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第三章 其の一

 今まで『神隠し』が起きても、手掛かりは一つもつかめていなかったにもかかわらず、翌日、今回は意外なカタチで手掛かりでもたらされた。いうまでもなく、クレスタから聞かされていたガラス珠であった。


 「ここね……」

 厚い曇で覆われた薄ら寒い朝、エルシールと自警団員数人は、昨日サーニャがさらわれた現場近くの路地裏にいた。コロナもその場に居合わせている。

 コロナたちが見下ろしているには、下水道の入り口(マンホールのようなレンガ造りのフタ)であった。今朝早く団員の一人が、下水道へ続くフタの傍で、場所には似つかわしくない数個の輝く小石を発見した。拾い上げると、赤や紫で彩られたガラス珠であった。不自然に感じた彼がエルシールに報告した次第であった。


 「恐らく、犯人は下水道を利用して逃げていたのね。目撃者がいない筈ね」

 「どうするの?追いかけないの?」

 傍らのコロナがエルシールに尋ねた。

 「もちろん、今から潜入するわよ。ただ、誰が行くか?大勢で行動すれば、相手にも気取られかねない。調査という観点からは、二人が適当かしら。まず、私が行くとして、さて、もう一人は……」

 「わたしが行くわ。エルシールは剣術が得意でしょう。だったらもう一人は魔術師の方がバランスが取れているわ。相手は恐らく魔術師。剣だけでは不安でしょう?」

 コロナがすかさず申し出た。エルシールは顔を濁らす。

 「だったら、グレイが適任よ。彼は剣にも魔術にも長けている」

 エルシールは振り返って、副隊長のグレイを見る。グレイも頷く。

 「それじゃあ、地上の指揮は誰が執るの?残りの部隊にはグレイさんが必要でしょう?」

 エルシールは腕組みをしたまま、深い溜息を吐く。グレイも苦笑いをする。

 「どうして、貴方はそういうことには聡いのかしら。もう少し子供らしくしたら?」

 「お褒めに預かり、有難うございます」

 「褒めていない」

 胸を張るコロンに、呆れ返るエルシール。グレイは苦笑しぱなっしだ。

 「分かったわ。認めましょう。ただし、今回の目的はあくまでも調査。『神隠し』の居場所を突き止めることが目的。それ以上の深入りは決してしない」

 「でも、」と一区切りをつけてエルシールは続ける。

 「調査と云っても、危険がないとは限らない。絶対に、自分の命は自分で護ること」

 「ええ、分かっている」

 鋭い眼光のエルシールに圧倒されそうになりながらも、コロンは頷く。

 「じゃあ、行きましょう。グレイ、後のことは宜しくね」

 「分かりました」と答えるグレイ。

 かくして、エルシールとコロンは下水道へと足を踏み入れた。


 光が一切届かない下水道は、暗い洞窟そのもので光を拒んでいるようであった。暗い洞窟と云う表現はまだ生易しい表現かもしれない。屎尿を混ぜたような鼻を襲う腐臭と目を覆いたくなるような汚物の塊は、この空間がまるで異界か生物の胎内であるような錯覚をもたらした。

 無論、他の街に行っても下水道の姿など大差ないであろう。しかし、今街に降りかかっている『神隠し』を読み解くに当たって避けては通れない道とあれば、下水道に特有の薄気味悪さは周囲に充満する不快感を一層際立たせる。


 コロナの胸の中に薄ら寒いモノが駆り立てられる。

 歩く度に、乾いた足音が下水道内部に反響する。気持ちを整えようとして、呼吸の度に咽返るような空気が肺の内部に流れ込む。

 「さすがに魔力の残滓を追って行くことは無理か。罠も無さそうね」

 コロナは神経を尖らし、周囲の状況を把握する。微力な魔力の残滓は恐らく先日の『黒い影』のモノであろうが、時の経過と共に霧散したそれはあまりにも希薄であり、辿ることによって『神隠し』のもとに辿り着くのは不可能であった。同時に、他の魔力も一切感じられない。少なくても魔術を利用した罠は張りめぐらされていないことになる。もっとも、使い魔を使役するような細心の注意を払う魔術師が、わざわざ自分の居所を教えるような標となる魔術の痕跡を残したり、簡単に見破られるような罠を設置するはずもないだろうが。


 暗闇に目が慣れてくるにつれ、下水道内の様相が分かるようになるが、それでも小さなガラス珠を拾い出すことは困難だ。コロナはぼやく。

 「光が必要ね」

 「そうね。相手に居場所を知らせるようなものだから、本当は灯を点けたくないのだけれども。さすがに光なしでは何も見えないわね」

 「じゃあ、私が光の魔術を使いましょうか」

 「ダメよ。相手の魔術師に感づかれるのじゃない?それに、無駄な魔力を使う必要はないわ。私がランプを用意してきているから」

 エルシールは、懐から携帯用のランプを出して点灯させた。橙色の光が薄汚れた周囲をぼうっと照らし出す。脇に流れる下水の底は黒光りし、汚泥が貯まっているようであった。

 「じゃあ、行きましょうか」

 「ええ」

 コロナたちは歩を進める。


 ランプを持つエルシールが先頭を立ち、コロナが後に続く。エルシールが物理的な罠が設置されていないかを確認し、さらにコロンが魔術の罠が張られていないか気を配る。

 複雑に入り組んだ下水道は、どこまでも暗く長く延び、一種の迷路さながらである。何の目印もなく、正体不明の『神隠し』に辿り着くことなど不可能であろう。暗闇の中の唯一の手掛かりはサーニャが残したガラス珠である。

 ガラス珠は暗闇の下水道内を一定の間隔で続いていた。エルシールがランプをかざすと、光を反射してガラス珠はキラリと輝く。それらを辿って行く。


 進みながらコロナは考える。

 ――康介は落ち込んでいないかしら。

 就寝前の悄然とした康介の顔が思い浮かんだ。彼は口で理解を示し、何事でもないかのように隠し通そうとしていたが、寂寥感に表情をかげらしていた。コロナから見ても、康介は鋭敏すぎる嫌いがあった。何が彼を追いたているのかコロナは知らないし、尋ねたところで曖昧にごまかす彼を、無闇に詮索したり事立ててまで追求しようとは思わなかった。しかし康介を見ていると、両親を失い、全てに怯えていた頃の自分にどうしてもだぶらせてしまう。だからこそ、少しでも彼の力になれたらよいと思っていた。

 康介が今回の調査に身を乗り出そうとしたことは好ましい傾向であると思う。理由はどうであれ、、彼の積極的な心境の変化は前向きな兆候として捉えるべきであろう。それにもかかわらず、自分たちは『自分の身を護る術を持っていない』との理由で、彼の決意を折ってしまった。康介は納得してくれただろうが、果たして今回のことが仇とならなければよいが。


 それから、二、三時間ほど歩いただろうか。

 「どうやら、ここが終着点のようね」

 エルシールが立ち止まった。

 地上へと続くと思しき梯子の下に、数個ものガラス珠が散らばっている。それは、入り口のところにも数個のガラス珠が転がっていた場面と同じであった。一方、下水道の中はガラス珠がところどころに一個ずつ落ちているだけであった。となれば、この梯子から地上に出たと考えるのが妥当であった。


 念のためにエルシールが周囲を調べるが、それ以上はガラス珠が見つからない。エルシールはコロナの方に振り返り、

 「外に出るわよ」

 コロナが黙って頷く。

 しかし、エルシールはその梯子に手すら掛けずに、すたすたとさらに歩き出す。

 「外に出るんじゃなかったの?」

 コロナが思わず尋ねた。

 「出るわよ。だから、手近な梯子を探しているんじゃない」

 理解が及ばないコロナに、エルシールが続ける。

 「あそこから出たら敵陣のど真中と云う可能性が濃厚でしょう。だから、少し離れた所から出るのよ。もちろん方角と距離は大体把握しているから、あの梯子の真上は見当がつくわよ」

 「成る程」、と納得するコロナ。


 十分程度練り歩き、エルシールは手ごろな梯子を定めた。梯子を上るエルシールのあとにコロナも続く。

 わずかに持ち上げた出口のフタの隙間から、エルシールは周囲の様子をうかがった。明るさに目が霞む。人影こそ見当たらないものの、どうやらどこかの道であるようだった。異常がないことを確認したのち、身を引き出して、コロナに手を貸す。


 「ここは……」

 風に煽られた翻る髪をまとめて、コロナは呟く。

 一望できるリュックブルセルクの街並みを眼下に収めて、ここが街の北外れに位置する小高い丘であることに気がつく。振り返ると、青々と茂った樹が乱立する中に高い塀で囲まれた大きく豪奢な屋敷があった。

 「……」

 エルシールは険しい表情で、屋敷を睨んでいた。屋敷を吟味するようで、それでいて当惑している。まるで、真昼に幽鬼を見たような面であった。

 屋敷が、ガラス珠が散らばっていた例の梯子の上に所在していることは、コロナにもすぐに分かった。


 コロナはエルシールに尋ねた。

 「あの屋敷に心当たりがあるの?」

 「私たちの後見人、すなわち、リュックブルセルク市長であるライヤ神父の屋敷よ」

 一切の感情を廃したエルシールの言葉は、捨てきれない確信を含みながらも、決して受け入れがたい事実だと、彼女の気持ちを雄々しく代弁していた。

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