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第一話

 

 異世界転生


 それはいつからか世間に『お話』として周知されるようになった現象。


 都市伝説や怪談の様に広まっていった結果、今では数あるファンタジーの当たり前の一つとして君臨した。

 死後の世界は天国か地獄か、はたまた輪廻転生かなどという論争に加わるにはいささか年月が浅いと思われるが、少なくとも古の人間が勝手に定義したそれらよりも幾ばくか夢のある話だ。


 剣を片手に魔法を唱え、幻想的な生物や魔物との出会いに心を躍らす。

 異世界転生なるものがあるとしたら、次はそんな世界が良いな――――


 そう、この白い空間に存在する青年、渡里(ワタリ)カイトは直前まで思っていたのだ。


 ーーーーー


「ここは……?」


 カイトは周囲を見渡す。

 ここに来るまでの記憶は酷く曖昧であるが、何やら外に出る用事があって寒空の中道を歩いていたところまでは覚えている。

 雲一つ無き満月がビル群の間から顔を覗かせ、頬を通り抜ける冷たさが冬の残り香を感じさせる。

 そんな何てことのない、日常の一ページだ。


 しかし、気が付いた時には周囲は何もない空間に覆われた場所に居る。

 現実味の無いそこは、夢の中と呼ぶのが一番近いが、頬をつねったとしても目を覚ます事は無いようであった。


「夢じゃ……ないのか」


 途端に不安な気持ちがカイトを襲う。

 この白一色の空間が現実のものと言われた所で、「はいそうですか」と納得出来る訳が無い。

 僅かばかりの希望に賭けて周囲に声をかけてみても反応は返ってこなかった。


 一瞬ながら永遠に近い時間が経ち、どうにもならない焦燥感が顔に現れてくる程になった時、子供の様な可愛らしい声がどこかから響いてくる。


「ご、ごめんなさい~……っ!」


 あどけなさの残る声と共に目の前に現れたのは、天使の如き羽をはためかせる少女である。

 金糸の如く美しい髪の奥には不安気な表情が浮かんでおり、一般的な天使のイメージとは若干離れた様に見えた。


「ええと、色々言われてもすぐに飲み込めないと思いますので、結論からお話ししますね」


 おどおどとした仕草からは、むしろこの状況に焦っているのは自分の方ではなく彼女の方なのではないか――――カイトがそう思えるくらいに、目の前の少女は慌てていた。


 しかし、そうは言ってもその姿である。

 死者を迎えるに天使という姿は何よりも相応しい。しばしば描かれる天使の輪の様なものは残念ながら確認出来なかったが、少なくとも現世の者ではない。

 故に不思議と納得感がある。何らかの事故や事件に巻き込まれてその命を落とした、と宣告されても取り乱す事は無いであろうぐらいに。


「あなたはこの世界での命を失いました。ですが……」


 だが、しかし、次の言葉は彼の予想の中から大きく逸脱したものであった。


「次の転生先は決まっておりません……正確には、私たちから見捨てられた世界だったのです」


 ーーーーー


 剣と魔法のファンタジー世界 ノストフェール


 少し前までは不運な事故により命を落とした現実世界の人間の一部が送られる、いわゆる転生異世界と呼ばれる場所であった。

 しかし、とある時期を切っ掛けに異世界としての秩序は崩れ去り、修復不可能な域に達したのである。

 神々の間で取り決められたルールにより、この世界に関しての詳しい情報は聞けなかったが、それでも最低限の生きていけるだけの常識と、言語などの情報。


 そして。


「死んでも大丈夫な状態になったとはいえ、油断は出来ないな」


 あの空間で手に入れた「死に戻り」という加護。

 保存した時間・場所から世界をやり直す事が出来るという、ゲームの如きスキルながらも現実的に考えれば最強クラスに近い利便性を持つ、いわゆるチートであった。


 しかし、カイトはそれに胡坐をかく事はしない。

 僅かながら彼女が語った情報。


「あらゆる加護を受けた者が挑み、そして()()()……か」


 多くの転生人がこの世界に送り込まれながらも、現状その全員がこの世界に潜む問題を解決する事が出来なかった。カイトの様に事前に説明され、強力な加護を受けて転生していった者たちでさえ、その消息は不明とされている。

 以上から、現状のルールでは解決不可能と神々の間で定義された世界。


 それがこのノストフェールという世界なのである。


「さて……このままではどうにもならないし、町とか村があると嬉しいんだけど」


 未だ現実味の薄い身の上であるが、幾らゲーム的な感覚の中にあると言えど、最低限の人間文化がある場所は確保したいところだ。

 一人で何も無い状態から生活基盤を整えるなど、どれだけの時間が必要になるか皆目見当もつかない。


「参ったな」


 周囲を見渡しても森林が広がるばかり。

 ここが現実世界ならば遭難と言っても過言ではないだろう。

 流石にここから始まるのであれば、加護はもう少し考えるべきだったか――――などと頭の中で考える内に、遠くから声が聞こえてくる。


「……て……」


 微かな声は地面を揺らす様な音と共に次第に大きくなって聞こえる。

 それがどこからだと疑問を覚えた頃には、その姿も見える程になっていた。


「助けて~っ!」


 音を先導しているのはグレーの髪を覆うようなフードを被った少女である。

 右手には蔓で編まれたカゴを持っており、その服装と相まって動きにくそうにしていた。

 その後ろから追いすがるは筋骨隆々とした人型の生物であり、その容貌はカイトが知る人間と異なって強靭そうな皮膚と凶悪な容貌を併せ持つ、長身の追手が数人確認出来る。


(このままでは彼女は逃げ切る事が出来ない……!)


 見た目からも持久力の差は明らかである。

 遠くない内に彼女は追手に捕まり、碌でもない目に合うのは想像に容易い。


 だが、自分に何が出来る?

 カイトは自身よりも幾つも上の体躯を誇る敵に立ち向かえる方法など持っていない。

「死に戻り」の加護などこのタイミングではほとんど役に立たないのだ。


「何かないか……なにか……!」


 この体格差で立ち向かうは無謀。かといって彼女を見捨てるという選択は、自分の心情的に出来ない相談だ。


 ならば一か八か。幸い、チャンスだけなら『沢山ある』。


「後ろに乗って!」


 カイトは少女が走ってくる方向に背を向けてしゃがみ込む。

 正直、手足が震える程に怖い。向こうの世界では感じる事の無かった殺気の様なものを直に受けるのは、予想の何倍もの恐怖に襲われるものであった。


「ありがとう……っ!」


 此処で無視される可能性も考えないわけでは無かったが、逃げていた彼女は息を切らしながらカイトの背にしがみつく。見ず知らずの少女相手に少々図々しい体勢となってしまったが、彼女の状況を考えれば手を引いたりなどするよりは体力のあるカイトの足を使った方が確実性があった。


「何処に行けばいい!?」


「そのまま……正面を進んだら……橋があるから……そこまで……!」


 息も絶え絶えの彼女の言葉に、カイトは頷きながら自身の全力を足に注いで走る。

 少女の身体は軽かったが、カゴの中身は想像よりも重い。これを片手に走るというのは改めて無謀であり、今現在であってもバランスを崩しそうになるほどだ。


 しかし、命の危機にあって、カイトの集中力は跳ね上がっており、何度か足を縺れそうになりながらも正面の道を確実に走っていく。幸い追手の速度もそこまで早くもなく(二人分の体力という優位性もあり)差が縮まる事は無かった。


 だが、物事は万事上手く行くようには出来ていない。


「マジかよ……!!」


 彼女の言葉通り橋は有った。『そこに有った』のだ。

 ただし、今では中央で切れており、人が通れる形では無い事を除けば。


「そんな……っ!」


 橋で隔たれた崖の間には大きな川が流れている。

 飛び降りるには勇気の要る高さであり、無事である確率は素人目から見ても高いとは言えない。


 とは言え、振り返ればそこには血眼になって彼らを追う化け物が複数人。

 その手には粗雑に削り出された木の棒が握られており、それが身体を打つ痛みは想像がついてしまう分、より現実味のある恐怖である。


 前は断崖絶壁の川。後ろには化け物。横に逃げ道無し。


「――――ごめんっ!!」


 カイトは一瞬迷った後、眼をつぶって崖に飛び込む。


「ええっ!?」


 少なくとも、あの化け物たちに捕まって無傷とは思えない。

 およそ人間という枠から逸脱した彼らと相対しては、幾らでも『最悪の事』も考えられる以上。


(より可能性がある方を選ぶしかない!)


 実際、「死に戻り」ありきの賭けである。

 最悪のパターンを引いても即死や、意識の無い状態で命を失う可能性が高く、だらだらと満身創痍のまま生かされるなどという可能性は低い。

 そして、現状の情報ではどちらにせよ逃げ切れる可能性はこちらの方が数段上だ。万が一「死に戻り」が無かったとしても、余程適切な加護が無い場合は結果として変わらない。


 この世界に生まれ落ちて、初手が崖からダイブ。

 それがカイトの記念すべき最初の『死』になるかは、神のみぞ知る事となった。



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