◆第70話:静かなる再起◆
霊泉郷セイリョウでのリゼル襲撃から数日後――
セディオスの自室。
三十代半ばに差し掛かった男は、静まり返った空気の中、ティセラの淡々とした身体検査を受けていた。
セディオスは、深く息を吸うたび、胸の奥に鈍い重さが残る。
筋肉の緊張、心拍のリズム、瞳孔の反応――どれも、過日の戦闘による『魔核』への負荷を確認するためだ。
魔核――それは心臓部に存在し、魔力の生成・循環・変換を司る核心の器官。
魔力は血液と神経を通して全身を巡るが、セディオスにとっては、不安の種でしかなかった。
彼の魔核は、かつてのヴァルザ戦で致命的な損傷を受けていた。
現在では、かつての全盛期に比べ、魔力生成量はおよそ二割にまで落ち込んでいる。
「……この前の戦闘による影響は落ち着いたようですね。血中魔力量も安定しています」
聴診器を外しながら、ティセラは安堵の息をつく。
だが、表情はすぐに引き締まった。
「ですが――《アルヴェルク》の使用は、しばらく控えるべきです」
「……あの剣は、使用者の魔力を燃料に威力を引き出す戦具。今のセディオスには、負担が大きすぎます」
淡々とした口調の裏には、彼の身を案じる静かな憂慮がにじんでいた。
「……そうか。仕方ないな……」
空いた右手が、何もない腰元を一度だけ探る。
(もう、剣を握れないのか……)
(護るために振るってきたものを、失うのか)
セディオスは小さくうなずく。だが、その声にはかすかな悔しさが滲んでいた。
魔剣を手放すことは、己の誇りをも手放すようなもの。
(エクリナの傍に、皆の傍に居て、護ることすらできない無力感……自分に腹が立つな)
布団を握り締め、歯噛みした。
「……」
その沈黙を破るように、ティセラが口を開く。
「ですので――今のセディオスに“最適化”された魔剣を、新たに造りましょう」
「剣を造るのは初めてですが……今のセディオスのための一本なら、きっと形にできます」
「……え?」
理解できずに聞き返すセディオス。
「魔力依存を抑え、魔法剣技を補助する剣。今のあなたに合った構造で、わたしが設計します」
しっかりと目を見据えて、ティセラは宣言する。
「……本当に、頼んでいいのか」
思わずこぼれた声に、ティセラは微笑んでうなずいた。
「もちろんです」
「家族のために、あなたが戦いたいというなら――わたしも、その力になりたいので」
金髪の少女ははっきりと告げる。
セディオスは、どこか照れくさそうに笑った。
「……ありがとう、ティセラ。微力でもいい、俺は……家族を守る力が、欲しいんだ」
「ええ、それでこそセディオスです」
ティセラは立ち上がり、扉へと向かう。
「では、設計に入ります。……セディオスはもう少し、安静にしていてくださいね。できれば、エクリナに甘えてでも」
そう言って、彼女は微笑みを残し、静かに部屋を後にした。
ティセラを見送り、ベッドに横たわるセディオス。
「……」
「新たな魔剣……か。こんな怠けた体ではふさわしくないな、鍛えなおすか」
「魔力の操作も見直さないとな……穏やかな日々に、どこか気を緩めていたか……」
セディオスは額に腕を当て、これまでの休息の日々を思い出す。
「魔核の減退、か……まずは俺自身が強くならねばな。敵が見えた以上、のんびりしてはいられないな」
天井を見つめ、セディオスは静かに息を吐いた。
衰えを抱えようと、剣を手放すつもりはない。
その執念はやがて、家族の力を束ねた新たな一振りへと繋がっていく。




