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第八話

 

 依頼の薬草を背中の籠に積んだ二人は、オレンジ色の光に染まる帰り道を歩いていた。

 普段から慣れているであろうミューリはともかく、カイトは疲労困憊でもおかしくない位であるが、彼女の処方した薬によって程よい疲労感に保たれていた。


「これが終わったら、またあの店で食事したいな」


「そうだね、あそこの料理は美味しかった。だけど帰り道でも油断をしてはいけないよ」


 人間の集中力は全ての作業が終わった帰り道に激減する。

 疲労感と達成感が思考を曇らせるのは、こちらの世界も向こうの世界も変わらないのだ。


 特に、命の危険が常に付き纏うこの世界では僅かな気の緩みも死に繋がりかねない。


「まあ、帰り道も警戒するところは変わらないから、そこまで身構える程でも――――」


 そう、ミューリが言いかけた時。


「危ないっ!!」


 悲痛な叫び声がこだまする。

 尋常では無い様子の彼女に警戒心を限界まで高めるカイトであったが。


「がっ……!!」


 右の大腿部を貫く激しい衝撃と痛みにバランスを崩して転倒してしまう。


(何が起こった……!?)


 自由にならない右足を見ると、激しく出血しているのが見える。

 誰が見ても致命的。腿には太い血管が通っており、そこが傷つけられてしまえば止血しなければ長くは保たない。


「どこからだ……クソっ……!!」


 だが、不思議と痛みは激しいものの自我を失う程では無かった。

 それ故に自分の事だけではなく、襲撃者への警戒をするだけの精神的な余裕はあった。


「ふむ……身体的な強化も無し、と。随分と平和主義な加護なのか?」


 カイトが瞬きをした瞬間に現れたのはブラウンのジャケットに、無精に揃えられた髪と髭。

 現代日本でも見られるかもしれない、休日を謳歌する男性の様な姿が、『何の気配もなく』目の前に現れた。


「……転生者ってことか……っ!」


「ご名答。同郷からやってきた君の様な若者を手にかけるのは気が進まないんだが……ま、これも運命だと思って諦めてくれや」


 ぽりぽりと髪を掻く彼の手に握られていたのは、無機質な槍。

 だがそこから発せられる妖気に似たオーラは、まともな武器では無い事など素人目にも分かる位である。


「カイト!!」


「あなたは見た目以上に厄介そうな物を隠し持っているから、ここでじっとしていて貰うわ」


 カイトの元へ駆けつけようとしたミューリの身体が、黒いローブの女性によって抑えられる。

 見た目は軽く抑えられている様に見えて、彼女が全力で抵抗してもびくともしないその様子は圧倒的な力の差を感じさせる。


「そうかい、あんたら転生者がこの世界で暴れているって……そう言う事か……!」


「あのお嬢ちゃんから聞いたかな?まあ、話はそう簡単じゃないんだけど……そう思うのが分かりやすいかもね」


 カイトの目の前に立ちはだかった男性は、その槍を構えながら彼の姿を警戒する。

 既に腿を抜かれているのもあるが、そもそもが抵抗する力の一切ないただの青年であるカイトを何故ここまで警戒しているのか。


(加護の力……それを警戒しているのか)


 この状況でも一発逆転があり得るのが加護の力である。

 同じ転生者同士、見た目通りの決着がつくという油断を彼らからは感じられなかった。


(……しかし、負けだ……)


 カイトの加護は、現状この世界では一切効力を発揮しない。

 転生者なのにただの人間という存在は、このノストフェールにおいて『最弱の』存在である。


 だが。


「ミューリ……奴らの加護と名前は絶対に……口にさせるな……!」


「カイト……!!」


 カイトの視界はだんだん暗く、歪んでいく。

 出血は危険域に達しようとしており、誰かが手を下さずとも残された命の灯火はごくわずかである。

 そんな中、必死に打つ最後の足掻きの真意に気付いたミューリが、自らの感情を抑えて口を噤む。


 だからこそ。


「ほう、ハッタリかそうじゃないか……判断に悩む所だけど」


 死を淵にした青年を警戒する者は誰も居ない。

 ここから逆転させる事など、単一の加護では不可能に等しいのだ。


 だからこそ!


「だが、死に瀕してそこまで頭が回るとは思えない。素直に付き合いますかね」


「ちょっと、本気?」


「油断するなと言ったのはあんただろう。条件の厳しい加護は万が一発動したら面倒なんだよ」


 僅かだけでも、僅かなりとも。


(情報が……集まる……っ!!)


 次に望みを託す為に。


「俺の名はグロウ。元の世界の名はもう忘れちまったが……まあ、良いか。俺が受け取った加護はいわゆる『瞬間移動』の能力だ。」


「……私はメイナ。加護は『身体の硬化』よ」


「……クソっ……!」


 わざとらしく、毒を吐く。

 次第に朧になり、既に視界から光が消えたとしても。


「さて、これでもう何も起こらないだろうし、これ以上苦しませるのもなんだ。さっぱりいかせてもらうよ」


 グロウが槍を構える。

 濃厚な死の気配が全身に絡みつくが、既にカイトの意識はここに無い。


(考えられる限り……最高の負けだ!)


 風切り音と同時に、意識がぷつりと途切れた。


 ーーーーー


「————かはっ……!!」


 それは夢の目覚めの様に。

 例えば、遥か高層階から墜落するような悪夢から覚めた――――そういった感覚。


「お戻りに、なりましたか」


 目の前には少し前に会った気がする天使の姿をした少女が心配そうに彼を見つめている。


 徐々に鮮明になっていく視界と思考。

『死に戻り』したという事実は、想像よりもずっと重いものであった。


「そうか……俺は死んだのか……」


 死の直前の記憶ははっきりとしない。

『どこからどこまでを死んだものとして扱うのか』、これはどれだけ科学が進んでも未だ定義しきれない現象であるが、少なくとも想像以上にもがき苦しむ、といった最悪の状態では無い事は幸いである。


「苦しまなかったのは、良かったな」


「『死に戻り』はそのままでは転生者にとって扱いにくい加護ですので、副次効果として苦痛をある程度和らげる効果もあります。もちろん限度はありますが……」


「その辺りは温情があるのか」


 あくまで転生者を世界の問題から救う力として補助するための力であり、発動や効果に癖はあっても扱いに困らない様にしていると彼女は語る。

 心の奥底では不安があったカイトであったが、これを戦略として前向きに組み込めるのは朗報であった。


「そうだ、あのノートを持っているか?」


「ノート……あなたが『攻略メモ』と呼んでいたこれの事ですか?」


 少女は表紙に書かれたカイトの字が特徴的なノートを取り出す。

『死に戻り』では加護を得てから3分前が戻るタイミングであったが、彼女が転生前に語った言葉通り、世界の管理者である彼女の手元は、数少ない死に戻り……言い換えれば時間遡行の影響を受けない場所であった。


「良かった、持っていてくれてありがとう。一度書く物と一緒に渡してくれないか?」


「ええ、どうぞ」


 カイトに筆記用具と共に渡されたノートには、凄まじい勢いで彼がこの短期間に経験してきた事柄が書かれていく。そのスムーズさは如何に彼がこの方法に手慣れているかを示している様であった。


 ~攻略メモ~


 ー転生1回目ー


(転生直後)


 森林の真ん中に転生される。

 程なくして魔学を嗜む少女ミューリが魔物に追われる姿を目撃し、崖から落ちる事で脱出に成功する。


<課題>何度も崖から落ちるのはリスクが高い。他の逃げ道を以降の転生で探しておくこと。


(数時間後?)


 川から海まで流されてきた自分を彼女が助けてくれる。

 その後、基本的な情報交換を行って次の目標を山奥の村に定める。

 この時、自分を助けてくれた謎の老人に遭遇。今回は彼の忠告を振り切って進んだ


<課題>老人の言葉についてより詳しく聞いてみること。彼は今回の展開について何か情報を持っていた?


(山奥の村到着)


 ステータスを見る事が出来る水晶の素材であるスタークォーツが名産という村に到着する。

 ここの酒場で村長から薬草採取の依頼を受けて一晩を過ごす。


<課題>もし、もう一度この村を訪れるような事があれば、断るか、或いは多くの情報を引き出したい。

 時間帯をずらせば襲ってきた奴らと遭遇するタイミングから外れるか?


(追記)酒場の食事は美味しかった。もう一度寄る機会があれば食べたい


(薬草原に到着)


 ミューリによれば金色の鈴の花の草は薬草の原料になるらしい。

 ここからしばらくの採取の後、帰り道で男と女の二人組に出会う。

 槍を持った男の方はグロウと名乗り、『瞬間移動』の加護を持っており

 女の方はメイナと名乗り、『身体の硬化』の加護を持っている事が分かった。

(追記)条件の難しい加護は強力な加護が多いようだ。


 現状では彼らに勝つ事は難しく、この未来を進める事は出来なさそうだ。


(次の転生でする事)


 ミューリと共に進むなら、山奥の村ではなく、別の町に向かいたい。

 又は、山奥の町で何とか依頼を受けずに過ごす事が出来ればそれでも良い。


 ー1回目終了ー


「……っと、今回はこれぐらいで良いかな」


 攻略メモを書き終えたカイトは、再びそのノートを少女に渡した。


「沢山の情報を集められれば、より何をすればいいか明確になる筈だ」


「まさか、最初からそこまで考えてこの加護を……?」


 彼女の表情からは驚きを隠せなかった。

 あくまで直前の致命的な選択肢をやり直すという目的で存在していたこの加護を、『世界や未来の情報を収集する為に』使うというのは、用意した神々の想像を超えていた。


「あらゆる可能性を探り当て、攻略する……本来はゲームとかじゃないと許されないけれど、これが許されるなら俺はどんな難題だって挑めるよ」


 現代日本ではどこにでもいる様な青年、転生の際にはそういった評価を下した彼女であったが、今『不条理な暴力による死』という現実を目の前にして研究意欲を煌めかせる彼は、非凡な側面もあるのかもしれないと、評価を改める。


「それでは、改めて――――加護は『死に戻り』でよろしいですね?」


「ああ、それで構わないよ。一応保存しておこうかな」


「分かりました」


 今までは一期一会であった。

 しかし、これからは果ての無い旅路を繰り返す事になるのだと。


「それでは、転生者、渡里カイトよ……あなたを、ノストフェールに転生させましょう。どうか、その道行きに幸あらんことを」


 使い慣れた文言を口にした少女は、思っていた。



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