◆序章:三環の断章より ―リゼル視点― ◆
──静寂に包まれた薄闇の書庫。
棚から抜き出された一冊の古文書に、紺色の髪がふわりとかぶさる。
その人物は、少年とも少女ともつかぬ声で、静かに読み上げを始めた。
【人属に伝わる創世譚──『三環の断章』より】
いにしえの大地に、神が環を描きしとき、
この世に住まう者らは、二つにして一つであった。
東に人属、西に亜人。
それぞれ異なる理を持ちながらも、
互いに道を通わせ、言葉を交わし、手を取り合っていたという。
天よりも高き蒼穹にて、神々は沈黙し、時には自然現象、時には神託、地上の者らを導くに留めていた。
されど、ある時。
ひとりの神が“眼差し”を変じた。
その名は、”ヴァルザ”。
美しき感情を、憎悪と悦楽とに転じるため、嗤いとともに神座を離れ、地に堕ちたり。
かくして生まれたは、“魔哭神”なる異端。
神は分断せり。
人属と亜人属の間に“黒き環”を穿ち、
狂気の軍勢をもって、二つの環を血と嘆きで裂いた。
かくして世界は三つに別れたり。
魔哭神の“神環”、
人属の“人環”、
亜人属の“亜環”。
以来、この地は
“三環大陸トリスクレオン”と呼ばれることとなった。
◇ ◇
「……ふふ、これが人属に伝わる“神話”だそうだよ」
三つ編みを弄びながら、リゼルは静かに口元を歪めた。
その手元には、もう一冊の書――否、魔哭神ヴァルザ自身が記した手記があった。
【魔哭神ヴァルザの手記──抜粋】
■▲の刻―――
吾は堕ちた、地上に、さあ見せてくれ甘美なる”感情”を。
●▼の刻―――
人属の小都市を自らの手で潰した。千人ほどの命、三日ほど楽しめた。ひと時であったが初めての愉悦にしては悪くなかろう。
〇◆の刻―――
季節が変わるころ人属・亜人属の集団と交戦した。魔法の他、妙な物体を使ってきた……あれはなんだ?
■■の刻―――
“魔導術具”と呼ばれるものを接収した。稚拙ではあるが、技術の発展性は悪くない。吾ならばもっと……………。
▽⨂の刻―――
魔法と術具の研究は面白いが、侵攻と両立せねばならぬ。よって、“命の創造”を試してみるか。
▲●の刻―――
あやつの真似事をしてやろう、かつて人属・亜人属の種を蒔いたように……………
あの時はあやつ自身の因子を薄めて使っていたか………であれば吾は因子を濃くしてみようではないか。
⬢□の刻―――
魔法素養を有する生命体をいくつか生み出した。
手駒にするか、人属・亜人属は集団で戦うことを覚えたようだ、ならば神の軍勢を造って遊んでやろう。
⬠◎の刻―――、将級、上級、中級、下級…兵は階級別に知性を変動させるか……………自動製造の魔導術具ももう少し増やして戦線を拡大してやろう。
▣△の刻―――、良い戦果が出ているな、特に闇魔法を操るこの”玩具”はいい動きをする、月の光を宿すような髪を持つ、特に良質な“玩具”。
名を与えよう。“エクリナ”と。
「……やっぱり、面白いなぁ。貴女は何を拒絶し、そして何を選んだのか」
静かな囁きが、書庫の空気に溶けて消えていった。




