第48話 精霊の風が吹いた
扉の前の空間が、ひび割れるように軋んだ。
蒼い結晶の鼓動が再び高まり、空間の中心に、黒く染まった“亀裂”が浮かび上がる。
それは、異世界への断裂。
今まさに──こちら側に“侵食”しようとしていた。
「これ以上は危ない!」
千尋が声を上げる。制御不能となった魔素の波が壁を走り、金属製の通路がきしむ音を立てた。
「でも、まだ閉じられるって……!」
ユイが震える指先で印を組み、魔力の封印術式を詠唱する。だが、膨れ上がる魔力に術式は弾かれ、結界が張れない。
──その瞬間だった。
風が吹いた。
誰もいないはずの背後から、柔らかく、けれど確かな精霊の気配を伴って。
「っ……感じる。この風……まさか!」
高野が振り向くと、そこに立っていたのは──
「お待たせしました、高野さん!」
制服姿の少女、神楽坂柚葉だった。
額に汗を浮かべながらも、しっかりと両足で立ち、凛とした視線で結晶を見つめていた。
「柚葉!? どうやってここに……」
「魔力共鳴を辿ってきました。高野さんの魔力が扉に引き寄せられてるのを……感じたんです」
淡く光る魔力の粒子が彼女の肩に集まり、まるで歓迎するように周囲に舞う。
「……鍵は、揃ったわね」
千尋が静かに呟いた。
彼女の視線の先では、蒼い結晶が脈動を強めていた。
そして──空間の奥から、もう一つの気配が現れた。
「ここまで来たか、君たち」
静かな声。背後の闇から、白衣をまとった一人の男が姿を現す。
その顔を見た瞬間、高野も、千尋も、思わず息を呑んだ。
「水科……さん!?」
水科敬司。
この“扉”の研究に最も深く関わり、すべてを裏で見ていた男が、ついに姿を現した。
「扉の脈動は、すでに閾値を超えた。安定化には“適合者”が最低三名必要だった。
高野くん、神楽坂さん──君たちの魔力が、鍵だったんだ」
「……あなた、一体何を企んでる?」
千尋の声には怒気が混じる。
水科は答える。
「企んでいる? 違うな。私は“観測している”だけだ。
これは私の計画でもあり、かつて直哉くんが目指した“完成形”でもある」
「直哉……兄さんが?」
千尋が硬直する。
「そうだ。彼はこの研究の第一人者だった。
そして、あの事故で“向こう側”へ行った。
私は──彼を取り戻すために、扉を再現してきた」
その瞳は、どこか悲しげで、それでも確信に満ちていた。
「次の段階に入る。そのとき、君たちは“選ばれる”側になる」
水科の言葉とともに、蒼い結晶が再び、強く脈動を始めた──。
(続く)




