解けかけているミステリー
深く沈んでいた意識が、ゆっくりと浮上していく。だが手足は重く、気怠さが彼女の目覚めを妨げようとする。
しかし、そこからずるずると抜け出すようにして、リーリアはついにまぶたを開けた。
(…………ここは、わたくしの部屋ね………)
まだ頭の中がふわふわしているリーリアの耳に、聞き慣れた声が隣から飛び込んでくる。
「……っ、リーリア、目覚めたんだな?」
「……ラウド?どうしてここに居るの?」
「説明は後だ。人を呼んでくる」
ラウドは部屋を出て行き、リーリアはゆっくりと体を起こした。外は明るく、日も高い。
(ええと……わたくしは確か、お花畑にいて、マリアに花冠をもらって……それで、マリアが……っ、そうよ、マリアは今どこにいるの!?)
リーリアが慌ててベッドから飛び出そうとしたとき、マリーが部屋に入って来た。
「お嬢様!今はまだ安静になさって下さい。マリアお嬢様は今は眠っておりますから」
「では、マリアは無事なの?」
「………っ、はい、命に別状はございません」
何故か目を逸らしたマリーに、リーリアは質問を重ねようとした。しかし口を開くより先に、魔導士三人がやって来た。
「リーリアちゃん!ようやく目覚めたんだね?」
「良かった良かった。リーリア嬢、どこか痛むところなどはないか?」
「はい、どこも痛くありませんわ。……あの、わたくし、馬車の中で倒れたところまでは覚えているのですが………その後の事を、教えて頂けないでしょうか?」
リーリアは、マリーから今に至るまでの出来事を教えてもらった。そして、深々と頭を下げる。
「……ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんわ。それに、ラウドには、また助けられてしまったわね」
ラウドはわずかに口元を緩め、分かっているというふうに頷いた。
「リーリア。もう頭は冴えてきたか?もし大丈夫なら少し聞きたいことがあるんだが……いや、その前にお前、長いこと寝てたし、腹減ったろ。俺たちは別の部屋で待ってるから、準備が出来たら来てくれ」
「ええ、分かったわ」
マリーに時刻を尋ねると、なんともう昼過ぎらしい。つまり、丸一日近く眠っていたことになる。
リーリアは軽く昼食を食べ、身だしなみを整えると、マリーに案内されるままラウド達のいる部屋に向かった。
マリーも含め、一同はテーブルを囲んだ。話の口火を切ったのはラウドだった。
「リーリア。まず、一番に聞きたいのは、馬車の中で意識を失う直前のことだ。覚えている限りで良い。教えてくれないか?」
「ええ。……でも、別に魔法を使おうとしたわけではないわのよ。ただ、マリアが死ぬかもしれないと思ったら、心臓が速くなって、体が熱くなってきて……上手く言えないのだけど、体の中で何かが大きく膨らんでいくような感じがしたわ。そして、突然あの時と同じ痛みに襲われたの」
「…………そうか」
ラウドは眉根を寄せて考え込んだ。
「聞いている限りでは、やはりお前は無意識のうちに魔法を使おうとしたらしい。だから封印が発動した。そしてもう一つ、お前の力に関して、ある可能性が浮かび上がってきた」
ラウドは一度言葉を切ると、ヴィンセントとポムじいを見た。二人は同時に頷く。
ラウドはリーリアを真っ直ぐに見つめた。
「もしかすると、お前の中には治癒の属性魔法が宿っているかもしれない」
「それって、この前の紋章の……?」
「ああ、そうだ。そして治癒の魔法、と言っても、いくつか段階がある。だがどんなものであれ、治癒属性の魔法は本当に稀なんだ。現段階ではポムじいしかいないはずだったが、もしお前が本当にその力を持っているとすれば……破魔の力と同じ、いやそれ以上に大変な事なんだ」
「………そう、なの?でも、そんな……信じられないわ」
「ま、俺達も正直驚いているし、信じられねえ。だがお前が治癒の力を持っていれば、それこそあの王太子から逃げる手段が一つ増える。何せ、何十年ぶりの話だからな」
リーリアは話を聞きながらも、すんなりとは飲み込めなかった。自分にそんな特別な力があるだなんて、本当なのだろうか?
(……では、アレン様の部屋に治癒の魔法の本があったのはどうしてかしら?もしかしてアレン様もお気付きだとか?)
そんなリーリアの意識を、ラウドの声が引き戻す。
「……リーリア。もう一つ話したい事があるんだ。その、お前の妹なんだが、」
「っ、ラウド様!」
マリーは慌てたように声を上げた。
「お嬢様は目覚めてからまだ1時間も経っていないのですよ?」
「だけどよ、どうせ言うことになるんだ。それに、こういうのは後から言う方が駄目だろ?」
「マリー、わたくしは大丈夫だから。もう昨日のようにはならないと約束するわ」
「……っ、申し訳ございません」
「ってわけで……お前の妹だが、まず昨日医者が来て、お前の妹に出来る範囲の全ての手を尽くした。だが、蛇の毒は抜いたはずなのに、どうにも体力が戻らなくてな。お前を助けた後ポムじいにも見てもらったんだが、やはり何かがおかしかった」
「そんな……!マリアはどの程度重傷なの?」
「それは大丈夫だ。死ぬとかそういう話にはならねえよ。ただ、なんつーか、ずっとぐったりしてる感じだ。起きていられる時間が少ないって感じと言ったら分かりやすいかもな」
「いったいどうしてそんな事に……?」
「それなんだが、お前、昨日怪しいやつを見かけたりしなかったか?」
「……いえ、マリアには誰も近づいていないはずよ。ずっと見ていたもの。いえ、でも……レイゼント、伯爵家の次男にはお会いしたわ」
「伯爵家の次男、だと?」
「……え?ええ」
魔導士三人の顔が、一斉に険しくなった。どこか怒りのこもった表情で、ヴィンセントが口を開く。
「……君たちも知っていると思うけど、伯爵家は代々、氷属性の魔法を有している事で知られているんだ。だが実は、世間には知らされていない、毒属性の力というのも、得意分野でね。もしかするとマリアちゃんが襲われたのも、計画的犯行かもしれない」
「……っ、何ですって!?」
リーリアは愕然とした。自分が狙われるならともかく、まさか、無関係な妹が狙われるだなんて。
「“毒魔法”と言ったわよね?それに対抗できる魔法は無いの……!?」
「……毒魔法は、闇属性に近い。だからただでさえ俺の闇の力では効き目が出にくいんだが、その上闇の力に対して尋常じゃないバリアが貼られていて……俺ですら、歯が立たなかった」
ラウドは悔しそうに唇を噛み締めた。ポムじいも眉を下げ、悲しそうな顔をした。
「リーリア嬢、力になれず申し訳ない。……わしの全盛期の頃の力であれば、確実に取り除いてやれたんじゃが………。こうなったら強い光か破魔の力、もしくはリーリア嬢に眠っている治癒の力が必要になる」
「……確か、アレン様の属性が光だったわ!だから、アレン様にお願いしたら助けてもらえるかもしれない!」
必死な様子のリーリアの声を聞きながら、ラウドは目を閉じた。
(………今リーリアに『あいつは信用できるのか?』なんて俺が言っても、無責任なだけだよな。正直全く賛成できねえけどよ、妹絡みとなると、そうも言ってられねえのかもな)
沈黙が訪れた部屋に、控えめなノックが響いた。
「お話し中ごめんなさいね。リーリア、ちょっと良いかしら?」
「はい、お母様。ラウド、少し席を外すわね」
「……ああ、了解だ」
リーリアと、それに付き添う形でマリーも立ち上がった。
パタン、と扉が閉まる音が聞こえた瞬間、ラウドは椅子に深く座り直し、上を向いた。
「………情けねえよな。二度も伯爵にしてやられるとはよ」
「蛇に魔法を仕込んで、マリアちゃんを噛ませるなんて、本当にあいつらのやり方は最悪以外の何物でもないね。だけどラウド、『二度もやられた』なんて言うのはまだ早いんじゃないか?」
「………っけど、俺はまた、身近なヤツのの笑顔を守る事すら出来ねえ」
「ラウド、落ち着くのじゃ。あの件は誰も悪くはない。悪いのは伯爵ただ一人、そうじゃろう?」
ラウドは静かに立ち上がった。
「悪いが、少しの間、一人にしてくれ。リーリアには、また戻ると伝えてくれ」
そのまま彼は足早に部屋を出て行った。
ポムじいは目を閉じ、ヴィンセントはその背中を見つめ、苦しそうに顔を歪めた。
(……違う、ラウド。僕のせいだ。僕が父を甘く見たのがいけなかったんだ。だから君は利用されて……!)
部屋の扉が再びノックされた。
「お待たせしました。……あら?ラウドはどこに?」
ヴィンセントは無理やり口角を上げ、平静を装う。
「ラウドなら、外の空気を吸いに行ったよ」
「そうなのね。やっぱり昨日助けてもらったのに今日もこうして色々とやってくれて……ラウド、疲れているわよね……」
「いや、大丈夫だと思うぞ。それはそうと、リーリア嬢。公爵夫人のご用事は何だったのじゃ?」
「アレン様から、お手紙が届きましたの。『大事を取って、しばらく王宮ではなく屋敷の方で休んで良い』と。……それでわたくし、やはりその返事に、マリアの事を書こうと思いましたの」
「そうか。王太子殿下は信用できる方なの?」
「……正直、分かりませんわ。でもマリアはわたくしの婚約とは無関係ですし、この方法しか見つからないんですもの」
「……分かった。君がそう決めたなら、止めないよ。僕ら魔導会のやるべき事は、明後日の夜、伯爵を捕らえる事だからね」
「そう、ですわね」
リーリアは少し不安そうに俯いた。
「大丈夫。絶対に上手くやってみせる。そして、君を必ず助けるから」
「………ありがとうございます。ごめんなさい、わたくしが弱気になっては駄目よね。それにしても、昨日から二日もお世話になってしまって、本当に申し訳ないわ。何かお礼がしたいのだけど……」
「はっはっは、お礼などいらんよ。昨晩は久しぶりにふかふかのベッドで眠れたおかげで、腰の調子がすこぶる良いのじゃ。ウィーゼルのベッドはもっと薄くてのう〜」
冗談めかして答えるポムじいに、リーリアは思わず笑みをこぼした。
ヴィンセントは、何故かリーリアの笑顔を神妙な面持ちで見つめている。
「ヴィンセント様も、本当にありがとうございました」
「……ねえ、リーリアちゃん」
「はい、何でしょう?」
「……もし良かったらこの後少し、二人だけで話せないかな?」




