83 お嬢様は学園でも過保護にされています
教室に入ると、クレアは当然のように私の隣へと座った。
何が嬉しいのか、ニコニコと笑顔を絶やさない。なんだろう……これが原因だったりする?
私も取りたいが……頭を振った程度では落ちないだろうし、ほどけてもクレアがいればまたもとに戻される。
隣にいようとするのも、あんなこともあったから、きっと心配してくれているのね。
思っていたとおり、状況はよくない方向に向かっている。
私と違って、クレアは公爵家のご令嬢だ。私と関わったというだけで、彼女の品性に傷がつくのはよくない。
現に後ろにいる生徒たちからは、好奇の視線に晒されている。クレアは全く気にしている様子はない。
貴族の後ろ盾があれば、相手が相手なだけに、下手に絡んでくる連中はいないとは思う。
どうすれば、よいのかしらね。
「私に何か?」
「ううん、何でもないけど。隣に座るなんてないと思っていたから」
前よりもかなり近い。
「友達なのですから……あっ」
クレアの視線へと顔を向けると、あの王子様が来ていた。クレアの反応からして二人にはなにかがあったのか?
「でしたら、私はこちらに失礼しますね」
「後ろにも席は空いてます。この机は私とイクミ様で埋まっておりますので、そちらへどうぞ」
こんなことを言われるとは思わなかったのか、殿下は少しだけ考えたあと、クレアを見て笑みを浮かべていた。
「そうですか。それにしても、グセナーレ様。今日は随分と可愛らしいものをお付けになっているのですね」
私の髪を見ていたのか……全然嬉しくはないんだよその言葉は。
外したくても外せないこの気持ちがお前には理解できないよね。いつもと違うからちょっとじゃまに感じるし、そんなことを言えばクレアとルビーに何を言われるか。
ため息しか出ないよ。
「このリボン……ああ、なるほど。クレアはいい刺繍をするね。私もほしいぐらいだ」
「だめですよ、それはイクミ様のものであって、殿下のものではありません」
クレアにぐいっと腕を引っ張られながら言われたから、今の言葉は私に向けられているのよね。
ルビー化している可能性がさらに高くなっている。
「ふむ、リボンもいいが髪留めなんかもよいかもしれないね」
リボンか髪留めかと聞かれれば、私としてはどちらもいらない。
いっそのこと、バッサリ切ってしまってもいい。そうだよ、髪が長いからこういう物を付けたがるんだ。
「クレア、ちょっと相談がある……」
「それは、多分無理です。髪を切るなんてありえないですよ」
「なんでわかるの?」
「嫌そうな顔をされながら、ご自分の髪をひっぱっていたので切ればこんなもの付けなくていいとか、可愛いドレスを着なくてもいいとかそんなことを考えていましたよね?」
そ、そこまでは考えていないかな?
いま隣にルビーがいたら、絶対に何度も首を縦に振って頷いているよ。
朝の雑談をすませ、授業も進み実技の時間が始まろうとしていた。
「イクミ様。本日の実技ですが、私と一緒に受けていただいてもよろしいですか?」
クレアとしては、私を一人にしたくないのか今日はずっと一緒にいる。
無理もないと思うが、これはどうすればいいのかわからない。
そもそも何も用意すらしていないのだから、まともな授業になりそうにもない。
「私は本当に何もできないよ? でも、そうよね。少しぐらいは体力をつけていたほうがいいしね」
私が来たことで、クラスの人たちは騒がしくなっている。
私がいると邪魔になるかもしれないし、その気持ちはわからなくない。
「イクミ様。まずは軽く走りますか? それとも素振りを?」
「は、走ろうかな?」
重々しい剣を軽々とクレアは持っているけど、私は絶対それ持てないからね?
あの剣、私の背丈と大して変わらないよ?
走るぐらいならなんとかと軽く考えていた。
そう、足が遅いとか体力がないとかじゃなく、クレアが体力オバケである。
私が一周走っている間に、何周も走り回っている。
運動不足ってよくないのかもしれない。半周走るだけで、もう走れそうになかった。
「疲れましたか? まだ始めて数分ですよ?」
「はぁはぁ、だから言ったよね。体力はないって」
それから少し休むと、木剣の素振りをさせられる。
こちらも以前と比べて大して変わらない。
何十回かの素振りで、腕が震えて木剣を杖代わりにしてなんとか立っている状態だ。
クレアはというと、私ほどの剣を軽々と振り回しているが……アレを片手で?
私の足を持って振り回されそうな感じに思えてしまう。
「グセナーレ様、あまり無理をしてはいけませんよ」
「わかっているよ……申し訳ございません、殿下。疲れてたからと言って、不躾な物言いでした」
「いえいえ、お気になさらず。言葉遣いなど、お気になさらないでください。私のことはライオとお呼びください、敬称も不要です」
王族が何を言っているんだ?
貴族でも、そんなことをしてしまえば不敬罪とかもあったはず。王国の権威を何だと思っているんだ?
「殿下でいいと思います。クレアもそう思うわよね?」
「殿下がよろしいと仰っておられるので、構わないと思います」
現国王の息子に対して、愛称だけでなく敬称すらつけないのは、どう考えてもよくはないと思うよ?
別の問題にも成りかねないだろうし……この人は自分の立場というのを理解しているのかしら?
「二人とも私に対して、かなり丁寧な話し方を止めてくれるのなら考えるわ」
「クレア。私の話し方はそんなにも丁寧だろうか?」
「普段と何も変わらないと思いますよ。イクミ様の勘違いかと思われます」
この二人は何を言っても無駄のようね。
私に一体何を期待しているのかわからない。それでも、二人の様子からして警戒をする必要もないと思う。ルビーもトパーズも何も言ってきていないのが何よりの証拠だと思う。
それにしても、もう走りたくないよクレア。
「後もう少しで一周ですよ」




