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第三章 其のニ

 エルシールは、弱々しい明りを頼りに件の梯子を目指して、選りすぐりの自警団員を引き連れていた。

 地上は、既に日が落ちている頃合いだ。

 エルシールは、唇を噛み締めながら黙々と歩く。


 昼の捜査の後、エルシールはコロナと市街地の中心まで来た道を戻った。引き帰す間、エルシールは終始黙ったままであった。乳飲み子の頃から世話になっているエルシールにとって、父親同然のライヤ神父が『神隠し』に関わっているなどとは到底信じられなかった。いや、エルシールばかりでなく、ライヤ神父の信仰心の厚さを知っているリュックブルセルクの街の住人であれば、ライヤ神父が『神隠し』に無関係であると信じて疑わない。


 しかし、下水道の件の梯子がライヤ神父の屋敷に繋がっていることも間違いなかった。それはエルシールも認めるところだ。そこで、街に帰還したエルシールは、グレイに命じて探りを入れることにした。グレイにライヤ神父の屋敷を訪ねさせたのだ。


 夕方、屋敷を訪ねたグレイは、ライヤ神父自身に直接会うことは出来なかった。応対した待女によれば、「ライヤ教会はまだ街から戻ってきていない」とのことであった。しかし、グレイの本当の目的は、ライヤ神父に会うことではなく、屋敷の中から魔力の残滓が漂ってくるかを確認することであった。

 『黒い影』は恐らく忌族であり、それを召喚したり使役しようとすれば、相当の魔力を要する。もし、屋敷が魔術師の拠点になっているのであれば、魔術師であるグレイには何らかの残滓が必ず感知できるはずであった。


 その結果は、ライヤ神父は『限りなく黒』であった。

 ライヤ神父が不在であったため、グレイは玄関までしか入れなかったが、それでも顔をしかめたくなるような禍々しい邪気を孕んだ魔力を感じた。屋敷の奥から発せられるそれは、隠そうとして隠し切れるような魔力の量ではなく、まともな魔術師であれば一秒たりとも早くその場を離れたいと思わすような死屍めいた魔力であった。もしかしたら、隠す気など初めから無いのかも知れない。


 「応接間で待ちますか」との待女の提案を断り、グレイは屋敷を辞した。もはや、ライヤ神父が何らなのカタチで関与していることは疑いようがないのだから。グレイは門を出る際に屋敷を一瞥すると、死蝋の人形のような待女が恭しく頭を垂れた……。


 グレイの報告を受けたエルシールの決断は早かった。エルシールは今夜中にライヤ神父の屋敷を奇襲する決定を下した。

 まず、エルシールは下水道の地図を用意させ、ライヤ神父の屋敷とどのように繋がっているのかを検めた。その結果、ライヤ神父の屋敷と繋がっているのは件の一つすら載っていなかった。ライヤ神父はリュックブルセルクの領主の地位を先代の父親から世襲しており、恐らく件の場所は用心深い先代が抜け道として用意したものらしかった。


 そこで、戦略を以下のようにした。自警団の中から特に腕に覚えのある者を選抜し、ライヤ神父の屋敷に行くことにした。さらに、屋敷に行く者の内、半分を下水道から進ませ、残りの半分が屋敷を取り囲むことにした。また、下水道から仕掛ける者の内、半分は下水道内に待機させ、残りの半分が屋敷内を奇襲させることになった。無論、この突入部隊こそが自警団の中でも特に選りすぐりの精鋭を集め、隊長であるエルシール自身が率いている。


 ここで、考えるべきは、『神隠し』の主犯が一体どのような魔術師であるかだった。ライヤ神父が魔術師でないことはよく知られており、予想されたことはライヤ神父が魔術師と手を結んだか、魔術師に操られている可能性であった。エルシール自身は後者であると信じたい。いや、エルシールのみならず自警団員全員がそうであって欲しいと切に願っていた。


 決断したエルシールは、自警団員たちを詰所の広間に集め、今回の作戦の要項を説明した。子供の頃から世話になっているエルシールは、たびたびライヤ神父の屋敷を訪れ、その間取りなどは手に取るように頭の中に入っている。その中で、唯一知らないのが、地下室のことである。好奇心旺盛で屋敷中と駆け回っていた子供の頃、階段の傍にある開かない扉について不思議に思い、ライヤ神父に尋ねたことがあった。「そこは、今は使っていない地下室への入り口なんですよ」と神父が言っていたことを思い出す。既に色褪せた記憶だが、今回の事件の手掛かりについて確信めいた閃きがあった。もし子供たちが捕らわれていたとしたら、それは地下室であり、件の梯子の先もまた地下室であろうということだ。


 そこで、エルシールは奇襲の作戦を以下のように練った。先ず、エルシール率いる選抜隊が梯子を伝って地下室に忍び込む。さらわれた子供たちが無事だとしたら、エルシールたちはそう願っているのだが、下水道に配置させた団員に彼らの安全を確保させる。そして、それに少し遅らせて屋敷を取り囲ませている団員たちを突入させ、主犯の魔術師を叩く作戦だ。


 エルシールは真鍮色をした懐中時計を開いた。突入時刻まで残り三分。かつて、二十歳の誕生日にライヤ神父から贈られた懐中時計は、下水道のような暗がりでも、文字盤が浮かび上がって見える優れモノだ。かれこれ十年近く愛用しており、ところどころ磨り切れた傷が入っているが、今まで数々の事件で相棒を務めて来た、とても大切なモノだ。神父から贈られた懐中時計は、エルシールにとってジンクスであった。「今回の事件の裏にいかなる凶悪な魔術師が潜んでいようとも、必ず解決してみせる」、とエルシールは決意を宿す。懐中時計を懐にしまうと、後ろに控えている団員たちにいった。


 「時間よ。子供たちの安全を確保、そして魔術師の捕縛」

 エルシールの言葉に団員たちが力強く頷いた。


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