伯爵の陰謀
その頃、ラウドはガイル伯爵を尾行していた。
伯爵は魔導会にとっての危険人物、そして、ラウドにとっては因縁の相手でもある。
(こっちは庭の反対側だが、こいつ、どこへ向かってやがる……?)
人気のない茂みに差し掛かった時、伯爵は突然歩みを止め、ゆっくりと振り返った。
「……ここまで来れば問題ないだろう。さて、気付いていないとでも思ったか?さっきからこそこそと私の後をつけて、なんのつもりだね?」
ラウドは低木の密集地帯に隠れていたが、立ち上がり、ゆっくりと姿を現した。
「これはこれは、随分久しぶりだな。元気にしていたか?大魔導士ラウド」
「……なぜお前が俺の正体を知っている?」
「街で聞いたのだよ。いやはや、まさか大魔導士の正体がお前だったとはな。街の人々にとって魔導会は正義のヒーローだとか。素晴らしい心がけじゃないか。……それに、ヴィンセントもお前と共にいるんだろう?」
「さあ、どうだろうな」
「しらばっくれても無駄だ。私がこの目で見たんだからな」
「はっ、今のを聞いて確信したぜ。やはり最近街で魔力を持った一般人を買ってるのは、お前の仕業だろ?」
「おやおや、なにを言い出すかと思えば、証拠もないのに言いがかりをつけるのはやめていただきたいね」
「ったく、そのクソみてえに白々しい態度は相変わらずなんだな」
「それにしても、ラウド。最近はとあるご令嬢に随分肩入れしているようじゃないか」
ガイル伯爵は口元を歪めた。
「お前のことだ。あの令嬢の封印についても、とっくに気付いているのだろう?」
「……っ、どうしてお前が封印のことを知っている?」
「どうしてって……あの封印を施したのは、私だからだよ」
ラウドの目は大きく見開かれた。最悪な過去の記憶と共に彼の中に湧き上がってきたのは、激しい怒りだった。
「……ってめえ、あいつに何しようとしている!?」
「ははっ、この話題でお前がそこまで激しい感情を持つとは、予想外だったな」
「……っ御託はいいからさっさと吐けよ」
ラウドがさっと右手を振ると、漆黒の槍が出現し、勢いよく伯爵へと襲いかかる。が、伯爵はすぐさま氷の壁を作り出すと、その攻撃を防いだ。
ラウドはさらなる攻撃を仕掛けようと、右手に魔力をためている。
「おや、ここは公爵家の屋敷だが、良いのかね?誰かに見つかれば、お前は伯爵に魔法を使って襲いかかる、不届き者の執事ということになるが?」
「………くそっ」
どんな理由があろうとも、リーリアの顔に泥を塗る事はできない。ラウドは仕方なく右手の魔力解放を中止した。
その時だった。
「ラウド!今すぐ伯爵から離れて!」
「リーリア!お前、どうしてここに来た!?」
息を荒げながら、リーリアがドレスの裾を持ち上げてこちらに走ってきた。後ろにはマリーもついている。マリーは伯爵を見た途端、その表情を凍りつかせた。
「……お嬢様。あの日、お嬢様に危害を与えようとしていたのは、この男に間違いありません」
「そう、やはりね」
「っおい、リーリア、この男は危険だと言っただろう?今すぐここから立ち去れ。お前の封印はこいつの仕業だと、今こいつ自身が白状した」
「何ですって?」
リーリアは険しい表情で伯爵を見た。マリーとラウドの証言から考えて、現段階で既に伯爵は限りなく黒に近い。
「ガイル伯爵、昔の事とはいえ、あなたが公爵家の娘にそんなことをしたとなれば、どうなるか分かっておいでですわよね?」
「もちろんですよ、リーリア嬢。しかし、私はそのような事は申し上げておりません。その男の出まかせでございましょう。公爵家の新入りの執事と、伯爵である私の言葉、どちらが信用できるのかは比べるまでもございません」
リーリアの言葉を飄々と受け流し、伯爵は口角を吊り上げる。リーリアの視界の端で、マリーが拳をぎゅっと握り込むのが分かった。
伯爵の視線はそんなマリーを素通りし、ラウドに止まった。
「そうだ。これは私からの忠告だが、ラウド、お前がこの件から手を引かなければ、お前が作り上げた魔導会が危ういぞ?……もっとも、あの時と同様、大切な居場所がなくなっても良いのなら、話は別だがな」
「……っ!てめえ!」
「それではリーリア嬢、私はこれにて」
伯爵は恭しくお辞儀をして見せると、くつくつと喉奥で笑いながら去って行った。
ラウドは拳を握りしめ、目には激しい怒りが宿り、獰猛な光を放っている。リーリアはこんなに激しく怒るラウドを見るのは初めてだった。
リーリアはマリーに言った。
「わたくしの体調が悪くなって、執事が部屋に送って行ったという事にして頂戴。来客の方はまだ会話に花が咲いているようだし、お茶会の終了時間は予定通りでいいわ」
「かしこまりました」
リーリアはラウドを来客用の部屋に案内し、座らせた。ラウドは少し落ち着いたようだが、過去の記憶が頭から離れないのか、どこかぼんやりとしている。
リーリアはあえて彼の向かいではなく、隣に腰を下ろした。これからする話によっては、お互いの顔が見えない方が良いと判断したためである。
リーリアが黙っていると、ラウドがぽつりと呟いた。
「……すまねえ、取り乱しちまったな」
「いいのよ」
「もう気付いているだろうが、前に俺が話した昔の話に出てきた、とある事件。それには、あの伯爵が関与しているんだ」
それだけ話すと、ラウドは再び口を閉ざしてしまった。リーリアは何となく、彼がその記憶に触れるか迷っているようにも見えた。だからリーリアは彼が口を開くよりも先に話し始めた。
「……辛い記憶なら、話さなくても良いわ。別にわたくしは、そこまでしてあなたに話して欲しいとは思っていないとの。だから、あなたの話を聞かせてくれた時に約束した事を、今果たそうと思うの」
「俺にお前の話をする、ってやつか?」
「ええ、そうよ……とは言っても、正直なところ、わたくしに改めて語るような話は一つだけしかないし、幼少期の生活も、きっとあなたが想像している通りのものだと思うわ。でも、それでは、ラウドが過去を明かしてくれた事を考えれば、割りに合わない。……だからわたくしは、過去の出来事に加えて、わたくしの思いを、あなたに話そうと思うの」
そう言うと、リーリアは真剣な瞳でラウドを見つめた。ラウドはもう回想に浸ってはおらず、彼もまたリーリアの視線を真っ直ぐに受け止めていた。
「まず、先ほどガイル伯爵がわたくしに封印をかけた、と言っていたけれど、それはもう間違いないわ。わたくしの6歳の誕生日のお祝いの日、伯爵は1人になったわたくしを狙って、わたくしの魔力を封印したの。そこにマリーもいたのだけれど、マリーも襲われて気を失ってしまったわ。そして、もう一つ。わたくしが1人になってしまったのは、1人の少年がマリーにお手洗いまでの案内を頼んだからなのだけど……その少年、伯爵の息子である可能性が否めないわ」
「待った。それ、何年前の話だ?」
「10年前よ」
「だったらなおさら、伯爵の息子というのは本当なのか?」
「……?ええ、本日のお茶会でラウドが伯爵を追いに行った直後、伯爵家の次男、レイゼント様に話しかけられましたの。どうやらレイゼント様は幼い頃にわたくしと会った事があるようなのですけれど、その6歳の誕生会以外のタイミングは考えられませんの」
「なるほど、次男、ね。という事は、お前の封印は伯爵家の陰謀と見て間違いないんだな」
「そうなの。だけど、わたくしの封印の犯人が分かったところで、封印に関する記憶は思い出せないの。実際の場所に行ってみたり、今日も伯爵に直接会ったのに、これっぽっちも思い出せそうになくて、わたくしが思い出せるのはここまでだわ……」
「まあ、忘却の術をかけられている可能性もあるからな。そんなに気落ちすんな」
「でも……ラウドはわたくしに誠意を持って話してくれたのに、これだけしか話す事がないわたくしに、自分でも嫌気が差すわ」
「ったく、良いっつってんだろ。お前に話したのは別に恩を売るためじゃなくて、お前に、その……」
「……?」
「い、いや何でもねえ。気にするな」
そう言うとラウドはそっぽを向いてしまった。どこか拗ねたような様子の彼に、リーリアはこんな時でも胸が少しだけ高鳴ってしまうのだった。
「とにかく、伯爵について分かった事を整理しようぜ。つい先日、マリーが魔法使いの男に襲われたのは知っているな?」
「ええ、もちろんよ。氷の魔法だって聞いたわ」
「そうだ。そのマリーを襲った人物も、伯爵と見て間違いないだろう。伯爵はマリーを襲う前、ウィーゼルの近くで、あろうことかあの男爵令嬢、ミシェルと密会していたらしい」
「まあ、ミシェルと?」
「そうだ。そして、街で最近魔力持ちの人間、特に貧しい奴らがとある貴族に金で買われているんだが、その貴族も伯爵で間違いない。マリーが見たと言っていた」
「……ええ、わたくしもそう聞いたわ」
「そして、伯爵の属性は言わずもがな、氷だ。しかし、属性はあくまで属性。つまり、光でも闇でも、少しなら別の力を使うこともできる。だが、お前にかけた封印は相当強固なものだ。だから、氷の魔法を使って封印した可能性が高いが……」
ラウドはぶつぶつと何やら魔法用語のようなものを口にしながら、リーリアの封印についてあれこれと考えているようである。
そんなラウドを見ていたリーリアは、先ほど伯爵と対面した時から抱えていた思いを堪えきれなくなり、意を決して顔を上げた。
「ラウド、わたくしは……あなたと結んだ協定を、破棄しても良いと思っているの」




