久しぶりの我が家
次の日の朝。
リーリアは気分転換にと、マリーと王宮の庭園を散歩していた。この庭園は、ミシェルとアレンの姿を見かけた、ある意味では事の始まりの場所である。
昨晩は少し気温が下がったのか、植物の葉はしっとりと濡れている。
リーリアは小さく伸びをして、清々しい空気を胸いっぱい吸い込んだ。
(……ふう、こんなにちゃんと外に出たのは久しぶりね。やはり外の空気は気持ちが良いわ)
微笑みを浮かべているリーリアを見て、マリーも口元を緩めていた。
(昨日はお嬢様もお疲れのようでしたが、今朝は少し回復していらっしゃるようですね)
2人が清々しい朝の空気を堪能していると、何者かの足音が聞こえて来た。
「リーリア、こんなところにいたのか」
やって来たのはアレンだった。
マリーは礼をして後ろに下がりつつも、探るような目をアレンに向ける。
リーリアも条件反射的に、少しだけ後ずさってしまった。
「……おはようございます、アレン様」
「おはよう、リーリア。……その、君を探していたのは、君と話がしたかったんだ」
アレンは眉根をきゅっと寄せ、視線を床に落とした。昨日と打って変わってしおらしい彼の様子に、リーリアは少し驚いていた。
「ええ、何でございましょう?」
「昨日は、本当にすまなかった。君が部屋を出て行ってから、頭を冷やしたんだ。僕は随分、君への配慮が足りなかったと」
「い、いえ、わたくしの方こそ、話の途中で抜け出してしまって……」
「いや、僕が君の気持ちにもう少し注意を払っていたら、そもそもすれ違いは起きなかっただろう。本当に申し訳ない」
頭を下げるアレンに、リーリアは慌てて言った。
「アレン様、頭をお上げ下さい!わたくしはもう、気にしておりませんわ。それに、アレン様だけのせいではございませんもの」
「……ありがとう。君は本当に優しいね」
アレンは顔を上げ、リーリアを見つめると、弱々しい微笑みを浮かべた。リーリアもそれに合わせるように、アレンを見つめていた。
それは、和やかな仲直りの現場に見える。
しかし、マリーの表情は少し険しかった。
(アレン様のこの変わりよう、何か裏がありそうだと疑ってしまうのは、流石に考え過ぎでしょうか?この方の考えている事が読めませんね……)
しばらく静かな時間が流れた後、アレンは口を開いた。
「……それで、リーリア。もし何か欲しい物とか、やりたい事があれば教えてほしい。出来る範囲でサポートするから」
「では、お言葉に甘えて、一つお願いしてもよろしいでしょうか……?」
「もちろんだよ」
リーリアの望みは、ただ一つであった。
「マリアに…妹に会いたいですわ。ですので、1日だけでも、屋敷に帰らせて頂けないでしょうか……?」
「……ああ、構わないよ。では、馬車を用意させておくよ」
「まあ、ありがとうございます」
リーリアは、久しぶりの我が家に帰れることになり、表情をぱあっと明るくさせた。
マリーもリーリアの嬉しそうな顔に安心したが、リーリアの隣で、依然として穏やかに微笑んでいるアレンに視線をやった。
(アレン様も昨日の件を受け、少し改心なさったという事でしょうか?そうだとしたら何も問題はないのですが、どうにも違和感が拭えませんね……)
しかし、違和感があったとしても、家に帰れるというのはやはり嬉しい事で。
リーリアとマリーは、昼頃屋敷に到着した。
馬車から降りると、知らせを受けたリューネが屋敷から飛び出して来た。マリアも一緒だ。
「お帰りなさい、リーリア。随分急だったから、何も用意できていないのだけど……」
「いえ、こちらこそ便りを出す前に帰ってきてしまい、申し訳ございません」
「いいのよ。ここはいつでもあなたの帰る場所だもの。それに、マリアもすごく喜んでいるのよ。ねえ、マリア?」
「おねえさま、おかえりなさい……!」
そう言うなり、マリアは我慢しきれなくなったのか、リーリアに勢いよく抱きついてきた。
その様子にリーリアは胸がぎゅっと締め付けられ、マリアを抱きしめ返した。
「まあまあ、マリア、久しぶりね。元気にしていたかしら?」
「はい。……でも、寂しかったです」
マリアは少しだけ涙目になっている。リーリアは妹の頭を撫でた。
「マリア、寂しい思いをさせてしまってごめんなさいね。でも、今日はここに居られるから、一緒に過ごしましょう?」
「さあ、中に入って。お父様も、あなたに会いたがっているわ。それに、マリー。あなたもゆっくりしていってね」
「お気遣い、ありがとうございます」
リーリアはマリアと手を繋いで屋敷の中に入って行った。マリアの小さい手が、リーリアを離すまいとしているかのように、リーリアの手をぎゅっと力強く握りしめている。
(マリアにとっては、急に家族が1人居なくなってしまったんだものね……今後はもう少し頻繁に会いに来るわ)
そして、屋敷の使用人たちの出迎えを受け、廊下を歩いている途中、リーリアは手紙のことを思い出した。
(そういえば、昨晩お母様に向けて書いた手紙、引き出しの中に入れたままだわ。でも、もう必要なくなってしまったし、今度捨てておきましょう)
そう考えたところで、リーリアは父の待つ部屋に到着し、その扉をノックしたのであった。




