81 お嬢様の勘違い
目が覚めると、朝日がまだ昇っていないためか部屋は薄暗い。
随分と寝ていたのか、おかげで頭はかなりスッキリとしている。
色々と重なったことで、疲れが出たのかもしれない。
カーテンを開け、大きく背伸びをすると、自然と息が漏れる。
「それにしても……」
生徒のイタズラは全然大したものじゃない。三人が私に対して過保護になる意味はわからないけど、心配してくれていたのは確かだった。
心配してくれたことは正直嬉しいと思える。ただ、私が前に出てしまうと……たぶん、想像しているものになる。
「はぁ……クレアには、ちゃんとお礼を言う必要があるわね」
私が、転けていたところをクレアに見つかって、屋敷まで来たのは何となく覚えている。
今怖いのは、ルビーに学園で起こったことを、クレアが話しているかどうかよね。可能性は十分考えられる。ルビーやトパーズのことだから……
「考えたくない話ね。もしそんなことになってしまえば、これから先……私を保てるのかしらね」
私が立っている場所は危うい。ほんの些細なことですら、瓦解してしまう。
バレていると仮定すれば、皆にどう説明すればいいのやら。考えただけで頭が痛くなるわね。
今回のことは有耶無耶にするのはかなり厳しいわね。
「うわっ、さぶっ」
テラスへと出ると、夜の間に冷やされた空気が体温を奪っていく。
以前いた場所と比べてかなり冷えることがある。四季の変化もここでなら大きいのかもしれない。
外に出れば学園がすぐ見える。遠くない距離にもかかわらず、護衛付きの馬車で登校しているのなんて私ぐらいなものだ。
大事にされているのも分かっている。
その相手が嫌がらせを受けたとなると、皆は暴徒と化すのが目に浮かぶ……庭を確認しても今のところ変わった様子はない。
未だダンジョンは攻略中なので、護衛をしている冒険部隊以外は来ていない。
考えられるのは二つ。
皆が私の知らないところで動いているか、クレアが何も話していないか。
前者である可能性のほうが大きい……むしろ、すでに終わっている可能性すらあるわね。
「お嬢様?」
「ごめん、さっき起きてテラスに来ていたのよ。どうしたのこんなに早く」
「どうしたのではありません。熱を出されて寝込まれていたのですよ? ご様子を伺いに来ただけです。そのような薄着で……こちらへ」
ルビーに促されてベッドへと戻り、少し冷えた体で、まだ温もりの残る布団に足だけ入れて座った。
中へと入ろうとしない私に上着を掛けてくれると、開けっ放しだったテラスの窓を閉めていった。
あの様子だと、私はただ熱を出して運び込まれたと言うだけみたいね。
クレアも状況を察してくれたのかもしれないわね。
ここの連中のことは知っているのだから、敢えて公にしなかったことに感謝しかないね。
「ルビー、温かい物がほしいのだけど、頼める?」
「かしこまりました。今お持ちいたします」
「それじゃ、私は執務室に行くから、そっちに……」
「今、何か仰られましたか?」
たとえクレアが何も話をしていなくても、熱を出していたという事実。
病み上がりの私が、執務室に行くとなれば何をするのかも当然理解しているようで……仕事に手を付けようものなら、ルビーのお怒りもごもっともですね。
そのつもりがなくても、そう取られてしまうのも当然よね。
ここは寝るだけの場所でしかないから、前世の悪いところがまだまだ消えはしない。
「もう少し体が落ち着いてからにするわ」
「はい。くれぐれもお部屋から出ないようにお願いします」
念押しするのはわかるけど、声のトーンをなんとかしてよ。
こういうところは相変わらず信用がない。今までの行動が、それだけ信用を失うことに繋がっているのだから当然よね。
なんでまた扉を開けて確認しているのよ。
まあ、確かに、仕事に熱中し徹夜すること数知れず。寝室に書類を持ち出そうとしてバレたりと……ルビーの説教や教会へと連れて行かれあの長ったらしい説教を受けること数回。
出ていったにも拘らず、一分も経たないうちに扉を開けて私の様子をうかがうルビーからして、今日は大人しく休んでいたほうが身の為ね。
「あの様子なら、クレアは何も話をしていないかもね」
明日は日曜なんだし、まとめてやれば多分大丈夫かな?
ここに来てからというもの、私のできることはかなり少なくなっているから、そんなには溜まっていないと思う。
* * *
「お嬢様。紅茶をお持ちしました……まったく、お嬢様は」
ルビーは、紅茶をいれて椅子に腰を下ろす。さっきまで起きていたはずのイクミは両手を上げだらしなく寝ている。そんなイクミの姿を眺めながら、紅茶を飲んでいた。
カップの紅茶を飲み干し、イクミの腕を布団の中に入れてから部屋から出て行った。
「おやすみなさいませ、お嬢様」
ルビーはいつものように、扉の前で一礼をしてから出ていく。
食堂に戻ると、トワロが待っていた。
「イクミお嬢様のご容態はいかがでしたか?」
「あのご様子でしたら、特に問題にはならないでしょう……しかし」
イクミのために用意していたティーポットが乗ったトレイを食堂のテーブルに音を立てずに置く。
カップを手に取るが、力を加えられたことで取っ手が粉々に砕ける。
「お嬢様を傷つけた報いは、当然受けてもらうまでです」
「はい、もちろんです」
* * *
再び目を覚ました私は、慌てて部屋から飛び出しルビーを探して回る。
さっきまでは、朝日が昇る少し前だったが今の時刻は完全に学園が始まっている時間だ。
「お嬢様。そのような格好で歩き回らないでください」
「そんな悠長なこと言ってられないよ。何で起こしてくれなかったの?」
「なぜと申されましても……本日は何かご予定でもあったのですか?」
ご予定って……おかしい、普段なら玄関の前には私の馬車が朝早くから用意されているはず。
あと、ルキアの姿も見えない。護衛である彼女がいないということは……
「今日って何曜日?」
「日曜日ですよ。お嬢様は丸一日伏せっておられましたから……そのように走り回れるのでしたら、お体の方はよろしいみたいですね」
丸一日も寝ていたの?
さっき起きていた記憶は? 今日それとも昨日?
ルビーが私に嘘をつく……とは思えなくもないけど、さすがにそんな嘘は言わないよね。
「仮に、学園があったとしても、お嬢様が仰ったではありませんか、体が落ち着いてからと」
それ、私が言った言葉なの?
もしかして私が言ったことにしている?
「朝食の前に、着替えをすませましょう、失礼します、お嬢様」
ルビーに抱きかかえられて部屋に戻り、着替えを済ませてくれるまではよかったが、執務室に入ることは許してくれなかった。
何という理不尽。




