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公爵令嬢のとんでもない勘違い  作者: 夏の柴犬
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牙を剥く悪夢


 ミシェルは部屋を出て行った。1人残されたアレンは憎々しげに顔を歪めた。


(ああ、腹立たしい……ミシェルめ、笑っていられるのも今のうちだ。君は僕を上手く操っているつもりかもしれないが、2日後、君は思い知ることになるだろうね。所詮君の行動は全て、僕の計画の中の一部分でしかないんだよ)


 アレンの苛立ちは収まることを知らず、彼が思わず握りしめた拳からは、先ほどミシェルが出した光よりも強い光が飛び出して、大きな音と共に空中で爆ぜた。


 アレンはそんな自分の手を見下ろす。そして、くくっと口元を歪めた。


(……この力があれば、僕は確実にミシェルを封じ込める事が出来る。それに、やはりリーリアの方も僕の予想通り動いてくれたし、今のところは順調だ。……そういや、あいつはもう見つけられたのかな)


 彼は部屋を出て、そのまま庭園に向かって足を進めた。


 外は、春とはいえ、真昼ということもあってなかなか日差しが強い。アレンが目を細めながら、あたりを見渡すと、魔法で作られた、蝶の形をした光が飛んでくるのが目に入った。


 アレンは指先でそっとその水色の光に触れる。少しひんやりとした感覚の後、その光は弾け、『無事にターゲットを見つけられた』との文字が浮かび上がる。


 アレンはそれを読み、満足そうに目を細めた。








 さて、一方その頃、マリアの花冠作りは終盤に入っていた。

 渡す相手をイメージして、花冠には水色の花を基調に、白い花も混ぜて作っている。しかしマリアは完成間近というところで、少し華やかさに欠けると思い直し、ぴったりの花がないか、あたりを見渡していた。



その様子を少し離れたところで見守るリーリアとマリーだったが、突然、どこからか馬の蹄の音が聞こえてきた。


「おや、これはこれはリーリア嬢。こんなところでお会いするとは」


「………あら、ごきげんよう。レイゼント様」


 やって来たのは、今まさにシュバルツ家の話題に上がっていた、伯爵家の次男だった。

 レイゼントは馬を降りると、こちらに歩み寄ってくる。リーリアは警戒心を露わにしながらも、レイゼントを真っ直ぐに見つめた。


「こんな人気のないところでお会いするだなんて、そんな偶然もあるのですね。……それとも、必然だったりするのかしら?」


「ははっ、そんな怖い顔をしないで下さい。これも運命というやつかもしれませんよ?もしかしたら、あなたの運命の相手はこの僕かも、なんて」


「あり得ませんわ」


 リーリアの容赦ない返答に、レイゼントは肩をすくめた。そして、離れたところにいるマリアをちらりと見た。


「あちらが、公爵家の次女、マリア嬢ですか?可愛らしいですね。幼いながらも、あなたに似て美人なのが分かります」


「お世辞なら結構よ」


レイゼントはそんなに気になるのか、マリアをじっと見つめている。リーリアは彼の視線を遮るかのように立ち塞がった。


「……そういえば、あなたに一つお聞きしたいと思っていましたよ。あなた、幼い頃にわたくしと会ったことはあるかしら?例えば、わたくしの6歳の誕生会などで」


 リーリアはお茶会の時に感じた、嫌な予感の正体を突き止めようとして、そう聞いた。

 マリーはリーリアが襲われた誕生会の日、マリーに道案内を頼んで来た少年の髪は、栗色だと言った。そして、今目の前にいるレイゼントの髪も、同じ色なのだ。


 その問いを聞いたレイゼントの雰囲気が、突然がらりと変わった。彼は愛想笑いをやめ、探るようにリーリアを見た。


「おや、もしやあの言葉の意味に、ご自分でお気づきになりましたか?」


「あの言葉?」


「ええ、鳥籠に囚われた小鳥、という言葉です」


「……そんなこと、今はどうだって良いわ。わたくしの質問に答えて頂戴」


「そうですね……幼い頃なので記憶が曖昧でして、覚えていないのです。どうかお許し下さい」


 リーリアとレイゼントの視線がぶつかる。両者ともに、相手の心を見透かそうとしているかのように、視線を相手から逸らすことはない。


 レイゼントは肩をすくめた。


「リーリア嬢、そう警戒しなくとも、僕はあなたに危害を加えようとしているわけではありませんよ」


「あら、そうですの。ではあなたが何を企んでいるのか、教えて頂いても?」


「あなたと同じですよ、リーリア嬢」


 レイゼントはリーリアの方に歩み寄り、距離を縮めてきた。


「どういうことかしら?」


「僕も、一族の存続と繁栄を願う長子だということです。であれば、ある意味で僕たちは仲間だ。違いますか?」


「……それは……」


「一家の跡取りとして、家のためならどんな努力も惜しまない。そんなあなたに、僕は一種の親近感を感じているんです」


「……何が言いたいのかしら」


「いえ、大した事ではないのです。お互い頑張りましょうと、それだけお伝えしておきます」


 レイゼントは再び考えの読めない笑みを貼り付けると、リーリアに礼をして馬の方へと歩いて行った。



 リーリアに背を向けた瞬間、レイゼントはくつくつと喉奥で笑った。


(リーリア嬢も、あの茶会の時に僕の手を取っていれば、少しは違う未来になったかもしれないのに。すでに裏切り者の兄を始末する手筈は整って、もう彼女は必要なくなってしまったからね)


 彼は荷物の中から、木の箱を取り出した。そしてその蓋を開けると中に入っていたそれを地面に放った。


(………さあ、この騙し合いの終幕といこうか)








 レイゼントが去り、リーリアはマリアを振り返った。特に異変はないその様子に、リーリアは安心し、ほっと息を漏らした。


 すると、マリアがさっと立ち上がり、リーリアに向かって駆け寄ってきた。


「おねえさま!」


 そしてマリアはそのまま、どてっと派手に転んでしまう。


「マリア!大丈夫?」


 まさかの本日二回目の転倒に、リーリアはマリアに駆け寄り、そして優しく諭した。


「もう、わたくしは逃げないのだから、走らなくても大丈夫よ。次はゆっくり歩いて頂戴ね」


「……はい、おねえさま」


 マリアは少し俯くと、地面に座り込んだまま、おずおずと完成した花冠をリーリアに見せた。


「あの、これ……おねえさまにお渡ししたくて作ったの。おねえさま、受けとってくれる?」


「まあ……!わたくしのために作ってくれていたの?」


「はい!」


「ありがとう、マリア!本当に、本当にとても嬉しいわ!」


 頬を染めて、心から喜んでいると分かる姉の様子に、マリアは照れた様子で笑った。マリーも、リーリアはやはり気付いていなかったか、と苦笑いしつつも、その様子を見て、彼女もまた幸せな気分に浸っていた。



「じゃあ、おねえさまの頭にのせてあげる!」



 そう言ってマリアは立ち上がろうとした。



 しかし




「……っ痛い!!!」



「マリア?」


 マリアは叫ぶと、その場にうずくまった。


「マリアお嬢様?如何なさいましたか?」


「あのね、いま、何かが足を….…」



 リーリアがすぐさまマリーの足元にしゃがみ込むと、長い舌を持つ、細長い生き物が草むらに逃げていくのが視界に入った。


「……蛇に噛まれたんだわ!」


 マリアの足にある噛み跡を確認したマリーは鋭い声で叫んだ。


「もしかすると毒蛇の可能性もございます。急いでお屋敷に戻りましょう!」


 そう言ってマリーはマリアを抱き上げた。マリアは体が小さいため毒の周りが早いのか、マリアは意識が朦朧とし始めている。しかし、手にはしっかりと花冠を握っていた。


「……マリア!しっかりするのよ!!」


(毒蛇に噛まれたらどうすればいいの?毒抜きの方法なんて分からないし、お屋敷に着くまでに容体が悪化することもあるかもしれないわ!)


 離れたところに停めてあった馬車に到着し、御者は馬を急き立て、屋敷へと急いだ。


 先ほどよりも明らかにぐったりとして、額に汗を浮かべているマリアを見て、リーリアの頭に、最悪の可能性がよぎる。



(………このままでは、マリアは、死んでしまうの?)



 ドクン、と心臓が大きな音を立てる。


 全身を巡る血液が、だんだんと沸騰するかのように熱くなっていく。


どことなく様子がおかしいリーリアを見て、マリーは自身の焦る気持ちをぐっと堪え、リーリアに声をかけた。


「お嬢様、こんな状況ですが、お気を確かに」



 しかし、マリーの声はリーリアには聞こえていない。マリアの苦しそうな息遣いだけが、リーリアの頭の中に響き渡る。


(マリアが死ぬだなんて、そんなの嫌……!ああ、今この瞬間だけでも万能の力を持っていたらどんなに良いかしら!そしたらこの子を助けてあげられるのに!……この子を助けてあげたいのに!)



 そう強く願った時、その願いに呼応するかのように、リーリアの中の何かが、大きく脈打った。

それは凄まじいエネルギーを解放するかのように、彼女の中で大きく膨らんでいく。



 何かが爆発する。



 そう思った時、リーリアを襲ったのは激しい痛みだった。


 突然、心臓がギリギリと縛り上げられているかのような痛みに襲われ、息が出来ない。


 その症状は、以前経験したものよりも、段違いに強くて。


(……っこんな時に、どうして封印が!?)



「お嬢様?……お嬢様!?」


 マリーは苦しそうに顔を歪めるリーリアを抱き抱え、自分に寄りかからせた。


「お嬢様!?息が出来ないのですか?」




 リーリアはかろうじて頷いて見せたが、彼女はその後、崩れるように意識を失った。











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