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第七話

 

「結構歩いたな……あとどれぐらいで着くんだ?」


 次の日の朝、簡単な身支度を整えたカイトとミューリは依頼の目的地に赴いていた。

 普段から僅かに人通りがあるのか獣道ながらも歩く場所がある。村に着くまでに近道と称して道なき道を踏破した昨日に比べれば幾分か楽だ。


「村長の依頼の場所が正しければもうすぐだね」


 ミューリは地図を片手に小石が転がる道を苦も無く進む。カイトも追いつくので精一杯であったが、少なくとも先日よりは体力に余裕があり、まだ余裕が残っていた。


「道中の危険は無くても、これだけ歩くのなら大変だな……道中スタークォーツっぽい物を採っている奴もいたし、割に合わないという話も分かる気がするよ」


「まあ、実際は水晶に加工するにも手間がかかる筈だ。冒険者連中がそれを換金したとして一体どれだけ手元に残るか分からないけれど、少なくとも既に効率が良い仕事とは言えないと私は思うよ」


 肝心の加工技術が村頼りであれば、素材の価値は一気に減少する。

 額面の大きさに惑わされて実際の利益を冷静に算出出来る者はそう多くは無いだろう。


「それに、道中の危険が無いと断定するのは早計だね。大なり小なり冒険とは――――」


 ミューリは足を止めると、周囲を警戒する様に前傾姿勢で構える。


 がさり。


 葉の擦れる音が遠くの茂みから鳴ったかと思うと、ゆらりと歩いてくる小さな影が見えた。


「危険が付き物だよ!」


 最初の印象は小さな猫や犬の類。灰色の毛皮を身に纏ったその獣は、金色に光る敵意の籠った眼をカイトたちに向けている。

 背筋が逆立つ感覚にカイトは唾を飲み込んだ。


「フォレストビーストの幼体だね……子供とは言え、油断してはいけないよ」


「分かってるよ。昨日の時と一緒だ」


 これが『殺意』というものか。

 改めて体中が凍える様な鋭い視線を受けて、たどたどしい扱いながらもカイトは背中の籠を下ろしナイフとバックラーを構えた。

 身を護る手段があるというのは心強いもので、少なくとも立ち向かう勇気が芽生えるのを感じる。加えて幸いなのが、敵の姿は見慣れた動物に近く、ある程度攻撃手段が予想しやすい事である。


 獣の方も警戒心を露わに彼らの方を観察すると、獲物を狙う細かな足さばきでゆっくりと横に動く。

 僅かなりとも隙を見せればそのまま致命傷になり得る――――そんな状況から動きだしたのは、赤い液体の入った瓶を取り出した彼女であった。


「当たらないとは思うけどっ!」


 彼女の投げた瓶は綺麗に獣のいる位置に投擲されたが、あくまで人の手で投げられた物である。

 獣は余裕をもって横跳びをすると、隙だらけのミューリの方を狙って飛び掛かった。


「カイト!」


 ミューリの言葉を受けて、カイトは彼女を守る様に立ち塞がった。

 元々彼の装備はミューリを守る事が可能であるという点も考えて選ばれた物である。少女の首筋を噛みちぎろうと狙い澄ました獣の一撃は、カイトのバックラーによって防がれる事となったのだ。


「おっ……もいな!」


 相手の攻撃は分かりやすく、素人でも防ぐ事は容易い軌道であるが、そうは言っても小型の獣が全身を使って突進する様に飛んできたのである。

 平和な現代世界で軽く筋肉を苛めている程度では、その勢いを完璧に跳ね返す事は難しい。


 このままでは次の攻撃が来てしまうと判断したカイトは、相手の足元を払う様にナイフを振る。

 当たれば儲けものだが、当たらなくても牽制にはなった。


 組み合いになって生命線とも言える脚部を切り裂かれる事を嫌った獣は、彼らと一旦距離を取ると、再び警戒して隙を伺う姿勢に戻る。動物の狩りでは怪我こそ最も避けるべき事柄であり、捨て身の攻撃などは余程の状況にならなければまず行わない。


「だが、その習性こそが隙となる――――『束縛せよ』!」


 ミューリはカイトの影から前方に手を向ける。

 それに呼応する様にして、先ほど彼女が投げて割れた瓶の中に満ちていた赤い液体が光り輝く。


 忽ちにそれは光の糸となって獣を地面に縫い付ける様に変化していった。

 見た目以上に強固な束縛の様で、獣が全身全霊をかけてもがいても一切緩む気配が無い。


 ひとまずの危険が去ったと胸を撫で下ろしたカイトはため息と共に感嘆の声を漏らす。


「すごいな。初めて見たけど、これが魔法なのか」


「『触媒魔法』と言ってね。起点さえ設置してやればあとは命令するだけの便利な方法さ。触媒用の小瓶も安くないから、あんまり今みたいな方法で使いたくはないのだけれど」


 しかし、今の様な相手ならば効果的だと彼女は語った。

 今回はカイトとの連携があったが、それまでは彼女一人で旅をしていたのだと考えると、やはり見た目以上に修羅場に慣れているのだとカイトは感心する。


「一応聞いておくけど、トドメは刺さなくてもいいのか」


「私としてはどちらでも構わないが……キミは殺したくないようだね」


 暴れる獣を眺めるカイトの瞳に、既に敵意は無い。


「甘い、よな。この世界だと、子供だからって手を抜いたら危険なんだと、今ので分かったつもりではいる。そのつもりなんだけど……」


「よく分かっているじゃないか。その甘さがある内は何回でも『死に戻り』するだろうね」


 ミューリの辛辣な言葉に、カイトは顔を背ける。

 彼自身も彼女の意見が正しいと理解はしているのだ。


「だが、今回に限りキミの意見にも一理ある。フォレストビーストの幼体をここで殺してしまえば、親が死に物狂いで追ってくるだろうからね。暫く釘付けにするのが丁度いいだろう」


 我が子を失った親の執念は何者にも止められない。

 フォレストビーストの成体を撃退出来る自信があるなら話は別だが、あいにくそんな余裕は彼らに無かった。


「さて、この場からはすぐに離れよう。目的地はすぐそこだよ」


 ーーーーー


 フォレストビーストの幼体を退けた彼らが周囲を警戒しながら進んでいくと、独特な花の形をした植物が群生している場所に出る。

 草木の見分けに全く自身の無いカイトでさえ一目で分かる程に特徴的なそれに思わず唸る。


「金色の鈴みたいな花だ。こんなに集まって生えていると壮観だな」


「そうだね、私もこれだけ纏まっているのは見た事が無い」


 これだけあれば、用意された籠一杯に薬草を積み上げるのも苦ではない。


「必要なのは花の根に違い部分の葉を数枚だ。下手に取りすぎるとここの群生が壊滅しかねない」


「それは……結構な重労働になりそうだな」


「楽な仕事ではないよ。探し回る羽目にならなかっただけ大分マシだ」


 その言葉もそこそこに、ミューリは薬草の群れの中に入っていく。

 カイトも少し離れた場所で彼女の手際を見ながら採集していたが、やはりと言うべきか手慣れた様子で薬草を布袋に詰めている彼女に比べて、己の手捌きはたどたどしい。


「焦らなくても良い。丁寧に千切った方が結果的に早くなるよ」


 粗雑な動きは巡り巡って成果に関わる。そう語った彼女の言葉にカイトは納得して頷いた。


 薬草を採集しつつも周囲を警戒。字面からは想像も出来ない程骨の折れる作業だったが、天まで昇った陽が傾き始めるまで休憩を挟みつつも地道に進めていった二人なのであった。


 ーーーーー


「ふい~、つかれた~っ!」


 鈴の花の葉が籠一杯になった頃には、カイトは草原の上で大の字に寝転がっていた。

 普段からこれだけの長時間屈んで作業する事が無かった彼の身体には感じた事の無い疲労が溜まっている。


 一方でミューリは飄々としていたが、多少の疲れはある様で彼の隣に座ると次第に赤くなりつつある空を仰いだ。


「流石にこの量は大変だったね。おつかれさま」


「このやり切った感じは嫌いじゃないけど……帰りもあるのがきついな」


 昨日海辺から山を登った時よりは歩かなかったが、ここまでも村からはそれなりの距離だ。

 想像しただけで鬱屈となるカイトにミューリは一つの小瓶を取り出した。


「鈴花草と近くにあった薬草と合わせて抽出しておいた薬だ。疲労回復によく効くよ」


「それは助かるな……味は例の如くって感じか?」


「ところが、意外とこの組み合わせだと味は悪くない。幸運な事にね」


 飲んでみてと手ぶりをする彼女の言葉に、カイトは多少の疑いを抱きつつも一息で飲み込む。

 僅かな期間であったが散々な味に悩まされてきた彼の覚悟は、ハーブの様な爽やかな香りと共に爽快さの残る甘みが広がった事によって解けていく。


「美味いな……!普通に売られていてもおかしくなさそうだ」


「この花が山奥ばかりに生えていなければ、それを売る線もあったのだけどね。残念ながら供給が難しい」


 ミューリも自分用と思われる瓶を取り出してあおると、納得のいったように頷いた。


 二人とも全身から倦怠感が抜け、気力が湧いてきた事で少し軽くなった足で立ち上がる。

 僅かに肌寒くなった風に、これ以上の休憩は危険だと足早にその場を離れるのであった。


 ーーーーー


「見つけた」


 一人の男性の声が遥か遠く――――通常の人間では望遠鏡を使わねば到底視認できない様な場所で響く。


「あれが転生者ね……見たところ何かしらの加護を普段使いしている訳では無さそう」


 もう一人は女性の声。黒いローブを身に纏った彼女は退屈そうに目を閉じていた。


「戦闘系じゃないって事か、あるいは同行者の存在によって隠しているか……」


「どちらにせよ、私たちの敵では無いわね。戦いに特化した加護持ち二人に勝つ事は不可能ね」


「だが油断するなよメイナ。魔王様の障害は俺たちで排除しなければならないんだからな」


「あら、その言葉はそのままそっくり返すわグロウ。下手な情で見逃すなんて事があったら……」


 彼女の言葉に、男はうんざりとしたように首を横に振った。


「それだけは無い――――誰も、あの人に逆らえる訳がないのだから」


 諦めと苦悩の混じった声が、暗い森の中で溶けて消えたのであった。


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