第1話 らびっと100は残念なオタクである
「ん?」
私、配信者名『らびっと100』は、配信中に目についた名前に思わず止まった。
《刀狩り見習い:らびこ回線落ちた?》
《みっか★:またらびこ落ちた?》
「あー、ちょっとごめん。意識が一瞬飛んじゃった。ただいまー」
《狸山:だから配信中に飛ぶなw》
《刀狩り見習い:イカ焼き屋さん初めてなのにごめんな。らびこ枠だとよくあることだからw》
《みっか★:おかえりーw》
みんながコメント欄で盛り上がってるけど、ぶっちゃけそれどころじゃない。
《イカ焼き屋:皆さん詳しいんですね。常連なんですか?》
その名前は! 私の推し漫画家の! 同人の時の名前では?!
「そんなしょっちゅう飛んでないよ! たまーにだよ、たまーに!」
心の中で叫びながら、必死に配信を続ける。
画面の中には私の描いたアイコンと、四人だけのコメントが流れている。
《みっか★:そうそう。みんな常連!らびこで遊ぶ会だよ!》
《狸山:ゆるい枠だからイカ焼き屋さんも楽にしていいよ》
《刀狩り見習い:みんなでらびこからかって遊ぼうぜw》
そう、基本的には一桁しか見てない雑談配信。いわゆる底辺配信者だ。まあ、配信頻度も毎日じゃないし、誰でも良いから話したいときにやってる感じ。
そんな私の枠に、私の推しっぽい人が現れた。
必死に何でもない風にしゃべりながら、本棚を漁りだす。
あったあった!
とある大学の漫画サークルの同人誌。その中に『イカ焼き屋』さんがいる。
「常連たち! 初見さんに変なこと言わないの!」
ページを探すまでもない。付箋してあるからね。
あっという間に目当てのページを開く。
右下にはっきりと『イカ焼き屋』と作者名が書いてある。
このページの一コマ目と、まるっきり同じイラストが、画面の中にある。
《イカ焼き屋:いきなりは難しいので、これから徐々にからかいたいと思います!》
「だから、からかうな!」
画面の中のイカ焼き屋さんのアイコンと、手元の同人誌のイラストが、完全一致です。たすけて。
《刀狩り見習い:らびこよかったな!常連増えるぞ!》
《みっか★:イカ焼き屋さん、意外といいキャラw》
《狸山:www》
この同人誌に載っている『イカ焼き屋』さんとは、プロの漫画家『銀杏はじめ』先生のアマチュア時代の名前である。
ただし、この同人誌の数ページだけにしか存在しない。一回きりすぎて誰も知らない。そもそも『銀杏はじめ』先生がちょっとマイナーなので……推しをマイナーとか言いたくないけど、現実だから仕方ない。
「くそう! でも、常連になってくれるのは素直にありがとう!」
《みっか★:らびこ素直w》
《狸山:ありがとう言えて偉い!》
《イカ焼き屋:なるほど、こうやって遊ぶんですね》
《刀狩り見習い:学習が早い。これからが楽しみだな》
推しに遊ばれるのはご褒美でいいんだろうか?
そもそも私が銀杏はじめ先生と出会ったのは高校生の時。とある出版社のウェブ漫画連載ページに載っていた連載。
絵がすごくうまいわけじゃないけど、すっごく目を惹いた。だからなんとなく読んだら、そこから一気に沼落ち。とりあえず無料分全部読んで、出てる単行本即全部買った。一冊しか出てなかったけど。もう抜けられない。
まずキャラクターを大事に扱ってるとこが好き。もはやキャラクターじゃない。絶対実在する。それくらいリアルな描写。心理描写も神。痛いくらい気持ちが伝わってくる。経験したことないけど、絶対それ私経験した。わかる。そうなる。
《みっか★:らびこまた飛んでるw》
「飛んでませんー! 現実逃避ですー!」
《刀狩り見習い:現実逃避w》
《狸山:そこはガンバレよ配信者なんだからw》
推し漫画家に思いをはせて現実逃避してたら怒られた。
配信中だし仕方ないけど。
「でも、明日は朝一で本屋行きたいからそろそろ終わるよ?」
《イカ焼き屋:本屋の開店って十時くらいでは?》
《刀狩り見習い:早寝する必要なくねw》
《みっか★:本屋どんだけ遠いの?》
《狸山:あー理解した》
一部にはもう気づかれてるし、本人らしき人の前で言うのはちょっと抵抗あるんだけど。
同人誌の隣に並んでいた単行本をひっつかんで、叫ぶように答えた。
「推しの最新刊発売日なので万全のコンディションで臨みたいの!」
そう、明日は銀杏先生の最新刊発売日だから早起きして、朝風呂して、前の巻をおさらいして、精神統一してから本屋の開店待ちをしないといけない。
電子書籍もあるけど、断然紙派。というか、電子は学生にはちょっとハードル高い。クレカなんて持ってないし。
「『読む用』『保存用』『布教用』で最低三冊! あと書店特典コンプのために予約してある分の回収! あとできれば発売日中に十回は読みたい! 忙しいの!」
《狸山:残念なオタクだ》
《みっか★:作者ご本人に見せてあげたい》
《刀狩り見習い:作者冥利に尽きるか、ドン引きか、どっちなんだろう?》
あ、つらい。イカ焼き屋さんのコメントが来なくなった。ドン引きの可能性あるやばい。泣くかも。
メンタルぐるぐるの状態で、配信終了のボタンに手を伸ばす。
「じゃあ、そういうことだから今日はここまで! 明日はたぶん配信しないからよろしくね」
慌ただしく配信を切る寸前。
常連の「おつ」に紛れてコメントが流れた。
《イカ焼き屋:作者冥利に尽きるに一票》
「…………」
椅子にぐったりを身を投げて、そのままずるずると床に落ちていく。
「……ぅあー」
思わず顔を両手で覆う。
叫びたい。叫ぶな。隣の部屋が親友とはいえ、近所迷惑ではある。今更だけど。
「それは、解釈違いです先生……」
ドン引きされなくてよかった気持ちと、作者本人に認知されるのは嫌という気持ちでぐっちゃぐちゃになる。
オタク心は複雑なのだ。
とりあえずさめざめと泣いたら寝よう。気持ち切り替えよう。作者かもしれない人の発言よりも、明日の新刊のほうが優先順位は上。断然上。
涙と一緒に今の記憶をいったん洗い流して。思い悩むのは、明日の夜まで延期する!
あばよ涙!




