◆第84話:波間に忍ぶ影◆
水中泳を終えたエクリナが、軽く濡れた髪を払いながら日傘の下に戻ってきた。
潮風の中に、どこか懐かしい海の匂いが混じっている。
「セディオス、我は少し疲れたぞ……」
「お疲れ様。ほら、水をどうぞ」
差し出された水筒を受け取り、一気に飲むエクリナ。
冷たい水が心地よく喉を潤す。
「……ふぅ、助かった」
彼女の視線が砂浜に向かう。
そこでは、ルゼリア、ライナ、ティセラが魔法を駆使して砂の城を作っていた。
「これで塔が完成ですね」
「おっきくしすぎたかもっ!? 崩れちゃわないかな!?」
「大丈夫。支柱に補強魔法をかけましたから」
その朗らかな笑い声が、波の音と共に耳に届く。
「たまには館から離れてみるのも良いな……」
「皆の知らない一面が見れる……」
微笑みながら見つめてつぶやくエクリナ。
「まるで母のような目をしているな、エクリナ」
つぶやきに応えるように言うセディオス。
「なっ!、どちらかと言えば、我は姉に近いのだぞ……」
水筒を指先で撫でながら、 真面目に答えるエクリナ。
「はは、そうだったな」
セディオスは穏やかに笑った。
エクリナはそっと微笑み、隣のセディオスと視線を交わす。
「……良い眺めだな」
「そうだな。こういう日が、永遠に続けばいいんだが」
柔らかな静寂がふたりを包み込む。
「そろそろ昼食を買い出しに行ってくるよ。
酔い覚ましも兼ねて、少し歩いてくる」
「む……わかった。気を付けて行くのだぞ」
セディオスは軽く手を振りながら浜辺を離れていった。
その姿を見送った後、エクリナはゆっくりと日傘の下に身を預ける。
ふと、エクリナの耳に“かすかな低い唸り”のような音が混じった気がした。
しかし、次の瞬間にはもう、ただの潮騒しか聞こえなかった。
「……ほんの少しだけ、休むとしようか……」
潮風が優しく髪を撫で、波音が子守唄のように響く。
まどろみの中、彼女の意識がゆっくりと沈んでいく。
──そのとき、沖の波間が一瞬だけ、違う色を帯びた。
白い飛沫の中に、わずかに“黒い影”が混じり、すぐにまた消える。
誰も気づかないまま、海鳥の鳴き声がかすかに途切れ、空気がわずかに重くなる。
浜辺を撫でる潮風の向きが、ほんの僅かに――変わった。
それは、何かが「近づいている」ことを、大海が告げているようだった。
──しかし、誰も気づかなかった。
海の中、ゆらりと蠢く異形の影。
静かに、確実に、砂浜に向かって這い寄ってくる何か。
それは、潮の満ち引きに紛れた“何か”。
音もなく、ゆっくりと──“それ”は、無邪気に笑う少女たちへと伸びていく。
次回は、『10月9日(木)20時ごろ』の投稿となります。
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