四章①
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「ごしゅじんさま……!」
朝、仕事で出かけようとした圭に、明梨が走ってやってきた。昨夜、一緒に寝たので安心感を覚えたのか、明梨もすぐに寝たのだが、そのせいか、目覚めるのが遅かった。
ギリギリのところで間に合った明梨は安堵するも、すぐに圭と別れてしまうことが悲しかった。
「まだ、きゅうけつしてな……」
「昨日の夜しただろう? おかげでだいぶ調子がいい。明梨のおかげだ」
「っ、だけど……」
明梨が心配しているのは二つ。
吸血衝動が起こらないかと不安なこと。
そして、圭が怪我をして帰ってくること。
「むり、しないでくださいね」
「わかっている。ありがとう、明梨」
「……っ」
でも、と明梨は言う。圭にもわかっている。明梨が圭を心配していて、仕事に行ってほしくないことを。だが行かなければならない。
そこで圭は、最終手段に出た。
「明梨」
「っ……はい」
「これはあまりできないことだから、よく見ていなさい」
「? かしこまりました」
圭は力を込め、新たな式神を創る。
「……顕現せよ」
創るのは二つ。形は同じ。色は似て非なるもの。
「! ごしゅじんさま、これ……」
圭は二匹の子犬を創り上げた。
一匹は黒色、もう一匹は紺色の子犬だ。
「いぬさんだ……」
「触ってみるか?」
「!」
圭は黒色の子犬を渡す。
「もふもふ……」
オルゴールと同じく、気に入ってくれたみたいだ。
「ごしゅじんさま、ごしゅじんさま、このいぬさんは、どうしてでてきたんですか?」
「こいつらは私の創った式神だ。力を多く使うが、その分、倍以上の力を蓄えて、いざという時に守ってくれる。白百合と紅秋も、もとはこんな感じだ」
「えっ! そうなのですか? しらゆりさま、こうしゅうさま」
二人は少し恥ずかしそうに頷いた。特に紅秋は顔を赤くして、隠している。そんなに恥ずかしいことなのだろうか。いや、おそらくは、人型になる前の姿が言いにくいのだろう。
「おふたりはどのようなすがたをしていたのですか?」
「明梨、今の人の姿は化けているだけで、本来の姿ではない。式神として動きやすいのが今の人型なだけだ」
「あるじ様のおっしゃる通りです。実を言うと、人型の式神の方が少ないんですよ。このように人型になれる式神もまた、少ないです」
「と、いうわけだ」
明梨は珍しく気配を小さくしている紅秋に近づく。
「だいじょうぶですか? こうしゅうさま」
「……今は話しかけないでくれ、嬢ちゃん……」
「紅秋は鷹の形をした式神です。鳥類ですね」
「おい白百合!」
「とりさん……。こうしゅうさまは、とりさん……」
「復唱しないでくれぇっ!」
変なやつだ、と圭と白百合は思った。
「しらゆりさまは?」
「私は狐です」
「きつねさん……?」
「はい。狐です」
うじうじする紅秋に、いつもの調子を取り戻した白百合。圭は「そろそろ時間だ」と言って玄関を出る。
「紺に何かがあったら黒に知らせがいく。逆に、黒に何かがあったら紺に知らせがいく。これで少しは安心できるか?」
「こん、と、くろ、は、なまえですか?」
「ん? ああ。私のやつは紺色で、明梨のやつは黒色だからな。わかりやすいだろう?」
「はい」
適当だな、と白百合と紅秋は思った。
いずれちゃんとした名前をつけるだろう。
それまでの仮名だ。
「じゃ、行ってくる」
「きをつけてくださいね、ごしゅじんさま」
「わかってる」
「明梨様をまた泣かせたら怒りますからね、あるじ様」
「幼女を泣かせるとはいい趣味してるな、旦那」
(何故知っている……)
呆れ半分、申し訳なさ半分で、圭は家を出た。
だがその時、明梨の姿を誰かが見ていたことに、圭は気づかなかった。




