◆第87話:光に包まれた朝◆
静かな朝日がカーテン越しに差し込み、白いシーツの上を柔らかく染めていた。
空気はまだ冷たく、鳥の声が遠くで鳴く。
「……ん……」
銀髪を乱した少女――エクリナは、ゆっくりと碧い眼を開き、まどろみの中から意識を浮かび上がらせた。
まだ幼さの残る輪郭。だがその瞳には、神秘的な静謐が宿っていた。
年齢すら測れぬ、凛とした風格を纏って。
「……ふふ、良き朝であるな」
小さく微笑み、エクリナは身を起こす。
そのまま、ベッド脇の衣架に掛けられた深紺のメイド服へと手を伸ばす。
柔らかな白リネンのエプロン、銀の刺繍が光を反射する胸元の布地。
襟元を整え、袖口を留め、白のヘッドドレスを被ると――
鏡に映ったのは、かつて“魔王”と恐れられた者とは思えぬ、穏やかな侍女の姿だった。
「……これでよし。今日も“王の家”を整えねばな」
その声には、どこか誇らしげな響きがあった。
◆
食卓には、焼きたてのパンと野菜スープ、果物が彩りよく並べられていた。
「朝食は我が用意してやったのだ。感謝するがよい、セディオス」
「おう、うまそうだな。ありがとう、エクリナ」
無造作に逆立つ茶髪と鋭い輪郭が目を引く――セディオスは、がっしりとした体躯を持つ三十代半ばの戦士。
無骨な印象の中に、時折見せる柔らかな笑みがよく映える。
その笑顔に、エクリナはほんの少し頬を赤らめながらも、誇らしげに胸を張った。
「遅いぞ、ライナ。焼き立てのパンが冷めてしまうではないか」
「うぇ〜、ごめんなさい〜、お腹空いたよ!」
眠たそうな顔で現れたのは、左右非対称に整えられた水色の髪をくしゃくしゃに乱したライナだった。
水色の瞳はわずかにつり上がり、意志の強さと眠気の入り混じった表情を浮かべている。
エクリナは呆れ顔でスープをよそってやった。
「おはようございます、エクリナ、セディオス。ライナも……寝癖、ついてますよ」
「ええ!? ルゼリアひどい〜!」
整った短い深紅の髪と緋色の瞳――ルゼリアは、その勝ち気そうな外見に反して落ち着いた口調で笑った。
小柄な体格ながら、どこか引き締まった雰囲気を纏っている。
ライナの髪を器用に直しながら、自分の席に着いた。
最後に、柔らかな金髪を揺らしてティセラが入ってくる。
髪は後ろでまとめられ、大きなリボンが背中でふわりと揺れていた。
琥珀色の瞳が朝の光を反射し、小柄な体躯には年齢以上の気品が漂っている。
「皆さん、揃ってますね。ではいただきましょう。いただきます」
「「「「いただきまーす!」」」」
◆
食後の庭には、穏やかな陽光が差し込んでいた。
ルゼリアとライナが木陰で軽く模擬戦を交え、ティセラは花壇にしゃがみこんで手入れをしている。
昼下がりの陽光はやや傾き、庭の木々が金色に揺れていた。
テラスでは、エクリナとセディオスが並んで腰掛け、香り立つ茶をゆっくりと味わっていた。
「平穏な日々……ふむ、やはり良いものだな」
「そうだな。皆、元気で楽しそうで……これ以上の幸せはないな」
エクリナは微笑み、そっと隣に座るセディオスの手を取った。
そのぬくもりを確かめるように、優しく指を絡める。
「我は――この平穏を、守り抜くと決めたのだ」
何の変哲もない、けれど確かに幸福な、いつも通りの日常だった。
──夢のような、その日々は。




