◆第32話:深淵を超えて、運命の咆哮◆
エクリナと“黒騎士”の戦いは、既に常識を超えた領域へと突入していた。
互いの必殺を賭けた技が交錯し、空間は断続的に崩壊し再生を繰り返す。
魔力、剣気、次元すら歪ませる激戦――それでもなお、エクリナの瞳に宿る意志は揺るがなかった。
「――ナハト=シンフォニアッ!」
呟くような詠唱と共に、《魔杖アビス・クレイヴ》が複数の闇刃を召喚し、空間そのものを裂く。
その刹那、黒騎士が双剣で連撃を仕掛けてきた。
重厚な鎧からは想像できぬ速さで、エクリナに迫る。
「我が魔法に拮抗するとは……!」
爆風が吹き荒れ、エクリナは瞬時に空間転移で距離を詰め、〈シャドウ・バレット〉を打ち込もうとする。しかし、その動きすら見越したかのように、黒騎士の双剣が斬り上げる。
「ッ……!」
回避は間に合わず、彼女の左腕が裂け切り傷が走る。赤い筋が滲む中、エクリナは眉ひとつ動かさずに呟いた。
「……ようやく血を流させたか」
「……なめるなよ。貴様ごときが、我の体に触れるなど千年早いわッ!」
怒気を内に秘めたまま、即座に〈シャドウ・グラトニー〉を足元に展開し、黒騎士の動きを鈍らせる。距離を取りながら、冷静に体勢を立て直す。
(……空間転移を予測し反応してきた。これは単なる自動反応ではない。戦闘中の学習、あるいは……)
エクリナの思考は一瞬で戦術に昇華されていた。
「我が前に敵は無いッ!――アブソリュート・レンド!」
縦横無尽に奔る断裂が、黒騎士の鎧を貫く。
膝をつき、その仮面に亀裂が走り、内部の醜悪な素顔が露わになる。
「……まだ……終わらん……!」
「いいから終われ。――全てを貫け……セリクラヴィス!」
三百六十度あらゆる角度に無数の“空間の槍”が一斉に顕現・収束・貫通する。
黒騎士の身体を内部から貫き破壊する。
その場に残されたのは、エクリナの血が付着した双剣だけだった。
燃え尽きた大地と、焼け焦げた風景。その中心に立つエクリナの肩が、僅かに上下する。
――黒騎士、消滅。
同時に、戦場の他の地点でも戦いは収束へと向かっていた。
ルザリアとライナは、極大魔法の使用により大きく魔力を消耗していた。
「消耗が激しい……」
「そろそろ……終わり、だよね……」
疲弊しながらも互いに頷き合う二人。
ティセラは遠方から防衛結界の再調整を行い、全体の魔力流れを整えていた。
だがその瞬間。
「……!? 空間が、歪む……!」
ティセラが即座に魔導陣を展開、周囲に注意を促すように念話で叫ぶ。
「皆、警戒を! 次の敵が現れるかもしれません!」
空気が重くなる。焦げた風に混じる、新たな魔力の気配。
――まるで、深淵がその口を開いたかのように。
嵐の前の静けさ。だが、エクリナは微かに唇を吊り上げた。
「ようやくか。貴様の出番だな、黒幕……」
戦いは、まだ終わっていない。いや――真に始まろうとしていた。




