1
この度めでたく【第3王子】ダリスと【悪役令嬢】ルルーラが結ばれた。
卒業パーティーで、ダンスボールの中央に立つ2人はとてもお似合いで。
(――……結局ヒロインは現れなかったな)
パチパチと拍手をしながら、【伯爵令嬢】ナナリーはそんな事を考えていた。
ナナリーが前世を自覚したのは6歳の時だった。
その日は入園式だった。
初等部から高等部までエスカレータ式の学園は、王都近くに住む大半の貴族の子供が通うことになっている。
例に漏れずナナリーも無事入園し。
年齢不詳の、何十年も前からその姿だと有名な【学園長】アルドの話をぼんやりと聞いている時だった。
(あれ、この人隠し攻略キャラだ)
その瞬間、どっと溢れる様に1人の女の一生が頭の中に入り込んできたのだ。
気がついたら保健室のベッドの上にいたナナリーは、完全に理解した。
ここは、乙女ゲーム『あなたへ捧ぐ』と類似している世界だと。
「あなた、だいじょうぶ?」
ふと、横からかけられた声に顔をそちらに向ける。
ナナリーを心配気に覗き込む少女。
銀色の真っ直ぐサラサラの髪に、琥珀色の少しだけ吊り上がった大きな目。
(……悪役令嬢、ルルーラ様だ)
幼いながらもゲームの面影が確かにあるその少女は大層美しかった。
「わたくし、あなたの隣に座っていたの。そしたらいきなり倒れるんですもの……頭を打たなくて、よかったわね」
ふ、と微笑むその姿はあまりにも可憐で。
(あ、私ルルーラ様を推していこ)
その瞬間、ナナリーの心は決まった。
この少女が悲しみで染まる未来だけは、私が阻止しようと。
「呼び出してごめんね。打った所は大丈夫?―――あの時君から随分と魂の乱れを感じたから……自覚があるなら聞いてもいいかな?」
保健室を後にしたナナリーを待っていたのは学園長からの呼び出しだった。
話の途中に倒れた生徒を気にかけているのか、気に入らなかったのか。
恐る恐る部屋へと入ったナナリーに掛けられたのはそんな言葉だった。
(どうしよう……)
ちらりとアルドの顔色を伺ったナナリーは、その瞳を見て誤魔化しは通用しないだろうな、と思った。
彼は人とは異なる時間を生きている。
前世の年齢を足しても到底追いつけないだろう。
そんな人を誤魔化せる気も、覚悟もナナリーには無かった。
最悪少し頭の様子がおかしい子と認定されてしまうだろうが、その時はその時だ。
彼女は先ほど自分の身に起きた事をそのまま正直に話すことにした。
「なるほど……前世の記憶、ね」
「はい」
「――ただ、君がこの世界について分かるのは15歳から18歳までの短い間だけということだね?」
「はい……ここがそのままゲームの世界だとは限らないとは思いますが」
「ふふっ」
「何ですか?」
「いや、ごめんね。幼い君の姿から発せられる言葉遣いが可愛らしくて」
「―――意地悪ですね」
「ごめんごめん、お詫びと言っては何だけど私にできることは協力するよ」
「……信じて、くれるんですか?」
「こう見えて伊達に長生きしてないからね。……ね、ちなみにそのゲームとやらで私の事は何処まで知ってるの?」
「あ、えと、先生のことはすみません……隠しキャラだというのは知ってるんですけど。私、難しくて先生を出せなかったんです」
「ふぅん」
「いよいよ攻略サイトを見ようかなって時に私、死んでしまったので……」
「端々分からない言葉があるけど何となく意味は伝わったよ。それで、だ。君はこれからどうしたい?傍観?乱入?それとも「き、基本は傍観時々乱入って可能でしょうか!?」
ナナリーの勢いにアルドが口を噤む。
「あの、その、ルルーラ様すごくいい子だったんです。だから、彼女が辛い道は嫌だっていうか……基本は進むべきままでいいと思うんです!それはゲームだからとかでなくて、各々が選ぶ事だから。―――だけど、さすがに処刑とか追放とかはどうかと……」
「処刑……追放?」
「は、はい……ルルーラ様はそう言った結末になってしまうことが多くて」
「あっはっははは!」
言葉通り、腹を抱えて笑い始めたアルドにナナリーは瞠目する。
「いや、ははっ!ごめんね。あんまりにも突拍子もない話で……君の知る世界の私は実に無能なんだねぇ」
アルドは目尻に浮かんだ涙をその長い指で拭う。
「え?」
「あのね、学園に通う子供を処刑にする様なことを、この私が起こさせるわけないでしょう?」
「こ、ども……」
「そうだよ、16、18なんて尻の青い子供達だ。加護すべき対象だよ」
「……それは、あの、この見た目でいうのも何ですが分かります。私もそう思ってましたから。大人に近いけれど、でもやっぱり子供なんです」
瞼の裏に、前世の弟が浮かぶ。
17歳の彼は、来年には成人だったけれど、それでもまだまだ幼かった。
姉として、心配なことも多かった。
「でも、不安の種は摘んでおかなくてはね。君が知る限りの全ての話をしてもらってもいいかな?」
「はい、出来る限り思い出してみます」
こうして、ナナリーは記憶を取り戻したその日に、強力な味方ができた。
彼女はそれから週に一度、学園長室で近況報告という名のお茶会をすることとなった。
「ところで、そのヒロイン?という子は現状在園しているのかな?」
「それが……分からないんです。ゲームだとヒロインは影も形も映らなくて、バックグラウンド……生い立ちとかも一切語られていなくて。ゲーム開始時も、今日から高等部生活が始まる!と文章で書かれた心情から始まるので、初等部から居たのか……はたまた転園して来たのか……何も―――すみません」
「……ふぅん。例えば……そうだね、髪が何色だ、とかそう言った情報も?」
「はい、一切」
「なるほどねぇ……」
アルドはテーブルに置かれたチョコを一つ摘み、そのままえい、とナナリーの口の中に放り投げた。
「う、むむ……!」
もぐもぐと咀嚼するナナリーを横目に、アルドはもう一つチョコを摘むと自身の口へと放り込んだ。
「……まあ、今の君に出来る事はよく学び、よく遊び、気の合う友人と過ごす事だ」
「……はい。―――あの、アルド先生」
「なに?」
「このチョコ、もう一個食べてもいいですか?」
「あはは!好きなだけ食べて行きな」
こうして概ね平和にナナリーの初等部生活は過ぎ去っていった。




