第90話 兆しと分析
地下施設の観測室に戻ったユイは、ひとり端末に向き直った。
扉の部屋で発せられた魔力波の余韻は、すでに通常レベルにまで落ち着いている。
しかし、彼女の中でぴりぴりと警戒が解けない。
「……波形ログ、異常なし。
でもこれは“観測不能”なだけで、何かが起きている」
彼女はデータを並べ、空間干渉値の履歴を追う。
そこに、微かだが確実に「干渉してはいけない波動」が混じっていた。
“向こう”のもの。
──それは、決して人の意志では生み出せない干渉波。
「……誰かが、意図的に“波動”を同調させてきてる?」
そのとき、ユイの背後でドアが開いた。
「葛城さん、なにか掴めた?」
現れたのは水科だった。そのすぐ後ろには、飲みかけの缶コーヒーを手にした男──村田ジュンもいた。
「おう、なーんかスゴそうな波きてたって? この俺の中二センサーがビリビリ反応しててさ〜」
いつも通りの軽口。だがその眼差しだけは、わずかに観察者のそれだった。
「……まだ断定はできませんが、魔力構造の中に、前例のない反射があるんです。
これは……おそらく、“双方向通信”の試み……」
「向こうが、こっちを“見ている”だけじゃない、ということか」
ユイはこくりと頷く。
「ええ。そして私たちが受け取った“試練”のような圧は……あくまで、第一接触の“通過儀礼”だったのかもしれません」
水科が目を細める。
「だとすれば……本格的な“次の段階”が始まるな」
ユイは言葉を選びながら口を開いた。
「その前に、私たちが備えなきゃいけないことがあると思います」
「具体的には?」
「“扉”が開ききる前に、向こうからの“意図”を解析しておきたい。
それが“敵意”なのか、“試練”なのか……それとも、“選別”なのか」
水科は深く頷いた。
「……いいだろう。そのための資源と時間は、なんとか用意しよう」
村田は背後でコーヒーを啜りながら、誰にも気づかれぬよう、ゆっくりと目を細めていた。
その瞳の奥には──異なる意志が、確かに宿っていた。
(続く)




