二度目の暴走
姉妹2人がただならぬ状態で帰宅したシュバルツ家は、騒然となった。
マリアとリーリアをひとまずそれぞれの部屋のベッドに寝かせたところで、マリーの元にベルモンドとリューネが走り寄って来た。
「マリー!いったい2人に何があったのだ」
「マリアお嬢様は、足を蛇に噛まれ、毒が回り始めているのか容体が悪化しております。リーリアお嬢様は、それにひどく取り乱された後突然苦しまれ、今は意識がございません。しかし、最後に『封印』と仰いましたので、恐らくその発作かと」
「分かった。リューネ、お前は蛇の毒に詳しい医者を呼ぶよう、手配してくれ」
「ええ、分かったわ」
「そしてマリー。確かお前は魔導会の拠点を知っているな?」
「はい」
「以前同じような事が起こった時、リーリアは大魔導士に助けてもらったと言っていた。だから一刻も早く、その人物を呼んできてくれ」
「かしこまりました」
さらに、ベルモンドは城に遣いを出した。不測の事態が起きた事と、リーリアは今晩公爵家の屋敷で預かると伝える為である。
娘2人の異常事態に、ベルモンドは焦らずにはいられなかった。しかし冷静な判断をする為、彼はその場に立ち止まり、閉じた目を押さえたのであった。
その頃、マリーは御者に頼み、馬車を街まで走らせていた。彼女は到着後すぐに馬車を飛び出し、一心不乱にウィーゼルへと駆け出した。
ウィーゼルの前まで来たマリーは、大急ぎで扉を四回叩く。
「どうしたの……って、マリーさんじゃないか」
「ヴィンセント様!ラウド様はこちらにいらっしゃいますか?」
「ラウドなら、先ほどリーリアちゃんに会いに行ったはずだけど……」
その答えに、マリーは青ざめた。ただならぬマリーの様子に、ヴィンセントは眉をひそめる。
「どうした?もしかしてリーリアちゃんに何かあったの?」
「実は……!」
事情を聞かされたヴィンセントは、険しい顔で言った。
「とにかく、役に立てるかどうか分からないけど、僕とポムじいはすぐにリーリアちゃんの元に向かおう。そして、この事をラウドにも知らせなきゃいけないね」
ヴィンセントは右手をさっと振って指を動かすと、そのまま手を握った。そして、ぱっと手を開くと光り輝く蝶が生まれ、そのまま勢いよく飛び出した。
「これでラウドにはすぐに状況を伝えられるはずだ。今ポムじいを呼んでくるから、ちょっと待ってて」
マリーらが屋敷に到着した際、すでに医者が到着しており、マリアを診ているところだった。マリーはそれを見て少しだけ安堵しながら、二人をリーリアの部屋に案内した。
ポムじいはリーリアの様子を見るなり、厳しい顔つきをした。
「これは……封印が暴走し、リーリア嬢の身体を蝕んでおる。マリーさん、リーリア嬢は魔力を解放しようとしたのかね?」
「いえ、そのような素振りはございませんでした。ですが、お嬢様はマリアお嬢様が苦しんでいらっしゃるのを見て、かなり取り乱しておいででした。その最中、突然……」
ポムじいはしばらく目を閉じて、リーリアの身体に手をかざしていた。ポムじいの眉間には深いしわが刻まれ、額には大粒の汗が浮かんでは流れた。
やがて、リーリアの苦しげな表情が少しだけ和らぐと、ポムじいは大きく息を吸い込み、肩で息をした。
「………これでもう、命を落とすような事はないだろう。じゃが、わしの力ではここまでが限界じゃ。封印の、彼女の魔力を押さえつけようとする力が強すぎる」
まだ完全に回復したわけではないが、少なくとも命に別状は無いと知り、ほっと胸を撫で下ろすマリーの横で、ヴィンセントは何やら考え込んでいた。
「……リーリアちゃんは異常事態の中で、無意識のうちに魔力を解放しようとしてしまったのかもしれないね。ただ、魔法は普通、攻撃に特化している。魔力が漏れ出てしまうとすれば、それは怒りや憎しみが原因なんだ。……だけど、緊急事態とはいえ、リーリアちゃんはその時、怒りや憎しみを爆発させてしまったのかな?マリーさん、どう思う?」
「……確かにお嬢様はいつもと様子が違いました。しかし、少なくとも怒りや憎しみといった感情には見えませんでしたし、お嬢様はそんな方ではございません。あの時お嬢様は、マリアお嬢様を助けたい、その一心だったはずです」
マリーの言葉に、ヴィンセントは何か引っかかるものを感じた。
攻撃のためにあるのではない、唯一の力。誰かを救うための魔法。彼が知っている中でそのような力は、一つしかない。
その頃、ラウドは王宮の近くで、リーリアの部屋の中を伺っていた。
(今日はどっか出かけてんのか?……まあ、昨日あんな事しちまったから、正直すげえ気まずいんだけどよ。居ないとなると、それはそれで気になるんだよな。….…って、鍵は空いてんのかよ。無用心だな)
ラウドは部屋の中に何か置き手紙などがないか、探し始めた。しかし特に何も見当たらず、ラウドは適当にその辺にあった引き出しを開けた。
(ん?これ、手紙か?……でも母親宛か。……やべえな。ひょっとして俺、リーリアに避けられてたりすんのか?)
ラウドが昨日の失態をひどく後悔していると、リーリアの部屋に誰かが近づいてくるような足音がした。
(まずいっ……!)
ラウドは大急ぎで窓から飛び出した。部屋の扉が開き、誰かが入ってくる。
「…………人の気配がしたと思ったけど、気のせいだったかな」
ラウドは宙に浮きながら、バレないように中の様子を一瞬だけ確認した。
(……例の王太子じゃねえか)
アレンは部屋の中で、ラウドが慌てて閉め損ねた窓と、微妙に開いている引き出しに視線をやった。そして中の手紙を確認した後、それを戻して引き出しを閉める。
一方、ラウドは冷や汗を拭いながらも危険を察知し、建物の裏に回り込んでいた。
そこに飛んできたのは、光り輝く水色の蝶。
(……あ?これ、ヴィンセントからか)
彼はそれに触れると、浮かび上がった文字に大きく目を見開いた。
(リーリアの封印が暴走したって、何がどうしてそうなったんだよ……!?)
彼はすぐに焦りの表情を浮かべ、方向を変えると風を操り、大きく加速した。
ラウドは、リーリアが寝かされている部屋の扉を勢いよく開けた。
「……っ、リーリア!!!」
彼は息を切らしながら、そのままベッドに歩み寄ると、彼女の苦しげな顔を見つめ、一度深呼吸をした。そして、意識を両手に集中させると、彼の属性魔法である闇の力を使った。
幻想的ともいえる紫色の輝きが、闇の反対属性である光の力で施された封印の力とぶつかり、強い圧力で跳ね返されるような感覚に、ラウドはさらに意識を集中させた。
しばらくすると、痛みに歪められていたリーリアの表情が、ふっと和らいだ。そして強張っていた身体から、一気に力が抜けていく。
ラウドはそれを確認し、大きく息を吐き出した。
「………よし、おさまったな」
「ふう、これで一安心かのう」
「さすがラウドだね。お疲れ様」
「……お前が連絡してくれたお陰で、大事にならずに済んだ。助かったぜ」
疲れたように額に手を当てるラウドに、マリーは震える声で頭を下げた。
「この度はお嬢様を助けて頂き、本当にありがとうございます……!」
「礼なんか要らねえよ。リーリアは俺にとって……その、大切な同盟相手だからな。当然の事だ」
「大魔導士殿……!」
その時、ベルモンドとリューネが部屋に入って来た。ベルモンドはリーリアがすやすやと眠っているのを見ると、魔導士3人に向かって、頭を下げた。
「本当に何とお礼を言っていいのやら……あなた方には、娘を二度も救って頂いた」
「あー、その、別に気にしなくていい……いや、気にしないで下さい」
ラウドは公爵を前にし、咄嗟にかしこまった喋り方をしようとしたが、ベルモンドはそれを手で制した。
「あなたのお話は娘から聞いている。どうぞ、楽な話し方で構いません」
「……それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうぜ。それで、今の状況だが………封印の暴走は抑えられたものの、リーリアは今眠っている状態だ。恐らく、相当な負荷がかかったせいだと思われる。明日の朝には目覚めると思うが、頼みがある。念のため、今日はこの屋敷のどこかに泊まらせてくれないか?」
「分かった。すぐに部屋を手配させよう」
ベルモンドが退室すると、リューネはラウドに歩み寄り、手を握った。
「……リーリアを助けて頂き、本当にありがとうございます。封印の事だけではありません。この子はあなたに会ってから、色んな表情を見せてくれるようになったわ。この子を救ってくれて、本当にありがとう」
「……いや、俺はそんな、」
「良いんです。もしあなたにそのつもりがなくても、あなたはリーリアの心強い味方になってくれているわ」
そう言ってリューネは微笑んだ。ラウドは何と答えたら良いか分からず、黙り込む事しか出来ない。
「さて、皆さん、温かいお茶を用意させましたので、お部屋にご案内しますわ。マリー、あなたも疲れたでしょうから、今日はもう休みなさい」
「……はい。ありがとうございます」
部屋に残されたマリーは、リーリアの寝顔を見つめた。今はもう苦しみの色は全く見えず、口元は少し微笑んでいるようにさえ見える。
だが、それはすぐにぼやけて、見えなくなってしまった。
(……封印が、こんなにもお嬢様を苦しめるものだったとは、知りませんでした。本当にご無事で良かった)
マリーは、安堵と、無力感によるやるせなさの両方によって溢れてくる涙を堪えることが出来ず、リーリアの眠るベッドの側で、静かに涙を流し続けていた。




