◆第5話:静かなる魔法書書庫管理者――ルザリアの一日◆
早朝、書庫の扉を静かに開く。 館の中で最も静寂が支配するその場所が、ルザリアの聖域である。
元々、この館は高位の魔導士が暮らしていたらしいのだが、戦争により帰らぬ人となり空き家となっていった。それゆえに粒ぞろいの魔法書が数多く存在しており、管理を任されることとなった。
「……解読した魔法書の整理が遅れていましたね。補助魔法、展開」
浮遊する魔法書を淡い光で整列させながら、彼女は規律正しく業務を進めていく。
ひと段落し、彼女が廊下を歩いているとそこには、セディオスを起こし終えたエクリナの姿が。
その表情には、静かだが確かな満足と、どこか柔らかな光が宿っていた。
(……あの方が、ここまで表情を変えるとは)
回想が胸をよぎる。かつて、世界に反逆するために共に歩んだ日々。 冷徹で、誇り高く、決して我ら以外に心を許さなかった彼女。
けれど、今――
「……失礼、エクリナ。セディオスのお加減は、いかがですか」
「うむ、良好である。時期に食卓へ来るであろう」
「それは何よりです」
そう応じながらも、心の内では小さく驚いていた。 かつて”魔王”として付き従った彼女が柔らかな笑みを浮かべるなど。 それは何よりも“変化”の象徴であり、 同時に“癒えた証”でもあった。
(あの方が微笑み、主の手を取り、共に時を刻む………ふふ、セディオス、まったく恐ろしいお方ですね)
ふと口元を和ませ、再び書庫へ戻る。
そこにはまだ、未読の魔法書が山のように待ち構えている。 だがその背には、どこか満ち足りた気配が宿っていた。
「エクリナ……幸せそうで、何よりです」
静かな言葉が、書架の合間にそっと消えていった。