◆第33話:決意の灯火、迫る終焉の足音◆
“黒騎士”の敗北とともに、戦場に一瞬の静寂が訪れた。
だが、それは嵐の前触れに過ぎなかった。
“黒騎士”を繰り出していた真の黒幕――その存在が、いよいよ姿を現そうとしていた。
「うぬたちよ、最後の戦いであるぞ。我が名の下に、立ち上がれ!」
空間が捻じれ、魔力の渦がうねりを上げる。
そして、そこに現れたのは――
「……ほう……」
エクリナの瞳がわずかに細まる。
姿を現したのは、少年とも少女ともつかぬ風貌の存在。
紺色の髪、短く整えられた前髪。後ろ髪は三つ編みに束ねられ、無機的なほど整然とした佇まい。
その瞳は、冷え切った湖面のように静かで、そして深かった。
そしてその“異質さ”に、後方の仲間たちにも緊張が走る。
ルザリアは、燃え残る戦場に立つその姿を睨みながら呻くように言った。
「……何、この感じ……姿は子どもみたいなのに、底が見えない……っ」
《焔晶フレア・クリスタリア》に、無意識に魔力が込められる。
ライナも雷光の余韻を纏ったまま、やや身を引きつつ声を上げた。
「誰……? あんなの、黒騎士よりもっとヤバい空気してる……!」
一方、結界を維持し続けていたティセラは、ひときわ強く眉をひそめる。
「魔力の位相が……異常です。これは、通常の生命体の波動ではありません」
彼女はすぐさま小声で、念話をエクリナに送った。
『――気をつけて。あれは、ただの兵士ではないです。何か……本質的に違います』
「初めまして、魔王エクリナ――いえ、“元”魔王でしたね」
柔らかな口調で、彼は――いや、“リゼル”は静かに一礼した。
「わたくしの名はリゼル。“かつての神”の遺志を継ぐ者です」
「……貴様が、黒幕か」
エクリナの声は冷たく低い。
だがその瞳には、明らかな警戒の色が宿っていた。
「我と同じ……いや、それ以上に澱んだ魔力……」
「やはり感じ取れましたか。嬉しいですね、同類にそう言われるのは」
リゼルは口元に笑みを浮かべたが、その笑みには温度がない。
「わたくしは、主――“魔哭神ヴァルザ様”の因子を受け継ぐ存在。
そう、あなた方と同じ“造られし者”……しかし、異なる選択をした存在です」
「選択、だと?」
「ええ。“家族”ごっこをし、平穏を求め、かつての戦いに幕を下ろしたあなたたちと違って、
わたくしは“始まり”へ還る道を選んだのです」
「始まりへ……? それは、“滅び”の再来を望むということか」
「滅び、破壊、再構築。呼び方は何でも構いません。
ただ、わたくしは“答え”を求めているだけです。
何のために生まれ、なぜ創られ、どこへ向かうべきかを」
エクリナの眉がぴくりと動いた。
「……貴様には、家族も誇りもないのか」
「ありませんよ。最初から、何も与えられなかったので」
リゼルは微笑んだ。
あまりにも穏やかで、あまりにも空虚な笑みだった。
「“黒騎士”もそのための布石です。魂を持たぬ剣に、意味を与えられるか――あなたに試してもらったのです」
「……実験か。我らを、まるで駒のように……!」
エクリナの声に怒気が帯びる。
だが、リゼルはまったく動じなかった。
「感情。意思。家族。そんなものは、すべて“与えられた幻想”ではないのですか?」
「否。幻想であろうと、我らはそれを選んだ。そして守る」
「では、あなたがそれを守り抜けるかどうか――いずれ試させていただきますよ」
そして、リゼルはふいに地面に落ちていた黒騎士の双剣を拾い上げた。
その動作は、あまりにも自然で、どこか“手慣れている”。
「では、本日はこれにて」
「逃すか――!」
エクリナが構え直すが、リゼルは小さく笑い、指先を弾くようにして空間に穴を開けた。
「……今日はご挨拶のみ。戦う日を、心より楽しみにしております。――“我が同志”エクリナ」
そう言い残し、リゼルは空間の彼方へと姿を消した。
その背には、怨念ではなく、空虚という名の深淵が揺らいでいた――。




