互いを想う気持ち
リーリアのその発言を聞いたラウドは顔をしかめた。
「あ?一体どういう風の吹き回しだ?」
「……先ほど伯爵と話した時に、こう思ったの。この協定は、ラウドにとって、マイナスなことが多すぎるのではないか、と」
「………。」
「この協定が無事に成功すれば、わたくしは自分の封印を解くことも、公爵家の安泰を守ることも叶うわ。でも、ラウド、あなたは違う。あなたは街で起きてる不可解な事と、封印に関することが解決するだけ。……それに、あなたは過去に何か辛いことがあって、それには伯爵も関わっているのでしょう?先ほど伯爵が言っていた脅しのような言葉、あれが本当なら、あなたにとってメリットがほとんどないこの協定のせいで、あなたを苦しめてしまうかもしれない……!」
リーリア自身、協定を結んだ当初は、アレンから婚約破棄を突きつけられたとしても一家が落ちぶれないよう、魔導会に協力してもらう算段であった。だが、リーリアは今日、いつも余裕そうな彼が伯爵と接触したことで見せた、激しい感情と、脆い一面。それを見たリーリアは、自分のせいでラウドが傷つけられてしまうかもしれない恐怖を、はっきり自覚したのだ。
「……ちょっと待てよ」
ラウドは眉をひそめ、不機嫌さを露わにした。
「俺はあの舞踏会で、お前を助けると決めたんだ。封印に関することも、世間体に関することも両方な。そして今もそれは変わらねえ。なのにそれを今更、あんな奴に脅されたくらいで撤回するような、弱っちい男だとでも思ってんのか?」
「……っでも、」
「でもじゃねえ。いいか?お前はそんなこと気にせず、自分の家の安泰と、俺に守られることだけ考えてればいいんだよ。男に二言はねえ。いいから余計なこと考えず、俺にお前を守らせろよ」
「っ、ラウド…………」
リーリアはラウドのその温かい言葉に、嬉しいような、それでいて申し訳ないような複雑な気持ちで胸がいっぱいだった。しかしラウドという味方がいる事が、彼女に心強く思う気持ちを生み出した。
「……ありがとう、ラウド」
「ああ。それで良い」
それから二人は、今後の作戦会議をした。
封印の解き方は、引き続きラウドが魔導会を率いて調べることになった。
「ではわたくしは、明日、もしくは明後日にでもアレン殿下とお会いするわ。もう一度殿下の意図を探ってみたいの」
「分かった。ついでに今日の茶会での査定の結果だが……やはり全員の魔力が少しだけ減少していた」
「まあ………」
「それと、やはり増えている奴はいなかったものの、伯爵の力だけは変化がなかった。この事と伯爵が街でこそこそ動いているという事から考えて、伯爵が人々から魔力を奪ってるのは間違いねえだろうな。だが、その魔力の行き先がどこなのか、何に使われているのか、それがさっぱり分からねえ。もしかしたら、あの破魔の力を持つとかいう男爵令嬢に横流ししているのかもしれねえが……」
「伯爵のその行動がミシェルの魔力を高める為だとすれば、なかなか面倒なことになりそうね」
「ああ。まあ、今俺たちにできる事は、相手の動向を探る事だ。どうしても後手に回っちまうが、焦っても仕方がない。伯爵がお前に危害を加えようとしていると証明できれば、こっちの勝ちだ」
「………そうね」
ひとまず今後の方針が決まり、二人は同時に小さく息を吐き出した。だが、今の二人には疲労感だけでなく、多くの謎が徐々に明かされているという確実な手応えがあった。この調子では、伯爵とミシェルの企みが暴かれるのも、時間の問題であろう。
少しだけ肩の荷が降りたリーリアは口を開いた。
「そういえば……お茶会では、大人気ない態度を取ってしまってごめんなさい」
「ん?ああ。……くくっ、おおかた執事に扮した俺が格好良くて、他の令嬢に嫉妬してたっていうやつだろ?」
「もう……ふふっ、その通りよ」
たまにはリーリアの方からラウドを揶揄ってやろうと、リーリアは素直に答えてにっこりと微笑んだ。
「……っ何だよ、今日はやけに素直じゃねえか」
「あら、素直なわたくしでは駄目かしら?今日のラウドは立ち姿もお茶の淹れ方も完璧で、このままラウドにわたくしの執事になってほしいくらいだわ」
「ああもう、やめろ!なんかそれ、すげえ調子狂う」
ラウドは追い払うように手を振りながら、そっぽを向いた。髪からのぞく彼の耳は、少しだけ赤い。リーリアは愛しさが溢れ、胸がぎゅっと締め付けられた。
彼女はラウドが帰った後、アレンに訪問を予告する手紙を書こうとして、その手を止めた。
(……いっそのこと明日、不意打ちで王宮に突撃してみようかしら)
ここ最近、リーリアはアレンにもミシェルにも会っていないが、マリー曰く、ミシェルは伯爵と何やら行動を共にしていたというし、もしアレンの話が本当ならば、アレンもリーリアの知らないところで動いているという事になる。
(一応まだわたくしはアレン様の婚約者ですし、王宮に入るのは問題ないもの。予告せずにお会いした方が、アレン様の真意が少し分かるかもしれないわ)
思い立ったが吉日、とよく言うが、リーリアは次の日、本当に予告なしでマリーと共に馬車で王宮を訪れた。
門番は予定外の訪問に戸惑いを隠せていなかったが、シュバルツ公爵家の名前には逆えるわけもなく、そのまま2人は応接間に通された。
すると、5分も経たないうちに扉がノックされた。
「こんにちは、リーリア。君が事前の手紙なしに訪ねてきてくれるだなんて、珍しいね」
「アレン様、ご無沙汰しておりますわ。最近アレン様にお会いできなかったのが寂しくて、こうして押しかけてしまいましたの。……迷惑でしたら本当に申し訳ございませんわ」
“婚約者を愛する令嬢”らしい言葉がスラスラ出てくることに、リーリア本人も少しだけ驚いていた。
(まあ、わたくしの演技も意外と捨てたものではないわね。今日はこの調子でアレン様を探りましょう)
一方、普段の何倍も愛らしい言葉を紡ぐリーリアに、アレンは最初、少しだけ戸惑った顔を見せたものの、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「随分と可愛いことを言ってくれるじゃないか。僕も君に会いたいと思っていたのだが、何せミシェル嬢対策の事もあるからね、なかなか時間が取れずにいたんだ」
「嬉しいですわ。では、今日は一緒にいてくださるのですか?」
「ああ。久しぶりに2人でゆっくり過ごそう。僕も、ちょうど君と話がしたいと思っていたんだ」
「まあ、ありがとうございます。それではわたくし、久しぶりに殿下のお部屋に行きたいです」
リーリアがそう言うと、アレンの微笑みに、僅かに影が落ちたような気がした。
(……これは、何かやましい事があるのかしら?いや、もしかしたら、わたくしの急な変わりようを不審に思っているのかもしれないわ。確かに、我ながらいつもと打って変わって積極的な発言だったものね)
アレンはリーリアを見つめると、優しく微笑んだ。
「もちろん構わないよ。それじゃあ、行こうか」
リーリアは自然にエスコートしてくれるアレンに腕を委ねながら、見送るマリーを残して、応接間を後にした。
リーリアは久しぶりに会った婚約者の腹を探るべく、アレンにバレないよう小さく深呼吸をして、気合を入れ直したのであった。




