お仕事のキャラ
屋上は今日の天気が晴なこともあり、なかなか魅力的な空間になっていた。
「昼寝は駄目ですよ?」
じと目で見てくる久遠くん。
「……そ、そんなことしないよ」
何故、ばれたし。
久遠くんは数秒ボクを疑いの眼差しで見ていたが、気を取り直してスタンプを探し始めた。
「……ソーラーパネルの裏側に貼り付けてありました」
よく見つけられたね……。
久遠くんは、少し得意気だった。
「次は……。あ、誰か走って来ているよ。うーん、逃げているのが二人、追いかけているのが五人というところかな」
「多勢に無勢ですね。……見つかる前に逃げましょう」
屋上の出口に方向転換しようとしたところで、まさにその扉が開いた。
入って来たのは、空閑くんだった。
ということは……。
「お前らしつこいぞっ! しつこいやつは、嫌われるんだぞっ!!」
ですよねー。
でもさ、しつこさで言うならキミの方が勝っているのではないかな? ……追いかけている人たちは、一応ゲームだからね。
「……何故、屋上に来たんですか。ここは、行き止まりと分かっていたでしょうに」
諦めたように、久遠くんが話し掛けた。
「お、奇遇やなぁ。……そりゃあ、分かっとったよ? せやけど、他の道は全部上級生にかためられてしもうたん」
「キミたちは、何をやらかしたのさ?」
「やらかした、なんて人聞きが悪いなぁ……。十六夜が、ちょっと上級生の見た目を笑うてしまったんよ」
「俺は笑ってないぞっ! 「カッコいいなっ!」って言っただけなのに、あいつら怒り出したんだっ!!」
「空閑くん、通訳ぷりーず?」
因みに、この話している間も屋上から出る扉はがたがた音をたてている。
今日ほど、無敵くんの馬鹿力に感心したことはないね。
「いやー、確かに十六夜は声に出して笑ったわけではなかったけどなぁ。「キレーな金髪だなっ、トサカみたいだっ! 金のニワトリだなっ!! カッコいいなっ!!」って言いよったんよ……」
台詞の部分は無敵くんに似せて言っていたけど、後半は声が震えていた。
あらら……。無敵くんに他意はないのだろうけど、これは馬鹿にしているととられても仕方がない。でも、そういう表現をされるってどんな髪型なんだろう……?
「……はあ。で、どうするつもりなんですか?」
「逃げたいところではあるけどなぁ……。無理なんちゃう?」
「無理って決めつけたら駄目なんだぞっ!」
「……無敵のせいでしょうが」
ボクは、彼らの会話を聞きながら片手間に魔力を展開した。
「――っ」
「……星砂? どうかしましたか?」
「……三人とも、よく聞いて。扉の向こうに悪意を感じる。これは、学生が持っていて良いレベルじゃないよ。とにかく、明確にボクたちを傷付ける意志がある」
「そんな……」
いきなり変わったボクの雰囲気に三人とも押し黙った。流石に無敵くんも馬鹿なことは言い出さなかった。
「どうして、そんなことが分かるん? まあ、ええわ。……で、どうするんや?」
「……んー、ボクが注意を引き付けるから隙を見て扉から出て」
「それでは、星砂が危険過ぎます」
「大丈夫。本当に危険だと思ったら逃げるから。……引き際はわきまえているつもりだよ?」
伊達に、危険な仕事をやっていないからね。
(【清き光、彼の者たちを包みて隠せ。……光の衣】)
無敵くんと空閑くんは気付かなかった様だけど、久遠くんだけはボクをちらりと見た。
「さて、無敵くん。扉から離れて良いよ」
「お、おう」
キミ、全く空気を読めないわけではなかったのか……。
軽く無敵くんを侮辱しながら、扉を見据えた。
途端に駆け込んで来たのは、数人の上級生と異様な気配を持つ――金髪のモヒカン青年だった。その逆立った微妙な髪型といい、悪趣味な金色の改造制服といい、金のニワトリと形容されたのは彼だろうと確信した。
しかも、風が吹いてもいないのに髪を「ふぁっさあ」と、かき上げる仕草をしている。
……待って。百歩譲って今風が吹いていたとしても、キミにそんな動作に値する髪はないのではないかな!?
さらに、動作の後に白い歯を見せながらの流し目……。
……はい、アウトー。
だけど、油断は出来ない。先程から感じている悪意の発信源が彼だから。
……見た目で油断なんてこと、もうしないよ。
脳裏に一人の女の子の顔が浮かんで消えた。
ボクは一度深呼吸をして、頭のなかで仕事用のモードにスイッチを切り換えた。
「おにーさんたち、ボクと遊ぼうよ? ……言っておくけど、簡単には捕まらないよー?」
ボクは挑発するために、見下すような笑みを浮かべて言い放った。
これは、仕事中たまに使うキャラなんだけど、物凄く腹立つらしいよ。一度知り合いにやったら、結構本気で殴られかけたし。……まあ、勿論避けたけど。
「なめるなぁっ!!」
狙い通り簡単に挑発に乗った先輩方は、扉から離れてボクに近付く。
久遠くんたちに合図を送くろうと視線を向けると、三人とも固まっていた。
……何故?
尚も目線で訴え続けると、漸く復活した空閑くんが二人を連れて恐る恐る扉から出た。
……意外だね。久遠くんの方が早く復活するかと思ったのだけど。
「おにさんこちら、手の鳴るほーへ。どーしたの、おにーさんたち? 早く遊ぼーよ?」
完全に三人の気配が離れるまで注意を向けさせないと。……ボクの脱出作戦を実行したら、最終的に先輩方はあの扉から出ていくことになるだろうからね。
彼らは、ボクのことを気味悪そうに見ていたけど漸く決心がついたのか飛びかかってきた。
……勿論、避けるけどね。
「ほらほら、おにーさん。こっちだよー?」
あらら、全く統率とれていないや。
団子になっているから、他の人とぶつかり合い思うように動けないらしい。
先輩方を軽くあしらいながら、目に魔力を集めた状態で金のニワトリ先輩を視た。
……なるほど。キミも被害者か。
彼には、いつぞや視た魔力と同じどす黒い魔力が絡み付いていた。
彼は、暴走してしまう方に働いたのか。
ボクは久遠くんの妹ちゃんを思い出した。彼女と真逆の方向に働いたとはいえ、彼も同じ憐れな被害者。
……これは、放置するわけにはいかないね。
(【光転。清き光、悪しき物を祓いて浄めろ。……浄化】)
とりあえず、今彼に魔術を教えるのは不可能だから、必要最低限の魔力を残し、それ以外はどす黒い魔力ごと放棄させた。
同時に傾く彼の体。
……彼はそれ程根深い状態ではなかったから、これで大丈夫だろう。
「兄貴ーっ!」
心配して、金のニワトリ先輩に近付く先輩方。
……意外に、人望はあるのか。
先輩方は金のニワトリ先輩を守りながら、ボクの方を睨んできた。
まあ、原因不明の事態が起きたら一番怪しいやつを疑うよね。
さてと、後始末と洒落込みましょうか。
「あーあ、おにーさんたちつまらないや。きょーざめだよ。……もっと楽しそーなこと、探しに行こーっと」
ボクは、へらへらと不気味な笑みを浮かべて屋上の柵に向かって歩いた。
「でも、暇潰しくらいにはなったかな。……じゃーね、つまらないおにーさんたち」
そのままジャンプで柵に飛び乗ったボクは、手を振りながら満面の笑みで体を傾けた。
ぎょっとした表情で駆け寄る先輩方を見たのを最後に、お腹辺りを落下時特有の嫌な感じが襲う。
(【風転。渦巻く風、集いて護れ。……縮地】)
さて、もう一つ魔術を使わないと大変なことになるね。
(【闇転。忍ぶ闇、彼の者たちの記憶を覆いて欺け。……忘却】)
これで、とりあえず屋上の先輩方は分からないけど、一般生徒に怪しまれることはないはず。
闇属性の魔術だから、どうしても昼間は効果が落ちるんだよね。ついでに言うと、一般人にあまり強すぎる魔術を使うのは避けたいからね……。もし、先輩方が覚えていたとしたら、必要な犠牲ということで諦めよう。
……明日からの学校生活が面倒になるかもしれないね。
ため息を吐きながら、ボクはふわりと地面に降り立った。
……やっぱり、飛ぶのは気持ち言いよね。
「……さてと、三人は何処かな?」