もう今後は、魔法を披露せずともよい。お前の魔力は思ったよりも強大だという事が分かったからな」


「で、では父上、代わりに何かお役に立てる事はありませんか?」


「特にないな。……いや、待て。そうだな、一つだけあるぞ。お前でも役に立ちそうな事が」


「本当ですか!」


「ああ。私は今、とある少年を探しているのだ。その少年は街に住んでいるらしいのだが、今の大魔導士を超えるほどの、強い魔力を持っているらしい。だからお前は街に行って、その少年を探して来い」


「はい、父上。必ず見つけてみせます!」


「だがヴィンセント、もし見つけたとしても、相手に警戒されないよう気を付けながら距離を縮めろ。決して怪しい者だと思われぬようにな?」


「分かりました」


 今思えば、その指令はヴィンセントを家に居させないためでもあっただろう。この少し前に、ようやく母自身の子供、つまりヴィンセントの腹違いの弟であるレイゼントが生まれており、母のヴィンセントに向けられる視線は、一層険しいものになっていたのだ。



 その翌日、父から与えられた任務のため、ヴィンセントは街を歩き回っていた。しかし、外見の特徴などのヒントは全くなく、どんなに歩いても見つかるはずがない。彼はだんだんと疲れ始めていた。


(……はあ、本当に見つかるのかな。歩き疲れたし、何だかお腹も減ってきた)


 ぺたりと地面に座り込んだ時、ぐう〜、と腹の虫が鳴った。ヴィンセントがお腹を抑えた、その時。


「おい、お前、腹減ってんのか?」


「……まあ、そうだけど」


「そっか。これ食うか?なかなか美味いぞ」


そう言って、紫色の瞳を持った黒髪の少年は、何かをヴィンセントに差し出した。


「何、これ?」


「知らねえの?干したリンゴだぜ?」


「これがリンゴ?……随分しわしわだけど」


「良いから、つべこべ言わずに食ってみろよ」


 ラウドは無理やりヴィンセントの口に干しリンゴを入れてきた。ヴィンセントは仕方なくそれを噛み、飲み込む。


「ちょっと、いきなり人の口に食べ物を入れるとは、無礼にも程があるだろ!」


「でも、美味いだろ?」


「……………まあ」


 ヴィンセントが頷くと、その少年はにやっと笑った。


「ほーら、言った通りだろ?それ、俺が作ったんだぜ。切って外に干しただけだけどな。もう一つやるよ」


「あ、ありがとう」



 ヴィンセントが二つ目を食べ終わると、その少年は興味津々といった様子で話しかけてきた。


「なあ、お前、名前はなんていうんだ?」


「初対面の人に名前を聞くときは、自分が先に名乗るものだよ」


「あ?変なこと気にすんだな、お前。……まあ良い。俺はラウド。親父と二人でこの街に暮らしてる」


「僕はヴィンセント。今日は人探しが目的でこの街に来たんだ」


「ふーん。誰を探してるんだ?」


「それが全く手がかりがなくて……“魔力が強い少年”を探してるんだけど、何か知らない?どうやらこの街にいるらしいんだけど……」


「え?あー、いや。知らねえな。なあ、何でそいつを探してるんだ?」


「それは……え、ええと、友達になる為、かな」


「……お前、それ本当か!?」


「う、うん」


 ラウドと名乗ったその少年は、何故か嬉しそうに瞳を輝かせた。そして、ヴィンセントの肩に手を回す。


「よし!ヴィンセント、その人探しとやらに付き合ってやるよ。だから今日から俺たち、友達になろうぜ」


「え、ええ!?………まあ、いいよ。友達になってあげる」


 やけに嬉しそうなラウドの顔を見ながら、ヴィンセントも、心の中は温かい気持ちに満たされていた。

 『友達』なんてものが、自分に出来るなんて、思ってもいなかった。


「なあ、何して遊ぶ?」


「だから、遊ばないってば。僕は人探しをしなきゃいけないの!でも、今日はそろそろ家に帰らなきゃ」


「次はいつ来るんだ?」


「明日もまた来るよ。見つかるまで、毎日通わなきゃ」


「そうか。じゃあ、明日もまた会おうぜ。噴水広場で待ち合わせな?」


「……うん、分かった」


「じゃあな、ヴィンセント。また明日な!」



 ラウドはそう言って、どこかへ駆けていってしまった。ヴィンセントの心に、彼の言葉がじんわりと染み渡る。


(………また明日、か)


 自分のことを、待ってくれている人がいる。たとえそれが初めて会った奇妙な少年だったとしても、それはヴィンセントの心を満たすのには十分な事だった。



 次の日も、またその次の日も、二人は街で一緒に過ごした。

 彼にとっては知らないものばかりの街を案内してくれるラウドは、ヴィンセントとはかなり違った性格で、二人はくだらないことで何度も言い合いになり、殴り合いの喧嘩にまで発展することもしばしばだった。


 それでもヴィンセントは、毎日街に通い続けた。父親に命じられた使命を果たすという目的が、ラウドに会うという目的にすり替わるのに、そう時間はかからなかった。



「ヴィンセント。最近毎日のように出かけているようだが、目的の少年は見つかったのか?」


「……いえ、まだ見つかっていません」


「だが、一昨日は顔にあざを作ってきたと聞いたぞ。お前は一体何をしている?」


「ええと……その、野良猫のしっぽを踏んづけてしまって……」


「まあ良い。とにかく、一刻も早く探し出せ。良いな?」


「……あの、父上。その少年を見つける目的とは、一体何なのですか?」


「そうだな。我が伯爵家の権力を、より強固なものにするためだ。そのためにその少年を捕らえ、魔力を利用させてもらう」


「利用、とは何ですか?その少年をどうするのですか?」


「お前には関係のないことだ。お前はさっさと少年を探し出し、報告しろ。そんなことすら出来ないような息子は、我が家には必要ない」


「……はい、父上」



 少年だったヴィンセントを暗い気持ちにさせるもう一つの要因は、母の行動だった。それも初めは、おやつをもらえない、程度の可愛いものだった。伯爵家の料理長はヴィンセントの唯一の味方で、いつもこっそりおやつを渡してくれていたから、あまり困らなかった。

 しかし嫌がらせはエスカレートし、ついにはメイドが持ってきた紅茶に、下剤が仕込まれていることさえあり、その日からヴィンセントは、料理人が作った物以外は口にしないと決めた。


 だから彼は、紅茶を淹れる練習をした。いくらなんでも、飲み物さえ口にできないのは面倒だと思ったからだ。そして思った以上にのめり込んだ彼は、いつしか料理長に褒められる腕前にまで成長していた。


(……この家は窮屈だ。街でラウドと遊んでる方がよほど楽しい。僕が出かける事に、誰も文句を言わないのがせめてもの救いだな。父上も、その少年を見つける事にしか興味が無さそうだし。……でも、早く見つけなきゃ、怒られる)


 この時点でヴィンセントは、家族に対する愛着も恩義も、持っていないに等しいのであった。





「……ねえ、ラウド。どこに向かってるの?」


「それは着いてからのお楽しみってやつだ」


「ケチ。教えてくれたって良いじゃないか」


「待てねえのはガキっていう証拠だぜ?」


「はあ?同い年なんだから、僕がガキならラウドもガキだと思うけど?」


「ガキはすぐムキになる、ってな」


「……本当君って、よく口が回るよね」


「その言葉、そっくりそのままお返しするぜ」


 二人は睨み合って、そして同時に吹き出した。


「ラウド、なに笑ってんだよ」


「うっせえ。お前も笑ってるじゃねえか」


 二人は細い道を進み、突き当たりに到着した。そこには、小さな家がある。


「貴族の坊ちゃんには信じられねえと思うが、ここが俺の家だ。ほら、入れ。かなり汚ねえけど、許してくれよ」


「……大丈夫。僕の家よりは、居心地が良さそうだ」


「…………そうか?」


 ラウドは家に入るなり床板を一枚ずらすと、するするとはしごを降りていく。


「ラウド、ちょっと待ってよ!」



 ヴィンセントが狭い穴から伸びるはしごをやっとの思いで降りて、辺りを見渡そうと振り返った時、いきなり目の前に光の球が現れて、パンッ、と軽快に弾けた。


「うわあっ、今の何!?」


「へへっ、驚いたか?」


 ラウドはいたずら成功、と言ってケラケラ笑った。


「驚いたけど……あの光は何?」


「さあ、何だと思う?」


 ラウドはにやりと笑って、指をパチンと鳴らした。すると、ヴィンセントの影が一人でに動きだした。


「何だこれ、影が動いてるよ!?」


 ラウドは満足げな顔をして、もう一度指を鳴らした。途端に影は元の状態に戻る。



「なあ、ヴィンセント。もう一つ、サプライズがあるんだ。親父に言うなって言われてて、ずっと隠してたんだけどな。お前にはそろそろ打ち明けなきゃいけねえ、と思って」


「………何?」


 ヴィンセントは胸騒ぎがした。



「お前がずっと探してる、“魔力が強い少年”っているだろう?それ、多分俺だぜ。お前が友達になりたくて探してたヤツは、俺だったってわけ」


 



 




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