◆第6話:ライナの冒険(朝から夕方編)◆
朝――
陽の光が差し込む頃、ライナは勢いよくベッドから飛び起きた。
静かな館に賑やかさが生まれる。
「よ~っし! 今日も元気に出撃だ~!」
寝癖全開、寝間着姿のまま厨房へ直行。
「王さま~っ! 朝ごはん食べたら森へ食材取りに行ってくるねっ!」
「寝間着のまま叫ぶな! まず着替えよ!」
エクリナの怒号を背に、ライナは慌ててひっつかむように着替える。パンを口にくわえたまま森へ駆け出した。
足取り軽く、今日も元気に快活に今を楽しむライナだった。
昼――
森の中を軽快に走り回る。木の実を摘み、キノコを見つけ、小動物の足跡を追う。
「おっ、これは食べられるやつ! こっちは毒キノコ!……わかってるもん!」
昼が過ぎ、木陰に腰を下ろして空を見上げる。
ライナは背中を大木に預け、汗ばんだ額をぬぐう。
「ふふん、あの頃よりずっと平和になったなぁ……」
「……ほんと、あの時は……」
涼しい木陰。休憩のはずが、うたた寝を始めてしまった。
◇ ◇ ◇
ライナは夢を見る――それは思い出したくもない記憶。
魔哭神の居城。目を覚ますと、そこは石造りの牢だった。
手には枷がはめられ、鎖で壁に繋がれていた。
牢内は底冷えがするほど寒かった。
「ズズっ……ここ……なんなの……」
鼻が垂れるのをすすり上げ、自分の体をぎゅっと抱きしめるライナ。
腕をこすり、震えながら寒さに耐えていた。
これがライナに与えられた、初めての世界だった。
鉄の匂いと湿った石の冷たさだけが、世界のすべてだった。
寒い牢が、嫌いだった。
魔哭神の『実験』が、嫌いだった。
一人が……嫌いだった。
いつしか、寒さも実験も、一人きりの時間も――
すべてを嫌悪するようになった頃、ライナは戦場へと送られた。
そこでは、赤毛の少女が勇ましく戦っていた。
炎を操り、人属軍を焼いていた。
そのせいか、彼女の周りは暖かった。
ライナも《魔斧グランヴォルテクス》を振るい、雷を起こし、人属を亡き者にしていく。
神の命令のままに戦場を駆け、紫電をほとばしらせる日々だった。
赤毛の少女は『ルゼリア』という名だと、自我の薄い兵士たちから聞かされた。
「ルゼ……リア……」
「あの娘の近くは、暖かくて……好き?かも?」
赤毛の少女の名を口にし、想うライナであった。
それからはルゼリアと共にいることが多くなった。
いくつもの戦場で共闘し、いつの間にか『リア姉』と呼ぶようになった。
会話はあまりできなかったけれど、ルゼリアは暖かく、ライナの心も熱くなっていた。
だが、その刻は長くは続かなかった。
ライナは慢心していた、油断していた。
まさか、罠があるとは思っていなかった。
戦場に隠されていた魔法陣を踏んだ――その瞬間、足が凍りつき、動けなくなった。
そのまま氷がふくらはぎから太腿、腹へと這い上がってくる。
抵抗するも侵食は早く、あっという間に下半身が氷漬けとなり、さらに胸元へと迫っていった。
肌の感覚は奪われていくのに、骨の芯だけがきしむように痛い。
「リア姉……」
弱々しい声しか出せないライナ。
(冷たい……嫌だ……嫌だ……)
氷の冷たさは、かつての石牢の寒さをありありと思い出させた。
駆け寄ろうとしたルゼリアは、彼女の名を叫んだ。
ライナは助けを期待した。すぐに助けてもらえると思っていた。
その瞬間、人属の魔導士に吹き飛ばされるルゼリアが見えた。
(!! リア姉!)
既に口まで氷が来ており、姉の名を声に出すことはできなかった。
ルゼリアが倒れるのを見ながら全身が氷漬けになった。
それでも意識があるライナはルゼリアを見守っていた。
三人の人属を相手に奮戦し、右手を斬り飛ばされ、胸を貫かれていた。
辛くも撃退し、地に伏す姉が遠くにいた。
(僕が罠に掛かったから……僕に気を取られたから……)
自責の念に駆られるライナ。助けたいのに、泣きたいのに、声を出したいのに、すべて思い通りにならなかった。
やがて戦場には魔哭神の兵が増援としてなだれ込み、戦況は制圧されていった。
回収されるルゼリアが見える。氷柱のライナも兵士に担がれていく。
(良かった! これでリア姉が……僕も助かる!)
だが、拠点に戻るやそのまま放置される。
氷の冷たさで意識が朦朧とする中、ライナは思う。
(なんで……出してくれないの……?)
周囲から微かに聞こえる声があった。
「弱い」「想定を下回った」「捨て置けと指示があった」
神に造られた兵器の末路は無常であった。
瞼さえ凍りついて、涙もこぼれない。
(そうなんだ……捨てられるんだ……)
意識が遠のく中、絶望を感じるライナ。
(もう、眠ってしまおう……僕、寒いの嫌いだな……)
そうしてライナは、静かに眠りについた。
しばらくして――
(暖かい……声が聞こえる……)
ライナが目を開けると、二人の少女が目の前に立っていた。
片方は冷たい光を宿した銀髪の少女、もう片方は柔らかな気配をまとった金髪の少女だった。
(あ……リア姉の声だ。……助かったんだ。良かったぁ~)
「うっ、頭が……ッ!」
額を押さえ、走る頭痛を必死にこらえるライナ。
銀髪の少女は、エクリナというらしい。そして、自らを『魔王』と名乗っていた。
(ま、魔王?……僕を選んでくれた……)
(なら、今度こそ……捨てられずに済むのかな……)
「……王さま……って、呼んでもいい……?」
ライナが新しい居場所を得た瞬間であった。
◇ ◇ ◇
「は! 寝ちゃってた!」
程よい陽気に流され、大木に身を預けてうたた寝をしていたらしい。
「なんか……懐かしい……何だっけ?」
目をこすりながら、さっきまで見ていた夢を思い出そうとするが、もう細部は霞んでいた。
「まあいいか! いっぱい取ったし帰ろう!」
自らの居場所を再認識した雷娘は、元気よく館の方へと駆けていった。
夕方――
両手いっぱいの戦利品を抱えて館へ帰還。
「たっだいま~っ! シカも取ってきたよ! ちょっと重いけど大丈夫~っ!」
ふらつく彼女を裏口で迎えたエクリナが、ため息まじりに支える。
「……我がいなければどうなっていたか。まったく、目が離せぬ」
けれど口元にはかすかな笑みを見せる。
「王さま、今晩は蜂蜜たっぷりのジビエシチューにしようよっ!」
「また甘味全開か!……しかし、うぬが選んだ食材ならば、腕を振るわねばな」
夕暮れの厨房に、ライナの元気な声とエクリナの鋭いツッコミが響き渡る。
騒がしくも温かなその時間こそ――雷娘が、ようやく手に入れた、何気ない一日という日常だった。




