◆第4話:エクリナが手に入れた景色◆
朝陽が差し込むキッチンで、エクリナは手際よく朝食の準備を進めていた。
「ふむ、このベーコンの焼き加減……完璧であるな」
トーストの焼き上がりと紅茶の蒸らしをぴたりと合わせる――それも、彼女にとっては日常の習慣である。
「セディオス、起きるがよい。我が朝食は逃げはせぬが、冷めるのは許されぬぞ」
まだベッドでまどろむセディオスの頬にそっと触れ、撫でて起こすのが、もはや当たり前の流れになっていた。
食卓では、ティセラが新聞を読みながら紅茶をすすり、ルゼリアは黙々と書類の確認。
ライナは寝ぼけ眼でハチミツ瓶を抱えている。
「王様~……朝からシチューでもいいと思うんだ……」
「却下である。朝からバチバチと紫電が溢れて、仕方がないやつだ……!」
そんな軽いやり取りを交わしつつも、皆はごく自然にテーブルを囲み、セディオスの隣には当然のようにエクリナが控えていた。
「うぬ、トーストにはこの“エクリナスペシャル”を塗るがよい。蜂蜜とバターに、我が秘伝のスパイスを加えておいた」
「……我がメイドとして仕える以上、この程度は当然の献身であるからな」
小さく、けれど確かに照れを含んだその声に、セディオスが笑う。
「美味い!!」
「なっ……! そ、そうか……ならば……我は誇らしいぞっ!」
こうして始まる、穏やかで、どこかくすぐったい朝。
それは最強の元魔王が選び取った、“今”という生き方だった。
朝食の片づけを終えると、館の廊下にエクリナの足音が響く。
布を手に持ち、窓のひとつひとつを丁寧に拭きながら、彼女は満足げに微笑んだ。
「この程度の手入れ、我にとっては呼吸の如しであるな……ふふっ」
磨かれた窓の向こうには、咲き誇る庭の花々。
しゃがみ込み、枯れかけた花の根元に水を注ぎながら小さく語りかける。
「うぬたちも、主のために美しくあれ……それが、この我の願いでもある」
館に戻れば、次は書斎。
セディオスが使っていたペンの位置が僅かにずれているのを見て、そっと元の場所に戻す。
「……うぬの癖も、もうすっかり把握しているぞ」
紅茶を淹れてトレイに乗せ、静かに廊下を歩く。
途中ルゼリアとすれ違い、軽く会釈を交わす。
「お疲れ様です、エクリナ」
「うむ、今日も滞りなく勤めよ」
工房ではティセラが新たな魔導術具を製作し、庭の陽だまりではライナが気持ちよさそうにうたた寝している。
そんな日常の中を、エクリナは静かに歩む。
すべては、主のために。
そして、自らの贖罪と、誓いのために。
「……今日も良い日であるな。我が傍にうぬらがいるのだから」
その小さな呟きは、誰に向けられるでもなく、確かな幸福を告げる調べのように館へと溶けていった。




