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ブラッドドールとヴァンパイア  作者: 詩月結蒼
三章
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三章④

 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎




「お帰りなさいませ、あるじ様」

「お疲れ、旦那」


 紅秋と白百合に出迎えられ、圭は帰宅した。


(明梨はどこだ……?)


 圭が探しているのを察したのか、白百合が教えた。


「明梨様なら、あるじ様の部屋にいますよ」

「っ、そうか。ありがとう」


 圭が部屋に行くと、白百合の言う通り明梨がいた。


「おかえりなさいませ、ごしゅじんさま」


 明梨はとことこと小さな足を動かして圭のもとへ行く。そして、じーっと圭を見つめた。


「……どうかしたか?」

「おつかれのようにみえます」

「そうか?」

「はい。なにかあったのですか?」


 ブラッドドール殺害など、言えるはずがない。


「いや、なにもない」

「それならいいのですが」


 すると明梨が圭の手を引いて、圭をベッドに座らせる。明梨もよいしょとベッドに上がり、圭の膝の上に乗った。


「どうしたんだ? 明梨」

「きゅうけつのじかんです。ごしゅじんさま」

「っ……二日前に飲んだ」

「ふつう、ゔぁんぱいあはふつかでげんかいをむかえます。きゅうけつしてください、ごしゅじんさま」

「……」

「ごしゅじんさま?」

「明梨。私は吸血衝動の抑制剤を飲んでるし、緊急時用の血も常時携帯している。だから平気だ」

「だめです」


 明梨は頑なに拒絶する。


(何か変だな)


 明梨は強情じゃない。だとすると、これはーー


「白百合か、紅秋に何か言われたか?」

「っ!」

(どっちもか)


 おおよそ予想はつく。圭を案じて、明梨に頼んだのだろう。心配性な式神どもだ、と圭は思った。


「私は平気だ。この通り元気だし、明梨の血が必要になったらちゃんと言う。だから……」

「いつ、ひつようになるのですか?」

「え……?」

「いつ、ごしゅじんさまはきゅうけつするのですか?」

「……少なくとも、今でないことは言える」


 圭がそう言うと、明梨の目頭が熱くなった。そしてじわじわと何かが押し寄せ、涙に変わり、額を伝って圭の膝に落ちた。


「!? な、なんで泣いてるんだ……? どこか痛いところでもあるのか?」

「わっ、わたっし、はっ、ごしゅじっ、さまが……っ」

「ちょっ、泣くな、泣くなって」

「ひっく、ぐすっ、ぐす……っ」


 幼子を泣き止ませる方法を必死に考える圭。どうしよう、どうしようとオロオロする圭に、泣き続ける明梨。変な光景である。


「わ、わかった、今から私が質問をする。はいかいいえで答える質問をする。だから、泣いたままでいいから、首を振って応えてくれ」


 明梨はしゃくりあげながらゆっくりと頷いた。


「どこか、怪我をしているのか?」


 いいえ。


「悲しいことがあったのか?」


 はい。


「それは、私のことか?」


 はい。


(そりゃ、そうだよな)


 最後の質問は当たり前すぎる。自分のせいで泣いているのに。わかりきっているのに。


「……明梨は、吸血されたいのか?」


 (少し間があってから)はい。


「吸血が好きなのか?」

「……わか、ら、ない、です」


 明梨は落ち着きを取り戻し始めた。

 話すことはできるだろう。


「わた、し、は……ごしゅじ、さまが、しんぱい、です」

「私のことが心配? どうしてだ?」

「しらゆり、さまが、ごしゅじんさま、むり、するから…… わたし、に、よろしく、いいました。こうしゅうさま、は、ごしゅじんさまと、いっしょに、いてほしい、と。ゆっくり、して、もらいたいと、いって、ました」


 簡潔に言うと、「圭は無理をするから明梨が一緒にいれば無茶できないしゆっくりできるはず。そう、白百合も紅秋によろしく頼まれた」ということである。


(あいつら……明梨を使えばなんとかなるって思ってるんだろうな)


 実際そうなので、二人が明梨に任せたのは間違いではなかった。


「……わかった」

「ごしゅじんさま……?」

「吸血、してもいいか?」

「! はい!」


 明梨が首元の服を肩の方へと動かし、圭を見つめる。


「痛かったら、すぐに教えてくれ。約束だ」

「かしこまりました」


 圭の顔が明梨に近づく。そして、うずめるようにして首元に触れ、そしてーー


「っ……!」


 圭は、吸血した。


嗚呼ああ、最悪だ)


 明梨の血に、体がよろこんでいる。悦を感じている。温かな肌、華奢な体、芳醇な血……すべてに魅せられ、呑み込まれる。圭は血をむさぼる。


(死んでしまえばいいのに)

「……んっ、んん……」


 明梨の押し殺す声が聞こえる。痛みを我慢しているのだろう。それがとても申し訳なくて、死にたくなる。自分さえいなければ明梨は苦しまないのに、と。

 圭が吸血を終えた。呼吸を整え、明梨を見る。明梨は少し疲れているように見えた。血をとられたのだ。当たり前だ。


「すまない。平気か? ……いや、平気じゃないよな。本当に、申し訳ない」

「ごしゅじん、さま……」


 圭の哀しそうな顔を見ると、明梨も胸を締め付けられる。こんな経験、他の主人といた時にはなかった。それはおそらく、哀しそうな顔なんて見たことがなかったからだ。明梨の血を飲んだ後のヴァンパイアは、愉悦に満ちていた。

 明梨が圭に触れる。


「明梨……?」

「だいじょうぶですよ、ごしゅじんさま」


 明梨はそう言うと、圭の頭を撫でた。


(なんだ、これは……)


 頭を撫でられたことなんて、圭は一度もなかった。


「だいじょうぶです、ごしゅじんさま。わたしはかんたんにはしにません。きゅうけつちゅうどくのゔぁんぱいあにでもたえられるよう、くんれんされてますので」

「明梨……」


 明梨なりに圭を落ち着かせようとしている。

 その気遣いが、圭は嬉しかった。


「……ありがとう」

「かんしゃされることではございません。わたしはぶらっどどーるですので」


 眠気が圭を襲う。


「おやすみなさいませ、ごしゅじんさま」


 そんな明梨の言葉を最後に、圭は眠りについた。




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