表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

90/96

第88話 重なる影と観測者

村田ジュンは、結晶の前から動かなかった。


 空気の緊張が少しずつ戻り始めた“扉の間”においても、彼だけはどこか別の空気を纏っている。


 高野は、扉の前で足を止めたままその姿を見つめていた。


「お前、本当に……普通の人間なのか?」


 その問いに、村田は肩越しに振り返って笑う。


「うーん、それってどういう意味かな? “普通”って、たとえば魔力が測れないとか? 異世界から帰ってきてるとか?」


 とぼけたような口ぶり。だが、誰も笑ってはいなかった。


 水科が腕を組みながら、厳しい視線を向ける。


「君は……まるで、こちらの“結界技術”にすら精通しているように見える。あの結晶が放っていた波動にも、耐性を持っていたようにね」


「観察力、鋭いっすね、水科さん」


 村田はにやりと笑った。


「でも大丈夫。俺は高野の同期で、ちょっと要領のいいサラリーマンですよ」


「……村田さん」


 ユイが前に出る。その声は柔らかいが、眼差しには警戒があった。


「あなた、何か“見えている”んじゃないですか? ……異界の向こう側が」


 一瞬、村田の笑みが消える。


 それでも彼はすぐに目を細め、飄々とした態度で言葉を返した。


「うーん、あんまり勘ぐられると困るな。俺って繊細なんだよ。冗談に見せかけて、けっこう本気なこと言っちゃうタイプだから」


 その場に、また静寂が落ちた。


 結晶の脈動は収まりつつあったが、微かに残る魔力の残響が、不穏な波を引きずっている。


 高野は、ゆっくりと口を開いた。


「……もしお前が、俺たちと同じ“向こう”を知ってるなら。

 そして、何かを企んでるなら……」


「……そのときは、俺自身で見極める」


 村田は、立ち上がりながら片手を挙げて返す。


「期待してるよ、“蒼銀の戦神”。ま、今はまだ“見守ってる”だけだからさ」


 誰よりも軽いその言葉の裏に、何か重いものが隠されていることに、全員が気づき始めていた。


(続く)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ